拡大!ミツバチの身体【浜松ミクロ散歩「ハチミツ」後編】
はじめに
「もっと浜松のこと知りたい!」
好奇心旺盛なスタッフが科学館を飛び出して浜松各地を訪問。
訪問先で出会った方々とふれあい、こだわりの名物などを電子顕微鏡で観察して、ミクロから浜松を探っていく企画です。
今回は長坂養蜂場さんでハチミツを生産・商品化する様子や、養蜂の歴史について取材しました。
取材記事はこちらから。
お土産に「巣蜜」をいただきました。
巣蜜とは、巣をそのまま切り出したハチミツです。
皆さんご存知のとおり、ハチミツはミツバチによって花の蜜を材料に作られます。巣に貯蔵されたハチミツ。貯蔵したら完成ではなく、ミツバチたちは翅を羽ばたかせて風を送り、水分を蒸発させます。濃度が十分になった部屋には完成の印として蓋をします。
私たちが普段食べているハチミツには、部屋に蓋がされていない未完成のハチミツも含まれます。つまり全ての部屋に蓋をされた巣蜜は「ミツバチお墨付き」の特別なハチミツなのです。
食べてみると「うーん!美味しい!」
日常的に食べるハチミツよりも味が濃く、円熟した甘さを感じます。
ミツバチたちがこの量のハチミツを作るのは大変だったことでしょう。花を見つけて、蜜と花粉を回収し、巣に持ち帰る。そして、ハチミツを貯蔵したり、家族を養うための場所:巣を守らなければなりません。
これらのミッションをクリアするためには、高度な道具が必要なはずです。
この記事では、ミツバチを電子顕微鏡で拡大して、機能的な身体の仕組みを観察していきます。
【複眼】小さな眼が数千個!
私には眼が2個あります。
下に眼球の断面図を描いてみました。
眼に入った光は角膜をとおり、レンズの役割を持つ水晶体で屈折し、網膜に投影されます。投影された光は、視細胞によって感知され、脳で像として認識されます。詳細は過去の記事からどうぞ ↓
ミツバチの眼はどんな形をしているでしょうか?
電子顕微鏡で頭部を拡大すると…
おお!
すごい迫力です。
眼に注目すると、額に3つ、左右に1つずつありそうです。
額の眼は「単眼」と言います。
ハエやカマキリ、セミなど多くの昆虫たちも単眼を持っています。単眼の一般的な役割としては、物を見るというより、光の強弱を感知することに長けています。
単眼3つに左右2つで計5つ。
ミツバチは私たちよりもたくさんの眼を持っているんですね。
左右の眼をさらに拡大すると…
ツブツブがいっぱい!
一つの眼に見えていたものは、小さな眼の集合体だったのですね。
複眼を構成する小さな眼を「個眼」、個眼の集まりを「複眼」と言います。
それぞれの個眼には哺乳類の眼のような機能があり、得られた情報は脳で処理されます。哺乳類では光を収束してたくさんの細胞で情報を得る一方で、昆虫では個眼それぞれで光を収束して情報を得ています。
両者間で光を収束するタイミングは異なりますが、昆虫では個眼の数だけ脳内に像が存在するという訳ではなく、哺乳類と同じように一つの像として処理されています。
ただ、ミツバチの複眼は顔面上で大きな面積を占めています。魚眼レンズのような役割を果たすことで、私たちよりも視野が広そうです。
また、ミツバチは紫外線を中心に、私たちには視覚することができない光の波長を感じることができます。花も紫外線を使って発色し、ミツバチへ蜜の存在をアピールします。
花の蜜にはミツバチのエネルギー源である糖分(炭水化物)が、花粉には身体や酵素の材料として欠かすことができないタンパク質が豊富に含まれています。
花は、花の奥深くにある蜜線という場所で蜜を生産し、ミツバチたちは蜜を求めて花に顔をつっこみます。花粉は、雄しべの葯(やく)で作られます。花は、葯の配置を工夫することで葯がミツバチの身体に触れるように努めています。また、花粉の表面は、植物種によってはベタベタとした粘着物質で覆われ張り付きやすくなっています。
あらためて複眼を観察すると…
長い毛がびっしりと生えていることに気がつきます。
個眼と個眼の間から生えているようです。
アリやショウジョウバエのように、他の昆虫にも複眼の中に毛が生えていることは知られていますが、ここまで長く立派な毛が高密度で生えている昆虫は少ないです。
ミツバチにとって貴重なたんぱく源である花粉ではありますが、複眼に付いてしまうと視覚に悪影響があります。複眼の毛は、花粉が複眼に直接つくのを防いると考えられています。私たちからすると、まつ毛が眼の中に生えているイメージでしょうか。
【体毛】ものすごい枝毛!
