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マンリョウの葉に棲む「謎の細菌」の話

最近ある植物から、科学が進歩しても自然界にはまだまだ明らかにできない謎が存在することを実感しました。

生き物たちの営みは、私たちが想像できないほど奥深く、面白いです。

今回はそんなエピソードをご紹介します。

クリスマスカラーなマンリョウを探してみよう

このような樹を見たことがありますか?

身近な植物マンリョウを探してみてね。

マンリョウという常緑樹で、観賞用として庭や公園、神社等に植えられる身近な植物です。果実の濃い赤色と葉の緑色はまさにクリスマスカラー!冬季に実ることから、クリスマスにぴったりです。

自然観察園でもマンリョウを見つけました。

常緑樹らしい厚手の葉を手にとると、葉の縁が大きく波打ち、小さな瘤が並んでいるのに気付きます。
この瘤状の部分を専門用語で葉粒(ようりゅう)と呼びます。

マンリョウの葉の縁には瘤状の葉粒が並ぶ。

この葉粒こそマンリョウの特徴で、1950年代に出版された樹木図鑑に「マンリョウの葉粒の中には窒素を固定する細菌がいる」という記述されていました。

まさかマンリョウの葉にそんな細菌がいたなんて!
当時は大変驚いたものです。

しかし、よく調べてみるとこの「窒素を固定する」という記述が誤りだったことが分かりました。

三つ葉のクローバー、強さの理由は根粒菌

前章で「窒素を固定」という謎の言葉が出てきました。「窒素を固定」の意味を知るために、少し寄り道して三つ葉のクローバーの話をさせてください。

誰もが見たことがあるであろうクローバー。

三つ葉のクローバー(シロツメクサ)

正式和名は「シロツメクサ」です。

ヨーロッパ原産のマメ科植物で、江戸時代にオランダからの輸入品の緩衝材として箱に詰められていたことから「ツメクサ」の名が付けられたと言われています。

現在では日本に定着して田んぼや公園など人工的な環境で普通に見られます。

科学館ではリニューアルオープンの際に、シロツメクサの種子がサイエンスパークに蒔かれました。あれから2年が経ち、現在では生息面積が広がって同時期に植えられたシバが追いやられつつあります。

繁殖力が強いシロツメクサ。

シロツメクサの強い繁殖力を支える性質の一つとして「根粒菌(こんりゅうきん)」と共生していることが挙げられます。

観察のためにシロツメクサを一株抜いてみましょう。

かなり強く根を張っていますので、小さなスコップで土ごと掘り返してみます。すると四方八方に伸びるひげ根が現れました。

根1本1本をよく見ると、ところどころに小さなジャガイモのような粒が付いているのに気が付きます。

シロツメクサの根には根粒菌が棲む根粒がある。

これこそがシロツメクサの強さの秘訣「根粒菌」が棲む根粒です。根粒菌には、空気中の窒素をシロツメクサにプレゼントする性質があるのです。

窒素(N₂)は、アミノ酸やタンパク質と同様に生き物の身体を形作ったり、生理機能を維持したりする上でなくてはならない生命の源となる物質です。

実は窒素は皆さんの目の前!
空気中にたっぷり約78%も存在しているのです。

空気には、私たちの呼吸に必要な酸素は約21%、地球温暖化に影響する二酸化炭素は約0.041%含まれています。これらと比較すると窒素の豊富さが実感できると思います。

空気中には窒素がたっぷりと存在している。

しかし、空気中にどんなにたくさんの窒素が存在していたとしても、多くの生き物は直接体内に取り込むことはできません。宝の持ち腐れですね。

植物は根から水に溶けたアンモニアイオン(NH₄)や硝酸イオン(NO₃)を、私たち動物はタンパク質を消化してアミノ酸(CHNOなどで構成)の状態でしか窒素を吸収することができません。

植物はイオンの状態で根から、動物はタンパク質・アミノ酸で窒素を摂取する。

ボディビルダーやアスリートがプロテインを摂取したり、映画「ロッキー」でジョッキ一杯の生卵を飲んだりする場面がありますね。筋肉の基となるタンパク質を体内に取り込むことで窒素を効率よく摂取するためです。

では、植物が摂取するアンモニアイオン(NH₄)や硝酸イオン(NO₃)はどうやって作られるかというと、動物の糞尿や、動植物の死体が分解されて発生します。

火山噴火後などの土地では植物はなかなか生えることができません。もともと生き物が生息していない土地では養分(窒素が含まれるイオン)が少ないことが原因の一つです。身近な例では、人工的に作られた公園も無生物の更地ですので、養分が少ない土地と言えるでしょう。

