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浜松ミクロ散歩「うなぎいも」後編 ~甘さの秘密はデンプン~

はじめに

「浜松のことをもっとよく知りたい!」
好奇心旺盛なスタッフが浜松科学館を飛び出して、浜松各地を訪問。
訪問先で出会った方々とふれあい、こだわりの商品などを科学館にある電子顕微鏡で観察して、ミクロから浜松を探っていく企画です。

今回は、うなぎいも協同組合さんで取材させていただきました。
取材記事はこちらから。

この記事では、うなぎいも協同組合さんから提供いただいた「うなぎいも」を浜松科学館の電子顕微鏡で観察していきたいと思います。

遠州地域で、浜名湖名産二ホンウナギの頭や骨などの残渣で作る肥料を使って栽培される限定ブランド「うなぎいも」。畑の砂地から掘り出されたうなぎいもは、真っすぐな流線形で、鮮やかな紅色でした。その美しさは今でも目に焼き付いています。

掘り出されたばかりのうなぎいも

うなぎいもの栽培には「べにはるか」という品種が用いられています。甘味が強く、焼き芋はもちろん、スイートポテトやケーキ、大学芋、羊羹など様々なスイーツに使われ、私たちの食卓にたびたび登場するとても身近な品種です。

甘くて美味しいさつまいも。
甘い農産物と言うと、フルーツが思い浮かびますね。

あれ?
そう言えば、フルーツ盛り合わせにさつまいもはいませんね。

フルーツ盛り合わせにさつまいもがいないのはなぜ?

例えばリンゴ。
焼きリンゴやタルト、ジャムなど加熱して食べることもあれば、カットして生のまま食べることもあります。

さつまいもは加熱して食べることはありますが、日本では生で食べることはあまりありません。実は、生のさつまいもを食べ過ぎると、お腹を壊してしまうこともあるのです。

電子顕微鏡の観察をとおして、さつまいもを焼き芋にすると美味しく食べられる理由をご紹介していきます。


【生芋】部屋がたくさん!スポンジみたい

うなぎいも協同組合さんからいただいたうなぎいも(以下、さつまいも)。
このさつまいもは収穫してから1カ月ほど貯蔵したものです。

生のまま輪切りにして、一部を電子顕微鏡で見てみると…

※集合体恐怖症の方は、画像をご覧になる際はご注意ください。











生のさつまいもの断面

わぁお!
たくさんの小さな部屋がびっしりと並んでいます。
まるでスポンジのようです。
この部屋の名前は「細胞」。
中学校の理科で習うあの細胞です。

教科書で見たであろう植物細胞の断面図を思い出してみましょう。

植物細胞の断面図

植物細胞には、核、葉緑体、ミトコンドリア、液胞、ゴルジ体など様々な小器官が詰まっています。動物の細胞も、植物と違いはあるものの、核、ミトコンドリア、ゴルジ体など共通する小器官があり、私たちの身体も基本的にさつまいもの断面と同じように、小さな細胞が集まって形作られています。

動物細胞の断面図

さて、細胞の中からさつまいもの美味しさの秘密が見つかるでしょうか?
さらに拡大してみましょう。

【生芋】細胞につまった粒々

生芋の細胞をさらに拡大すると…

生のさつまいもの細胞

おお!
細胞の中に小さな球体が「これでもか!」と詰めこまれています。
この物質はいったい何なのでしょうか?

再び植物細胞の断面図を見てみましょう。

植物細胞の断面図

たくさんの球体…。リボソームにしては大きく、主張が強い気がします。

実は、この粒々は「デンプン」です。
デンプンは栄養分の塊。光合成で作った栄養分をデンプンとして根にため込んでいるのです。

光合成とは、光を利用して水と空気中の二酸化炭素を材料に栄養分(炭水化物)を作ることです。植物は専門用語で「一次生産者」と呼ばれ、その理由がここにあります。

光合成で養分を作る

「生き物の身体は細胞の集まりで、細胞の中には様々な種類の小器官がある」これは理科の授業で習うことで、正解です。しかし、実物の細胞を観察すると、デンプンのように教科書通りではない事例もあるのですね。リアルを観察することは、やっぱり面白い!