下の写真は、頭部の体毛です。
毛の量もさることながら、ものすごい枝毛です!
この枝毛には、何かしら生態的な意味がありそうです。
花粉を集めるミツバチたち。
花側でも、花粉の表面構造や粘着性によってミツバチにくっつきやすくなるように工夫していましたが、実はミツバチ側でも努力をしています。
その努力が形になったのが、枝毛です。
少しだけミツバチから脱線して、静電気の話をしましょう。
簡単に言うと、静電気は物を構成する原子の電子の偏りです。
安定的な原子は、プラスの電荷をもつ陽子と、同じ数のマイナスの電荷をもつ電子で構成しています。これが物と物が擦れあったりすると、電子が物から物へ移動し、電子を失った側はプラス、電子を得た側はマイナスに帯電します。
帯電した状態は、構成する原子が不安定になります。隙あらば電子の数を正規の数に戻そうとします。
プラスに帯電した物とマイナスに帯電した物が近づくと、くっついたり、バチっと音を立てて電気が流れることがあります。これはマイナスに帯電した物からプラスに帯電した物へ過分な電子が移動しようとしたり、移動した時に起こる現象です。
物によって、プラスに帯電しやすい物、帯電しづらい物、マイナスに帯電しやすい物など、性質が決まっています。ちなみに私たちの身体はプラスに帯電しやすいです。
話をミツバチに戻しましょう。
まず、ミツバチの身体は私たちと同じようにプラスに帯電する性質があります。そして、植物はマイナスに帯電する性質があります(正確には地面がマイナスに帯電しています)。お互いに帯電した状態で近づくと、引かれ合い、固定が弱い花粉はミツバチの身体にくっつきます。
一見すると、帯電はミツバチにとって花粉を効率的に回収できるとても便利な性質です。
しかし、ミツバチが花を訪れると、電荷の偏りはミツバチと花との間で均一化され、両者ともあまり帯電していない状態になります。その結果、ミツバチが間髪入れずに別の花に訪れた際は、花粉が身体にくっつきづらくなります。
ミツバチが次の花でも効率よく花粉を得るためには、再びプラスに帯電する必要があります。先の文章で電子の移動は物と物が擦れる時に起こると書きました。ミツバチの場合は、飛翔中に身体が空気と擦れあうことで帯電します。
より素早く帯電するためには、空気と触れる面積を大きくする必要があります。そこで、ミツバチは体毛を枝毛にすることで、身体の表面積を大きくしていたのです。
電荷を感じて探索コストを削減!
ミツバチは花との電荷の差を利用するだけでなく、感じとる能力を持つことで、蜜を探索するコストを削減しています。
枝毛によって速やかにプラスに帯電するミツバチたち。
一方の植物は、マイナスに帯電している地面の影響で、再び緩やかにマイナスに帯電します。この緩やかさから生まれるタイムラグが、ミツバチへ報酬である蜜の量のヒントを与えます。
ミツバチが花で蜜を得た場合、その花の蜜はいったん枯渇します。その花に別のミツバチが訪れた場合、蜜を得ることができず、花の奥深くまでアクセスした労力が無駄になります。
そこでミツバチは、花に降り立つ際に花の電荷を感じとります。もしあまりマイナスに帯電していなかった場合、最近、他のハチが降り立って蜜を舐めていった可能性が高いです。反対に強く帯電していた場合、一定時間、訪花したハチはおらず蜜がたっぷり補充されていることが期待できます。
以上の判断材料によって、ミツバチは蜜を求めて花の奥深くまでアクセスするかしないかを決断しています。なんて論理的で、合理的な作業マニュアルなのでしょう。
【後脚のすね】オスよりメスが濃いすね毛!
