水を吸って大変身!?「苔の劇的ビフォーアフター」をタイムラプスで撮影してみた
はじめに
「梅雨って雨ばかりで嫌い」
「そんなこと言わないで。植物にとって、この雨は『恵みの雨』なんだから」
梅雨の時期になるとラジオやテレビなどからよく聞かれる言葉「恵みの雨」。
確かに降水量が少ない空梅雨になると一部の野菜の価格が高騰しますね。
しかし普段の生活で農業や家庭菜園などを行わない、植物と直接的なかかわりが少ない人は体験的にあまり実感がないかもしれません。
そんな「恵みの雨」を、観察して体感できる身近な生き物がいます。
その生き物こそ、今回のテーマ「コケ植物」です。
コケ植物!! 劇的ビフォーアフター
コケ植物(以下、コケ)とは一体何でしょうか?
コンクリートや街路樹に張り付いている緑色のモフモフした物体。
これがコケです。
最近は家の中で小さな容器でコケを育てて鑑賞する「苔テラリウム」が流行っているそうですね。親しみのある方もいるかもしれません。
コケは陸上生活する植物の中で最も原始的なグループに属します。
本記事後半の「コケはどうして変身するの?」や前回記事「お散歩が楽しくなる!『苔ミニガイドブック』を公開」でコケの形態的な特徴を紹介していますので、興味のある方はそちらをご覧ください。
「恵みの雨」が降る日のコケは色鮮やかで、モフモフ感が増して立体的に見えます。すごく生き生きした印象です。
下の写真は、晴れてコケが乾燥しているときに撮ったハマキゴケです。
次の写真は雨が上がった直後、湿った状態のハマキゴケです。
並べてみるとこんな感じ。
どうでしょうか。ちょっと違う感じがしませんか?
え?怪しい?
あまり違いが分からない?
そう言われてしまう気がしましたので、科学館敷地内に生えるコケ7種が水を吸収して変身する様子をタイムラプス動画で記録してみました。
◆ 動画の作成方法
写真は接写用のデジタルカメラで撮影しました。
乾いた状態のコケを1秒おきに撮影し、途中で洗浄瓶で撮影範囲のコケが湿る程度に水をかけました。
その後、合計で3分が経過するまで1秒間隔の撮影を継続しました(写真は合計で180枚撮影)。
撮影した写真180枚をAdobe After Effectsでつなぎ合わせて、合計で10秒間の動画を作成しました。つまり動画を観ることで、コケが乾いた状態から湿った状態へ変化する3分間の様子をたった10秒間で観察することができるのです。
※note記事へ掲載できるデータ量の問題から少し画質が粗くなっています。
いろいろな種のコケが、恵みの雨を受けて葉を広げる様子を動画で観察してみましょう。一見、目立たないコケたちが実は活発的に動く劇的ビフォーアフターをお楽しみください (^^♪
◆ ハマキゴケ
「葉巻苔」の和名のとおり、小さく巻かれて縮れた葉。
水をかけると… なんということでしょう!
葉は生き生きと開き、らせん状に天へ向かって仰いでいます。
◆ カラヤスデゴケ
「これは本当に植物?」黒色で硬く縮んでしまったカラヤスデゴケ。
水をかけると… なんということでしょう!
葉と茎はスポンジのように膨らみ、緑色に変色して生気をとりもどしました。
◆ ヒナノハイゴケ
使い古されたロープのような外観。
これで綱引きをしたら間違いなく手の皮が剥けてしまいます。
水をかけると… なんということでしょう!
まるで柔軟剤を使ったかのうようにふんわりと膨張しました。
◆ ツチノウエノコゴケ
固く縮れた様子は、まるでお湯をかける前のインスタントラーメン。
水をかけると… なんということでしょう!
葉はまっすぐに伸び、曲がったあの頃を忘れてしまったかのような素直な様子です。
◆ ギンゴケ
白色でモールのようにコンクリートから生えるギンゴケ。
水をかけると… うん。
葉の形にはあまり変化がなく、茎に張り付いていた葉が少しだけ膨らんだようです。色も少しだけ緑色がかって鮮やかになりました。
◆ ヒロハツヤゴケ
ケヤキの幹に張り付いて、緑色で艶のある見た目のヒロハツヤゴケ。
水をかけると… うん。
ギンゴケと同様に葉の形にはあまり変化がなく、茎に張り付いていた葉が少しだけ膨らんだようです。艶を保ちつつ、緑色が鮮やかになりました。
◆ キャラボクゴケ
乾燥した状態から美しい緑色で、葉も十分に開いています。
水をかけると… うん。
やはり変化はあまりありませんでした。しかし、濡れることで葉が透きとおって見えるようになりました。
コケはどうして変身するの?