さて、栄養分の塊と紹介したデンプンではありますが、私たちは、この状態では消化することができません。
デンプンの粒は結晶の状態。糖分が鎖状に連なって、さらにその鎖同士が強く束ねられているのです。私たちは、取り込んだ食べ物を吸収するために細かく分解するための化学物質(消化酵素)を持っています。しかし、この消化酵素をもってしても強固な鎖の束を解くことはできないのです。

仮にさつまいもを生のまま食べると、消化・吸収されない物が大量に取り込まれることになり、消化不良を起こしてしまうことがあります。

では、どうすればさつまいもの栄養分を消化・吸収することができるのでしょうか?

その答えは「加熱」です。

【焼き芋】粒々のデンプンが溶けちゃった

次は焼き芋を電子顕微鏡で見てみましょう。

焼き芋

しかし、ここで問題があります。
電子顕微鏡にちぎった焼き芋を入れただけでは細胞の形が崩れてしまい、上手く観察することができません。

では生のいもを小さく切って、それを電子レンジでチンしたら?
これも乾燥して干からびてしまいそうです。科学館には蒸し器もないし、どうしよう…。

困った筆者は、下の図のような「簡易蒸し器」を発明しました。

誰得? 小さな蒸しさつまいもの作り方

① 生のさつまいもをカッターなどで厚さ2 mm、1 ㎠ ほどの大きさに切る
② ボトル型の缶コーヒーの蓋の縁に①を挿す
③ マグカップサイズのタンブラーに熱湯を入れ、その上に②を浮かべる
④ タンブラーに蓋をして、20分ほど放置する
⑤ 完成!

これで誰でも小さくてフレッシュな焼き芋(蒸し芋)を作ることができます。ぜひ試してみてください。

さて、試行錯誤して用意した加熱したいもの切片を電子顕微鏡で見てみると…

加熱したさつまいもの断面

生芋で観察した細胞の部屋は残っているようです。
しかし、デンプンの結晶はどこかに消えてしまいました。

加熱したさつまいもの細胞

さらに拡大すると、細胞の中はベタっとした物質で満たされていました。実は、この「のり状な物質」こそ変性したデンプンなのです。生芋の結晶化したデンプンは、加熱によって束ねられた鎖の間に水分子が入り込み、溶けてのり状になったのです。

ここまで緩くなると、体内の消化酵素が働くことができるようになり、分解されて糖になり、身体に吸収することができます。

この加熱によるデンプンの結晶からのり状への変化は、米や小麦などの穀物、ジャガイモやサトイモなど他の芋類など、さまざまな食物で起こります。これらの食物もサツマイモと同じ理由で生のままでは消化・吸収を効率的に行うことができません。

甘さの尺度で言うと、これらの食品の中でもさつまいもは特に優れています。これは、さつまいもに含まれる「β-アミラーゼ」という酵素が関係しています。β-アミラーゼは、摂氏70度程度の温かさで最も活発に働き、さつまいもに含まれるデンプンを糖分の一種:麦芽糖まで分解するのです。

さつまいも以外の食品を食べた時、のり状のデンプンは唾液に含まれる消化酵素アミラーゼと出会って初めて分解されはじめ、麦芽糖やオリゴ糖などの糖分になります。私たちの味覚は、身体を維持・発達させるために必要な糖分に反応し、これらが舌の上を通ると「甘い」と感じます。つまり、ご飯やジャガイモでは、口に入れてから分解されるまでのタイムラグがあるために、噛んでいるうちにゆっくりと甘さを感じることになります。

一方のさつまいもでは、いもに含まれる酵素β-アミラーゼの働きによって、口に運ぶ前から麦芽糖がより多量に含まれた状態になっています。すると、口に入れた瞬間に麦芽糖が感じられ、「甘い!」となるわけです。

焼き芋を作る際に、あまり高温にさらしてしまうと酵素β-アミラーゼの働きを弱めてしまいます。酵素が活発に働きやすい70度前後を維持しながら、ゆっくりと加熱調理することをお勧めします。
ぜひ加熱したさつまいもとジャガイモの食べ比べをして、甘味の違いを体感してみてください。

【生芋】貯蔵するとどう変わる?