ミツバチの全身にくっついた花粉は、後脚のすねに集め、団子状に固めて作り巣に持ち帰ります。
ちなみに、働きバチたちはすべてメスです。
その仕事内容は、蜜・花粉の収集、ハチミツ作り、子供の世話、巣の掃除、巣作り、女王バチの世話、巣の防衛…など多岐に渡ります。
一方のオスは、繁殖のために存在するだけで、巣のためには一切働きません。この令和の時代では肩身の狭い存在です。
オスとメスで後脚のすねを比較すると、その違いは一目瞭然。
オスの後脚脛節には毛が生えていますが、メスにはより長くて太い毛がびっしりと生えています。
メスのすね毛をより拡大すると…
すね毛とすね毛の間にモヤっとボールのような球体がくっついていました。これが花粉です。
そして、メスの脛節と腿節の間には、花粉をこしとる櫛のような部位があります。
人間のすね毛では女性よりも男性の方が毛深い傾向がありますが、ミツバチの場合はメスの方が毛深いのですね。
そして、オスバチからは「絶対に働かないぞ」という気概を身体の造りからも読み取ることができます。
【翅】2枚の翅を連結!
花を見つけやすい眼、蜜を効率的に集める身体、花粉を集めやすい毛など、花粉・蜜を集めるための様々な機能を紹介しました。
もう一つ、避けては通れない機能をもつのが「翅」です。
ミツバチには4枚の翅があります。
ミツバチの翅を拡大すると…
前後の翅が連結してることが分かりました。
ミツバチは4枚ある翅を2枚に減らして飛翔している?
そもそも、どうやって連結させているのでしょうか?
前後の翅を離して拡大すると…
後翅の前縁の一部分だけに、特殊な毛が生えていそうです。
さらに拡大すると…
フックのような構造が生えていました!
これを前翅の後縁にひっかけることで、前後の翅を連結させているのですね。まるでマジックテープのようです。
昆虫は、身体が3つのパーツ(頭・胸・腹)で構成され、6本の脚をもちます。一方、翅はというと0枚、2枚、4枚など分類群によって枚数が異なります。
2枚、4枚の翅をもつほとんどの昆虫は飛翔するわけですが、4枚の翅をバラバラに動かして飛翔するグループは、トンボ目やバッタ目などに限られます。
ハエ目は前翅2枚で飛翔します(後翅は退化し、平均棍という器官になっています)。カブトムシが属するコウチュウ目では、前翅は硬化しているため飛翔時はほとんど動かしません。
ハチ目はというと、今回観察したミツバチのように前後の翅を連結させて、まるで2枚の翅のように飛翔します。
どうやら昆虫たちの間では、2枚の翅で飛ぶことが流行っているようです。
ミツバチの翅の航空力学に注目した研究では、2枚の翅を連結させることで翅の稼働域が大きくなり、飛翔や空中の同じ位置に静止し続ける(ホバリング)ために必要な揚力や抗力が増加することが明らかになっています。
特にミツバチたちは、小回りを利かせて複数の花へ訪れたり、探索のためにホバリングする必要があります。4枚の翅の半分を退化させるのではなく、連結・切り離しを巧みに行いながら、高いパフォーマンスを発揮できるように進化したのですね。
【ハチミツ】季節によって花の種類が変わる
ハチミツの中には花粉が含まれています。
ということは、ハチミツを電子顕微鏡で拡大すれば、花粉が観察できるはずです。
6月に収穫した巣蜜のハチミツをお湯で溶かし、ろ紙で濾してみました。
その表面を電子顕微鏡用のカーボンテープでペタペタと剥がしとり、拡大すると…
ありました!