まさに劇的ビフォーアフター。特にハマキゴケ、カラヤスデゴケ、ヒナノハイゴケ、ツチノウエノコゴケは同じ種類の生き物とは思えないくらい形が変化しますね。
種同定をする場合は、観察時の湿度などの気象条件を気にする必要があります。動画全体では3分間の出来事でしたが、葉がワッと開く劇的な変化はわずか数秒で起こりました。出かける時に霧吹きなどを持参して、コケを水で湿らせて展葉した状態を観察するのもおすすめです。
ギンゴケ、ヒロハツヤゴケ、キャラボクゴケは、乾燥した時と湿った時の間で変化はあまりない種のようです。変化がない種はコケ全体の中では少数派な印象です。この点も種同定の際には同定形質の一つになりますので、参考にしてみてください。
どうしてコケは葉を閉じたり、開いたりするのでしょうか?
その答えは、「コケには根・維管束が無いこと」が関係しています。
コケは、陸上植物の1グループです。
陸上植物は、種子植物、シダ植物、コケの3つのグループに分けられます。これらグループは、藻類という水中で生息して光合成をする生き物から進化したと考えられています。
陸上植物の中で最も原始的なグループなのがコケです。その原始的特徴に、コケは陸上生活を行う上で便利な「根」「維管束」「種子」などを一切持っていないことが挙げられます。
「根」は、身体を土壌にしっかりと固定して、じっくり成長するために必要な杭です。それと同時に土壌中から水や水に溶けた栄養分を吸収する機能を持ちます。
「維管束」は、根から吸収した水分、栄養分や、光合成で作った栄養分を身体の隅々に行き渡せるために用いられる太い血管のような役割を持ちます。
「種子」は、新たな命の源がつまったカプセルです。それと同時に、栄養分も蓄えられています。たとえ種子が落ちた場所が発芽に適していない場所であっても、適した環境になるまでじっと待ち、条件が整ったのを見計らって貯蔵された栄養分を使って発芽、成長することができます。
これら「根」「維管束」「種子」を持たない原始的なコケではありますが、立派に陸上環境を生き抜いています。
「根」を持たない代わりに、コケは葉や茎から水や水に溶けた栄養を吸収します。また根で自身をしっかりと固定する必要もないことから、土壌がないアスファルトやスチール製の看板など他の植物が利用できない環境でも生きることができます。
※コケは根の代わりに、身体を簡単に固定する仮根を持ちます。
「維管束」を持たないコケは、体中に水分や栄養分をいきわたらせる能力が低いため、身体を大きくできないと考えられます。その一方で、乾燥時には生命維持活動を停止させて休眠し、水分が得られれば直ぐに葉を広げて活動を再開するなど環境の変化に敏感に適応しています(ここでは「休眠⇔復活作戦」と呼びます)。
コケは子孫を残すために確実性が高い「種子」を持ちません。その代わりに「胞子」を作ります。胞子は種子と比較して保存性や耐久性に劣りますが、その分生産する際のエネルギーコストが低く、大量に作ることが可能です。散布された胞子は、あらゆる環境に到達し、子孫を残すチャレンジの機会を種子植物よりも多く得られます。
コケが変身する理由は、小さくて原始的な身体をフル活用して、環境の変化に適応するための工夫だったのですね。
「根」「維管束」「種子」を持たないコケは、その場その場で生き延びつつも、したたかな印象を持ちます。休眠⇔復活作戦を駆使して、植物が陸上に進出してから4億年以上を生き抜いてきました。
それどころかコケは休眠⇔復活作戦によって、高山や南極などシダ植物や種子植物が生育できない過酷な環境にも分布することが可能です。植物界の成功者と言っても過言ではないかもしれません。
おわりに
「あぁ…今日も雨…。生き物観察はお休みしよう」
もったいないですよ!
雨が降っているからこそ、今回のコケのように観察すると面白い生き物がたくさんいます。
「今日のコケはいつもよりも、モフモフして色鮮やかに見えるなぁ」
「コケにとって、この雨は『恵みの雨』なんだなぁ」
晴れた日と比べながらお散歩すると、いつもと違う様子に気が付いたり、新たな発見があるかもしれません。
生き物たちは、雨の日を楽しくしてくれる存在です。
次回は雨の日に観察すると面白い生き物の生命現象をご紹介します。
お楽しみに!
参考資料
藤井久子. 知りたい 会いたい 特徴がよくわかる コケ図鑑. (家の光協会, 2017).
大石善隆. じっくり観察 特徴がわかる コケ図鑑. (ナツメ社, 2019).
Wickett, N. J. et al. Phylotranscriptomic analysis of the origin and early diversification of land plants. Proc. Natl. Acad. Sci. U. S. A. 111, E4859–E4868 (2014).