そんな公園によく植えられるのがシロツメクサ。
彼らは「空気中の窒素を固定する根粒菌」の助けを借りて、貧栄養な土地でもすくすく育つことができるのです。

根粒菌は放線菌(※)の一種で、もともと土の中に棲んでいます。
※落ち葉の分解などを行う、土壌に生息する微生物の一種。

土壌中で根粒菌がシロツメクサの根と出会うと根の中に入り込み、シロツメクサは根粒菌が生活するための部屋:根粒を用意します。

根粒菌は土壌の隙間に含まれる空気から窒素を取り込み、アンモニア(NH₃)を作ってシロツメクサに供給します。

反対にシロツメクサは光合成で作った糖類や、根粒菌からもらったアンモニアを材料に植物体内で作ったアミノ酸をプレゼントします。

シロツメクサと根粒菌は互いに贈り物をし合う共生関係にある。

シロツメクサと根粒菌は互いに利益のある相利共生の関係にあるのですね。シロツメクサだけでなく、本種を含むほとんどのマメ科植物は、根粒菌と相利な共生関係にあります。

例えば、映画「かぐや姫の物語」の中で、春の畑に美しく咲くゲンゲ(レンゲ)の風景が登場します。

映画「かぐや姫の物語」のワンシーン。根粒菌と共生するゲンゲは肥料として用いられていた。

ゲンゲは観賞用というわけでなく、マメ科植物であるゲンゲを利用して空気中の窒素を土壌に蓄える肥料の意味があったのです。

春のゲンゲ畑は数十年前まで当たり前の風景でした。現代では少なくなり、ゲンゲの代わりに化学肥料が使われています。

化学肥料は一度施肥するだけで土壌に窒素成分を与えることができます。より便利で効率的になった反面、美しいゲンゲ畑が見られなくなるのは少し寂しい気がしますね。

マンリョウの葉粒菌は、本当に窒素を固定する?

話をマンリョウに戻しましょう。

マンリョウの場合はマメ科植物の根粒菌とは異なり、葉の中に細菌が棲んでいます(葉粒菌(ようりゅうきん))。

この葉粒菌は種子をとおしてマンリョウが世代交代する際に引き継がれます。周囲の環境からではなく親から子へ細菌を伝播するという意味で、葉粒菌は根粒菌よりも植物との結びつきが強いと言えるでしょう。

実際に、人工的に無細菌状態(植物から細菌を取り除いた状態)にしたマンリョウの仲間の株を用いて種子から育ててみると、枝や茎が萎縮して正常に成長することができなかったという実験結果も報告されています。

さて、図鑑によると「マンリョウの葉粒の中には窒素を固定する細菌がいる」とのことでした。

よく調べてみると、当該図鑑が出版された1950年代は、化学的・形態学的な研究が行われていた時代でした。細菌の種同定も形態学的な手法でがおこなわれていたことが分かりました(少し乱暴な言い方をすると化学的な性質や見た目で種を同定するということです)。

しかし、細菌類の化学的・形態学的な種同定では当然精度に限界があり、研究者によって同定結果が異なることも多く、しばしば論争になったそうです(現代ではDNAの配列情報をもとにした種同定が一般的ですので、人によって結果が異なるということはほとんど起こりません)。

当時、葉粒菌と同定された学名:Bacillus foliicolaという細菌は、実際に窒素固定能力を持っています。同種はマンリョウの葉の中でも窒素固定を行い、マンリョウと共生関係にあるのだろうと推察され、その情報が当該図鑑に掲載されたようです。
しかし、生きたマンリョウの葉で窒素固定された観察例はこれまで報告されていません。

マンリョウの葉粒菌の正体は?どのような働きがあるの?

葉粒菌の正体は何なのか?
マンリョウと葉粒菌はどんなやりとりをしているのか?

謎は深まるばかりです。

葉粒菌の役割は謎のまま…

時は流れ、1990年代に入るとDNAの配列情報をもとにした研究が盛んに行われるようになりました。2010年代の海外の論文によって、マンリョウの葉粒菌のDNA配列が明らかにされ、学名:Burkholderia crenata という細菌の一種であると発表されました。

さらにDNA配列をもとに細菌の性質を調べてみると、本種には窒素固定能力はなく、代わりに防虫効果があるタンパク質の一種(FR900359)を生成することが示唆されました。

マンリョウの葉粒菌の付近の葉から同様のタンパク質が検出されることから、どうやら葉粒菌が植物へ防虫物質をプレゼントしているようです。

葉粒菌(Burkholderia crenata)はタンパク質の一種を生成するが、窒素固定能力はない。

しかし「葉粒菌による防虫物質のプレゼント」だけでは、葉粒菌不在の状態(無細菌状態)において発育不良になる理由は説明できません。

タンパク質の一種(FR900359)に防虫効果以外の働きがあるのか?
マンリョウと葉粒菌間で他のやりとりがなされているのか?