間違いなく花粉です。拡大すると、ラグビーボールのような形のものと、コブ状の突起がある計2種類の花粉が観察できました。図鑑で調べたところ、前者は分からなかったものの、後者はモチノキ科の花粉であることが分かりました。
次に11月の取材時に直接巣から採取したハチミツの花粉を観察しました。
こちらからは1種類の花粉が得られました。トゲトゲした外見で、明らかに6月のものとは種がことなります。図鑑で調べるとキク科の花粉であることが分かりました。
長坂養蜂場の大野さん、長坂社長のお話では、11月はキク科であるセイタカアワダチソウが蜜源になっているとのこと。
セイタカアワダチソウは北米原産の外来種。日本では生態的に悪影響を与えるのではと危惧される一方で、セイヨウミツバチにとっては秋季の貴重なエネルギー源になっているようです。
当たり前のことかもしれませんが、ミツバチたちは季節によって利用する花の種類を変えていました。一般的な養蜂で用いられるセイヨウミツバチは、季節ごとに植物種を限定して特定の花の蜜を集めることが知られています。
一方の、在来のニホンミツバチたちは、植物をあまり限定せずに様々な種類の花から蜜を集めます。
結果的にセイヨウミツバチの方が採蜜効率が高く、短期間により大量のハチミツを生産することができます。また、原料となる花の種類も変化することから、その季節特有の味・香りを楽しむことができます。
【針】まるでアンカー
かわいい外見のミツバチたちにも、毒針があります。毒針を使って、ハチミツや幼虫を求めて巣を襲撃する敵と戦います。
毒針は卵を産むための産卵管が変化したもの。つまり、メスである働きバチはもつものの、オスバチは持ちません。ここでもオスバチから「巣は守りません」という気概が感じられます。
針を抜き、先端を拡大すると…
3つのパーツに分かれていて、そのうちの2つはギザギザした形をしていました。このノコギリのようなパーツが前後することで、毒針を外敵のより深くに刺しこむようです。
深く刺さりやすく、返し機能によって抜けにくい。
そんな針は、他の動物、哺乳類でも観察できました。
下の写真は浜松市動物園さんから提供いただいたカナダヤマアラシの毛。
毛が変化して針状になっています。
そして、表面を覆うキューティクルが発達し、先端がギザギザです。ミツバチの針と同様に、深くに刺さりやすく、抜けにくい構造になっています。
哺乳類のモグラと昆虫のケラが似たような形の前脚を持つように、進化の過程で異なる分類群間で似たような構造を持つことを収斂進化と言います。ミツバチの産卵管とヤマアラシの体毛とでは器官が異なるため無理があるものの、収斂進化の片りんを感じずにはいられません。
おわりに
これまで様々な試料を観察してきましたが、ミツバチほどたくさんの機能性が身体に備わった生き物は他にいません。
そして、その機能性も、脛節にのみ生える長毛、後翅の一部にのみ生えるフックのように非常に無駄が無く、まるでエンジニアが設計したロボットのような印象を持ちました。
ハチミツを作ること、そして社会性昆虫として仕事を分業することで作業内容が高度化され、身体の機能性も高められたのかもしれません。
春は道端の草花でも、ミツバチが採蜜する様子を観察することができます。
見かけた際は、彼女たちのミクロな構造に思いを馳せてみてください。
そして、彼女たちが一生懸命に作ってくれた美味しいハチミツを、味わっていただきたいですね。
◆ 参考資料
Amador, Guillermo J. et al. 2017. “Honey Bee Hairs and Pollenkitt Are Essential for Pollen Capture and Removal.” Bioinspiration & biomimetics 12(2). https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/28332480/ (March 14, 2024).
Koh, K., and D. Robert. 2020. “Bumblebee Hairs as Electric and Air Motion Sensors: Theoretical Analysis of an Isolated Hair.” Journal of the Royal Society Interface 17(168).
Ma, Yun et al. 2019. “Structure, Properties and Functions of the Forewing-Hindwing Coupling of Honeybees.” Journal of Insect Physiology 118: 103936.
石井博. 2020. 花と昆虫のしたたかで素敵な関係 受粉にまつわる生態学. ベレ出版. https://www.amazon.co.jp/dp/B08CVK3S6B/ref=dp-kindle-redirect?_encoding=UTF8&btkr=1 (June 29, 2021).
◆ 取材協力&試料提供
株式会社長坂養蜂場