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お散歩が楽しくなる!「苔ミニガイドブック」を公開

今年4月「地衣類ミニガイドブック」を公開しました。

科学館職員やボランティアさんに紹介したところ、大好評!
皆さんミニガイドブックを片手に、夢中でコンクリートや樹に張り付いて地衣類を観察していました。

地衣類観察に夢中な科学館ボランティアの皆さん

「通勤途中に街路樹でコフキメダルチイ見つけちゃいました~」

良い傾向です。
完全に生き物観察の世界に片足を突っ込んでいます。

さて、今回は「苔ミニガイドブック」を公開いたします。
※以下、「苔」を「コケ」と記述します。

ミニガイドブック「おそとDEみらいーらコケ編」

ミニガイドブックのデータは下記リンクから無料でダウンロードしていただけます。

A3もしくはA4サイズで印刷して切り折すると1冊の本になります。

ちゃんと本になった!

「え?地衣類とコケって同じじゃないの!?」

多くの方が疑問に思ったことでしょう。
この記事の後半で「コケとは?」を紹介していますので、気になる方はそちらをご覧ください。

コケの世界を探検しよう

下の写真は浜松城公園に植えられている街路樹のケヤキです。浜松城公園は、浜松市の中心地に位置しています。

浜松市役所の脇に植えられているケヤキ

毎日浜松城公園を数百人の人々が訪れていますが、この樹をじっくりと観察する人はほとんどいません。
しかし、立ちどまって眺めてみると、幹はとてもカラフルな色合いをしていることに気が付きます。

前回紹介した「地衣類ミニガイドブック」を使うことで、カラフルさの解像度を上げることができます。

下の写真の水色の部分を覆っているのが地衣類です。
これらの地衣類は「地衣類ミニガイドブック」で種を同定することが可能です(同定結果は記事の最後で紹介します)。

水色で覆われた部分にたくさんの地衣類がついている


よく見てみると、まだ茶色の部分を地衣類以外の緑色や黒色の何かが覆っています。

地衣類以外の何かが茶色の部分に付いています
これが「コケ」

これらが今回のテーマ「コケ」です。
コケを観察することで、ケヤキの幹の解像度をさらに上げてみましょう。

コケを観察する前に知っておきたいこと

「苔ミニガイドブック」を使って観察を始める前に、知っておきたいポイントがいくつかありますので、押えておきましょう。

湿った時、乾いた時で、形が全然違う!

「コケとは?」で詳しく説明しますが、なんとコケには根がありません。
水分を吸収する根が無い代わりに、葉や茎から水分(雨水や空気中の水蒸気)や水に溶けた栄養分を直接取り込みます。
つまりコケの体内の水分量は、周囲の湿度によって左右されるのです。

「しばらく雨が降らなかったり、空気が乾燥したらコケは乾いて死んじゃうの?」

心配になりますが、安心してください。
周囲の湿度が低い時、コケは葉を縮めて自ら仮死状態になり、乾燥した期間をやり過ごします。そして、雨が降ったら水分を取り込み、再び葉を広げるのです。

このコケの性質によって、種によっては湿った時と乾いた時とで形が劇的に変化します。

例えば、下の動画はハマキゴケに水をかけた時の様子です。

水を吸って葉を広げるハマキゴケ

乾いて葉が縮んだ状態のハマキゴケに水をかけると、水分を吸収して一気に展葉します。
動画は3分間1秒間隔で写真撮影し、それらを繋げたものです。まさに劇的ビフォーアフター。同じ種類の生き物とは思えないくらい形が異なりますね。

ミニガイドブックでは、湿った時と乾いた時とで形が大きく変わる種については両方の状態の写真を掲載しています。観察する時は湿度を考慮しながら対象のコケを探してみましょう。もしくは、霧吹きでコケに水分を与えて、展葉した状態で観察するのもおススメです。

専門用語

コケの種名を調べる時に、よく使われる専門的な部位を2つだけご紹介します。コケを本格的に観察する場合、他にもたくさんの部位を覚える必要がありますが、今回のミニガイドブックでは「蒴(さく)」「中肋(ちゅうろく)」の2つだけ覚えておいてください。

蒴(さく)
胞子を作る繁殖器官です。蒴の形や、蒴から伸びる蒴柄の長さ、蓋がとれた蒴の先端に歯のような突起の有無や、その形などが種同定に必要な場合があります。

蒴(さく)は胞子を作る繁殖器官

中肋(ちゅうろく)
葉の中央にある筋のことです。他の植物で言うところの葉脈(主脈)のようなものでしょうか。この中肋の有無や、中肋が葉の先端まであるか否か、葉の先端から飛び出ているか否か、などをチェックします。

中肋(ちゅうろく)のパターンは様々

上記のように、厳密に種同定するにはルーペや顕微鏡での観察が必要になります。

浜松科学館で見られる7種のコケ

苔ミニガイドブックは、「人生で初めてコケを観察します」という方向けに作りました。

・そもそもコケがどんなところにいるのか分からない
・見た目(拡大していない状態)の様子が分からない

そんな方でも大丈夫です。ミニガイドブックではコケ1種1種について、①「ここにいます!」という科学館敷地内の具体的な風景写真、②裸眼でコケを見た様子、③ルーペでコケを拡大した様子、の3枚の写真を掲載しています。

浜松科学館にお越しの際は「ここにギンゴケが生えているはず… あった!あった!」といった感じでミニガイドブックを活用いただけたら嬉しいです。もちろん、他の市街地の公園などでもミニガイドブックを参考にお使いいただけます。

それでは、コケ観察に出かけましょう!