うなぎいも協同組合さんでは、収穫したさつまいもを直ぐに出荷するものと、1カ月以上貯蔵するものとで分けていました。
さつまいもは貯蔵することで、甘く柔らかくなるとのこと。一方で、調理方法によっては甘すぎなかったり、固い状態のほうが加工しやすい場合もあります。出荷後のさつまいもがどのように調理されるかによって、貯蔵期間を調整しているそうです。

では、貯蔵することで、さつまいもの細胞にどのような変化があるのでしょうか。
電子顕微鏡で収穫直後と、1カ月貯蔵したいもを比較してみると…

貯蔵期間の比較

うーん、大きな違いは無いようですが、貯蔵後の方がデンプンの1粒1粒の輪郭がくっきりして、粒径も小さくなっているように見えます。

栄養学的には、さつまいもは貯蔵することで水分量が減り、特に加熱後に糖分が増えることが知られています。デンプンの結晶も時間の経過とともに形態的に変化しているのかもしれません。

【切り口】白色と黒色は食べても大丈夫?

販売されているさつまいもの切り口を見てみると、白色や黒色に変色していることがあります。これは食べても大丈夫なのでしょうか?

うなぎいも協同組合さんによると、傷口の断面には「コルク層」と呼ばれる層が存在するそうです。畑から掘り起こしたばかりの芋をすぐに貯蔵すると、収穫時についた傷口から腐敗することがあります。そこで、さつまいもを高温多湿の環境に置く「キュアリング」という処理を行い、傷口の表面に「コルク層」を作らせて貯蔵性を高めるそうです。

傷口断面のサンプルを用意して、電子顕微鏡で見てみると…

さつまいもの切り口の断面

ん?
赤色の線ではさまれた部分にだけ、デンプンの結晶が無いように見えます。

さらに拡大すると…

さつまいもの切り口の断面

デンプンの結晶が無い空っぽの細胞の列を見つけました。
どうやら、これが「コルク層」のようです。さつまいもは傷ができた際に、細菌や菌類の養分であるデンプンを含まない木質な組織を作ることで障壁を作り、腐敗を防いでいるようです。

黒色の部分の表面も拡大すると、アクリル樹脂を覆ったようにのっぺりと平滑な様子でした。

さつまいもの切り口の黒色な部分

この黒色な物質はヤラピンと呼ばれ、樹脂配糖体と呼ばれる化合物の一種です。植物内での役割は調べたものの、分からずじまいでした。

サツマイモ属の植物(アサガオも本属に含まれ、ヤラピンをもちます)に含有し、切断すると断面からミルク状の白色の液体として析出します。そして空気に触れると酸化して黒色に変化します。ちなみに食べても人体に問題はなく、むしろ整腸作用があるようで便通の改善に役立つそうです。

変色したさつまいもの切断面も、加熱すれば人体には影響なく食べることができそうです。ただ、同じ白色でもカビの可能性もあります。切断面をよく見て、モフモフしたカビの菌糸でないことを確認するようにしましょう。

おわりに

うなぎいもを家で味噌汁やポタージュに調理して食べてみました。
「うーん、甘い!」
こんな美味しいさつまいもを、近所のスーパーで手軽に購入することができます。あらためて、浜松はとても恵まれた地域であることを実感しました。

遠州地域の気候や地質、そしてうなぎいも協同組合さんのさつまいもと人々を繋ぐ運営や、農家さんの日々の努力によって美味しいさつまいもをが作られています。
そこへ今回ご紹介したミクロな視点をプラスして、美味しいうなぎいもを楽しんでいただければ幸いです。

◆ 参考資料

理科の世界 2. (大日本図書, 2020).
麻子谷津, 洋子中西, 夏子湯川 & 正梁川. サツマイモの貯蔵にともなう品質変化-調理実習での使用に向けて-. 京都教育大学環境教育研究年報 20, 109–117 (2012).
津久井亜紀夫. サツマイモの栄養機能成分と焼き芋の美味しい焼き方理論. いも類文化ノート 焼き芋小百科 3, (2005).

◆ 取材協力&試料提供

うなぎいも協同組合

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