これは未だに明らかになっていない謎なのです。

おわりに

今回の記事について、筆者が伝えたかったことが3つあります。

図鑑や教科書の情報はその時代の最新情報

近年の研究によって1950年代の図鑑に記述されていたマンリョウの葉粒菌の情報は誤りであること、またマンリョウと葉粒菌の窒素固定以外でのかかわり方があることが示されました。

科学の世界は日進月歩。日々新たな論文が発表され、昨日まで常識だったことが誤りであることもしばしばです。図鑑や教科書の情報はあくまでその時点での最新情報であり、また文字数の制限から全ての事象について説明できないことも多々あります。

知りたい・疑問に思った事柄があったら、図鑑や教科書を開くだけでなく、より深く調べたり、現物を観察・研究したりすることが、科学的な事象を正確に理解する上で大切なのですね。

身の回りにも分かっていないことがある

結局、マンリョウの葉に棲む細菌について、植物と葉粒菌の間でどのようなやりとりがあるのか十分に明らかにされず、読者にとっては少しモヤモヤする終わり方だったかもしれません。

「科学は日進月歩」という言葉を逆に捉えると、まだまだ分からないことが沢山あると言うことができます。

マンリョウは江戸時代から観賞植物として親しまれている身近な樹木。そんな庭に生えているような植物にも人類が未だに明らかにできていない謎が隠されているのです。

そう考えると、なんだかワクワクしてきませんか?

マンリョウと細菌の関係性を明らかにできれば、Burkholderia crenataを応用して、これまでにない全く新しい樹木の効率的な栽培方法が確立されるかもしれません。

放線菌の一種が生産するイベルメクチンを発見・開発した大村智先生が2015年にノーベル医学賞を受賞したように、細菌類の基礎研究には私たち人類の生活を豊かにする潜在的な可能性があるのです。

私たちには生き物を学ぶ余地(楽しみ)が沢山ある

筆者はマンリョウに解明されていない細菌との関係性があること以前に、マンリョウに窒素固定能力があると考えられていたことすら知りませんでした。

生き物博士と自負する筆者にとって、穴があったら入りたい!=恥ずかしさ
身の回りにもこんなに面白いことがまだまだ沢山ある!=ワクワク感
こんなに面白いことを筆者の知らないところでやっている!=ずるい
面白いことを知らない人にも伝えたい!=ソワソワ感

筆者の心の声

マンリョウのことを調べてみて、上のような感情が渦巻きました。

こんな面白いことは多くの人に伝えなくては!な筆者。

動植物の種名や科学的な事象の名称など、専門用語を知っていることは大切です。しかし、それは科学の入口にたどり着いただけかもしれません。マンリョウの葉粒のように、その先に面白い生命の営みや、原理原則が隠されている可能性があるのです。

ぜひ身の回りの環境でひっそりと生えるマンリョウを探してみてください。

そして葉の縁の粒を指でなぞりながら、謎の細菌の生命の営みに想いを馳せてみてください。

葉粒菌のことを知るといつものマンリョウが違って見えるかも。

参考資料

Carlier, A. et al. The genome analysis of Candidatus Burkholderia crenata reveals that secondary metabolism may be a key function of the Ardisia crenata leaf nodule symbiosis. Environ. Microbiol. 18, 2507–2522 (2016).

Lemaire, B., Smets, E. & Dessein, S. Bacterial leaf symbiosis in Ardisia (Myrsinoideae, Primulaceae): molecular evidence for host specificity. Res. Microbiol. 162, 528–534 (2011).

Lersten, N. R. & Horner, H. T. Bacterial leaf nodule symbiosis in angiosperms with emphasis on Rubiaceae and Myrsinaceae. Bot. Rev. 1976 422 42, 145–214 (1976).

Pinto-Carbó, M., Gademann, K., Eberl, L. & Carlier, A. Leaf nodule symbiosis: function and transmission of obligate bacterial endophytes. Curr. Opin. Plant Biol. 44, 23–31 (2018).

Sinnesael, A. et al. Is the bacterial leaf nodule symbiosis obligate for Psychotria umbellata? The development of a Burkholderia-free host plant. undefined 14, (2019).


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