◆ ギンゴケ

ハリガネゴケ科
学名:Bryum argenteum
出会える場所:コンクリート、岩

科学館南側の丸型の縁石に注目!
銀色のコケを発見!
周りには地衣類の一種コウロコダイダイゴケもいますね
ギンゴケ

葉の上半分に葉緑体が無く透明で、和名のとおり銀色に見えます。乾燥しても葉はあまり縮れません。
この白色化は強い光の影響を軽減するための反応ですので、日当たりが強いほど白色になります。写真はかなり白色な個体。場所間で白色化の程度を比べてみても面白そうですね。

◆ ヒナノハイゴケ

ヒナノハイゴケ科
学名:Venturiella sinensis
出会える場所:樹皮

遊具近くのケヤキに注目!
幹を這うコケを発見!
なんだかケバケバした感じ
ヒナノハイゴケ

葉は卵型で、葉先は透明で尖ります。短い枝をたくさん伸ばします。春先に先端が赤色の蒴を付けます。この美しい蒴を意識して別名:クチベニゴケと呼ばれます。サヤゴケ(非掲載)と似ていますが、ヒナノハイゴケには中肋があり、サヤゴケには無い点で区別できます。

◆ ヒロハツヤゴケ

ツヤゴケ科
学名:Entodon challengeri
出会える場所:樹皮、岩

アベマキの根元に注目!
ツヤのあるコケを発見!
ヒロハツヤゴケ

葉は緑色~褐色がかった緑色で、乾燥するほど本種の特徴である葉の光沢が強くなります。茎は這いながら不規則に枝分かれします。葉の形は先のとがった卵形。表面はツヤツヤで、ややでこぼこしています。

◆ カラヤスデゴケ

ヤスデゴケ科
学名:Frulla niamuscicola
出会える場所:樹皮、岩

ケヤキに注目!
黒色っぽいコケを発見!
地衣類と間違えそう
カラヤスデゴケ

茎は幹にぴったりと密着して、分岐しながら伸びます。葉は卵形で、縁は滑らか。湿った時は緑色で、乾くと黒色みを帯びた赤褐色になります。上の写真では、茎の先にいくほど湿っていて、葉の色が赤褐色から緑色に変化していますね。市街地で出会うヤスデゴケ科は本種の可能性が高いですが、近縁種が多く、正確な種同定には顕微鏡での観察が必要になります。

◆ ハマキゴケ

センボンゴケ科
学名:Hyophila propagulifera
出会える場所:コンクリート、岩

自然観察園前のコンクリートの地面に注目!
一面マット状のコケを発見!
ハマキゴケ

葉は茎に対して放射状に付き、縁は滑らかです。中肋は葉の先端に届きます。乾いて巻いた葉は、水に濡れるとわずか数十秒で開きます。雨上がりや乾燥した日など、その日の湿度を考慮して観察しましょう。
本種は主に東日本に分布し、西日本には近縁種カタハマキゴケ(非掲載)が分布します。カタハマキゴケの葉先部分には、小さなギザギザ(鋸歯)があります。

◆ ツチノウエノコゴケ

センボンゴケ科
学名:Weissia controversa
出会える場所:土、岩

自然観察園の石碑脇に注目!
緑色のモコっとしたまとまりを発見!
ツチノウエノコゴケ

緑色で饅頭状の群落(コロニー)を作ります。葉の縁は滑らかで、乾くとフック状に強く曲がります。ハマキゴケと同じように劇的な変化ですね。蒴の柄の部分(蒴柄)は、蒴が葉から出るくらいの長さ。蒴の先端部の縁に棘状の歯(蒴歯)がありますが、ルーペでは確認できないくらい小さいです。
近縁種にツチノウエノタマゴタケ(非掲載)、ナガハコゴケ(非掲載)がいます。ツチノウエノタマゴタケは蒴柄が短く、蒴が葉に埋もれる点、ナガハコゴケは長く発達した蒴歯を持つ点でツチノウエノコゴケと区別できます。

◆ キャラボクゴケ

ホウオウゴケ科
学名:Fissidens taxifolius
出会える場所:土、岩

自然観察園内の地面に注目!
薄緑色の塊を発見!
キャラボクゴケ

葉は明るい黄緑色~緑色。薄暗い林の地面で小さな群落を作ります。葉は乾いてもあまり縮まらず、透きとおった緑色で美しいです。近縁種にコホウオウゴケ(非掲載)がいます。キャラボクゴケの中肋は葉の先端から突き抜けていますが、コホウオウゴケの中肋は葉の先端付近でとまります。

コケとは?

これまで見てきたコケとは、そもそもどんな生き物なのでしょうか?

コケ(以下、コケ植物)は、植物の1グループです。
植物は、主に陸上で生息する種子植物、シダ植物、コケ植物の3つのグループに分けられます。これらグループは、藻類という水中で生息して、光合成をする生き物から進化したと考えられています。

コケは植物のグループの一つ

種子植物、シダ植物、コケ植物の中でも、最も原始的なグループなのがコケ植物です。その原始的特徴に、コケ植物は陸上生活を行う上で便利な「根」「維管束」「種子」などを一切持っていないことが挙げられます。

原始的なコケ植物は根、維管束、種子を持たない

「根」は、身体を土壌にしっかりと固定して、じっくり成長するために必要な杭です。同時に土壌中から水や水に溶けた栄養分を吸収する機能を持ちます。

「維管束」は、根から吸収した水分、栄養分や、光合成によって作った栄養分を身体の隅々に行き渡せるために用いられる、太い血管のような役割を持ちます。

「種子」は、新たな命の源がつまったカプセルです。それと同時に、栄養分も蓄えられています。たとえ種子が落ちた場所が発芽に適していない場所であっても、適した環境になるまでじっと待ち、条件が整ったのを見計らって貯蔵された栄養分を使って発芽、成長することができます。

これら「根」「維管束」「種子」を持たないコケ植物ではありますが、立派に陸上環境を生き抜いています。

水や水に溶けた栄養を吸収する「根」を持たない代わりに、葉や茎からそれらを吸収します。また根で自身をしっかりと固定する必要もないことから、土壌がないアスファルトやスチール製の看板など他の植物が利用できない環境でも生きることができます。
※コケ植物は根の代わりに、身体を簡単に固定する仮根を持ちます。

ミニガイドブックで見てきたように、コケ植物は肉眼では観察するのが難しいくらい小さな生き物です。「維管束」を持たないコケ植物は、体中に水分や栄養分をいきわたらせる能力が低いため、身体を大きくできないと考えられます。その一方で、乾燥時には葉を変形させて休眠し、水分が得られれば直ぐに葉を広げて活動を再開するなど、小さな身体をフル活用しています。

コケ植物は子孫を残すために確実性が高い「種子」を持ちません。その代わりに「胞子」を作ります。胞子は種子と比較して保存性や耐久性に劣りますが、その分生産する際のエネルギーコストが低く、大量に作ることが可能です。散布された胞子は、あらゆる環境に到達し、子孫を残すチャレンジの機会を種子植物よりも多く得られます。

以上のように「根」「維管束」「種子」を持たないコケ植物は、その場その場で生き延びつつも、どこかしたたかな印象を持ちます。原始的な戦略を駆使して、植物が陸上に進出してから4億年以上を生き抜いてきました。

そんな事を考えながら、乾燥したハマキゴケに水をかけると、何だか感慨深くなるのは筆者だけでしょうか。

おわりに

冒頭に紹介したケヤキの樹に再び登場していただきましょう。

浜松城公園に生える街路樹のケヤキ

コケ植物、地衣類ミニガイドブックで種同定した結果が下の写真です。

たくさんのコケ、地衣類が付いている

◆ コケ植物
ヒナノハイゴケ、ヒロハツヤゴケ、カラヤスデゴケ

◆ 地衣類
ナミガタウメノキゴケ、ロウソクゴケ、シロムカデゴケ、コフキメダルチイ、ウメノキゴケ

コケ植物と地衣類合計で8種が確認できました。
微小な種、顕微鏡でなければ同定が難しい種なども含めればより多くの種が記録されることでしょう。

普段何気なく通り過ぎている街路樹には、多くの人々に知られていない多種多様な生き物たちが棲んでいるのですね。

ケヤキの幹を生息地として拠り所にしている生き物は、コケや地衣類だけではありません。コケの中に生息するワムシやセンチュウ、クマムシの仲間。地衣類を食べるチャタテムシやハダニ、蛾の仲間の幼虫。そして、微細な生き物を食べるハエトリグモやサシガメなどの肉食性の昆虫たち。

街中の1本の樹の幹にも、一つの世界が広がっていることに気づかされます。

これまでに発行したコケ、地衣類、野鳥、野草などのミニガイドブックシリーズをご活用いただき、お散歩を楽しんでいただけたら幸いです。

参考資料

藤井久子. 知りたい 会いたい 特徴がよくわかる コケ図鑑. (家の光協会, 2017).
大石善隆. じっくり観察 特徴がわかる コケ図鑑. (ナツメ社, 2019).
Wickett, N. J. et al. Phylotranscriptomic analysis of the origin and early diversification of land plants. Proc. Natl. Acad. Sci. U. S. A. 111, E4859–E4868 (2014).


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