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ジブリ映画「となりのトトロ」で生き物観察。

「生き物」と「映画」が好きな筆者は、その両方を楽しむことができる科学館イベントを企画しました。

その名も『トークオブワンダー 映画「となりのトトロ」で生き物観察』です。イベントでは、映画に出てくる動植物たちに注目して、生き物たちの色形や生態、進化の面白さをサイエンスカフェ形式で紹介しました。

2023年5月3日 イベントの様子

「となりのトトロ」は1988年にスタジオジブリが制作した国民的映画です。舞台はテレビがまだない頃の東京の近郊。トトロをはじめとする森に棲む不思議な生き物たちと2人の姉妹(メイとサツキ)のひと夏の交流を描いています。

ジブリ映画「となりのトトロ」

この記事ではスタジオジブリが公開・提供している静止画を用いて、生き物好きな筆者の視点で映画鑑賞していきます。読み終わった後に「生き物の視点でもう一度トトロ観てみようかな」と思っていただけたら幸いです。

それでは一緒に「となりのトトロ」の世界へ迷い込んでみましょう!

トトロは何の動物に似ている?

いきなりですがトトロは何の動物に似ていると思いますか?

トトロは何の動物に似ている?

トトロは森の精霊。スタジオジブリもトトロのモデルについて明言していません。しかし、ここは科学館らしくトトロがどの動物の特徴を有しているかを生物学的な視点から観察・考察してみたいと思います。

まずは、トトロに一番似ていると思う動物を下から1種選んでみたください。

トトロに一番似ていると思う動物1種を選んでください


お選びいいただけましたでしょうか?
生物学的な視点で、どの動物がトトロに近そうか観察していきましょう。

動物種ごとに違う「歯」の形

最初に注目する形質は「歯」です。
歯の形や、本数、生える場所などは、その動物の生態や進化の結果を反映します。

まず、ヒト・ブタ・ウマの歯の生え方を見てみましょう。​

ヒト、ブタ、ウマの歯の配置

動物ごとに上下の歯の配置を示しています。
向かい合って口を「あーん」と開けてもらった状態ですね。

私たちヒトには上下16本ずつ、計32本の歯があります。これは成人の本数で、子供の乳歯では計20本です。身体の成長とともに上下6本ずつ新たな奥歯が生えてきます。
また「32本」というのはあくまで目安で、人によっては第3大臼歯(いわゆる親知らず)が生えてこなかったり、過剰歯という例外的な歯(筆者にも3本の過剰歯があります)があったりと本数は増減することがあります。

ヒトとブタ、ウマを比べてみると、ブタとウマには尖った犬歯があることに気が付きます。犬歯はオス同士や外敵に対して、武器のために使ったり、牽制(けんせい)のために用いられたりします。
※図のウマは雄の例です。雌には犬歯4本がありません。

次に残りの動物たちの歯も見てみましょう。

ネコ、イヌ、ウシの歯の配置

ネコ・イヌとウシを比べてみると、ネコ・イヌの方が犬歯が尖り、奥歯の形がいびつなことが分かります。これは歯を武器として用いることの他に、餌の違いが大きく影響しています。ネコ・イヌなどの肉食動物は犬歯が発達するのに加えて奥歯も尖り、肉を噛み切りやすくなっています。一方、ウシのような草食動物は犬歯が発達せず奥歯が平らな傾向があり、繊維質な植物をすり潰しやすい形状をしています。

ミミズクを含む鳥類には歯はありません。トトロに似た体型的なフォルムからミミズクを選ばれた方が多いと思いますが、歯という形質に着目すると一番最初に候補から外れてしまいました。

さて、あらためてトトロの歯を見てみましょう。
トトロさん、口を大きく開けてください。

トトロは植物を食べる?争いを好まない?

奥歯は平らな形をしていますね。これは肉食動物ではなく、草食動物よりな特徴です。トトロの主な食料は植物で、もしかしたらドングリや枝葉を歯ですり潰して食べているのかもしれません。

犬歯も発達していないことから、種内競争や他の動物との争いの際に犬歯を使わない、もしくは争いを好まない性格なのかもしれません。

歯の本数も数えてみましょう。下顎の歯を数えられそうです。
1本、2本、3本、…16本!

上で紹介した動物たちをおさらいすると、「ヒト」と同じ本数なことが分かります。歯の形状も似ていることから、トトロの口はヒトをモデルに描かれているのかもしれません。

というわけで「トトロは何の動物に似ている?」の答えは「ヒト」でした。

比べてみよう:トトロの手とパンダの手

「 歯だけを根拠に答えがヒト?」
もちろん、根拠は他にもあります。
二つ目に注目する形質は「手」です。

皆さん、試しに片方の手で反対の腕を掴んでみてください。
親指を腕の下側に差し込み、残りの4本の指で上側から包んでいるのではないでしょうか。この親指とその他の指が向かい合って別々に動く運動を、専門用語で「母指対立運動(ぼしたいりつうんどう)」と呼びます。

小銭を摘まんだり、リンゴを持ったり、ペンで字を書いたり…
私たちが日常的に行っている手の動きの多くは、母指対立運動が関連しています。私たちにとって当たり前な母指対立運動ではありますが、哺乳類ではヒトや一部のサルにしかできない特別な運動なのです。

「え?パンダもササを掴んで食べているよ?」
ジャイアントパンダ(以下、パンダ)の食事シーンを想像すると、下の絵のように母指対立運動でササを掴んでいそうです。

パンダも母指対立運動でササを掴む?

実は上の図は誤ったイメージです。
パンダ、アメリカクロクマ、ヒトの左手を比べたのが下の図です。

ジャイアントパンダ、アメリカクロクマ、ヒトの左手

ヒトは親指(母指)が他の4本指と離れているのに対して、パンダ、アメリカクロクマは全ての指が横一列に整列しているのが分かります。アメリカクロクマは招き猫のように手全体を巻き込むことはできても、2方向から掴む運動は不可能なのです。そして、共通の祖先をもつパンダにも同様の制約が課せられています。

しかし、約50万年前にササを主な食料とする道を選んだパンダの祖先は、橈側種子骨(とうそくしゅしこつ)と、副手根骨(ふくしゅこんこつ)という骨を肥大化させて新たに指のような突起を2つ作りました。
もともとあった5本の指を手のひらの内側に折り曲げ、新たな2本指でササを挟み込むように固定することで、ササを効率的に食べることができるようになったのです。

トトロの手の動きに注目してみると…

母指対立運動でサツキを掴むトトロ

サツキを親指と4本指とで2方向から優しく掴んでいます。
これはパンダではなく、ヒトと同じ「母指対立運動」です。

それは特別な歩き方

母指対立運動と同じく、「直立二足歩行」も哺乳類の中ではヒトと一部のサルだけができる特別な運動です。この歩行方法が可能になったからこそ、ヒトは、前脚が自由になって母指対立運動が可能となり、より繊細な行動ができるようになりました。

直立二足歩行をするサルとして、チンパンジーやゴリラなどが挙げられますが、彼らの二足歩行はあくまで一時的な歩行で、進む速さも限定的です。下の中トトロのように腿を上げてダッシュすることができる哺乳類?は、ヒトとトトロだけなのです。
※ここではメイちゃんが4足歩行をしていますね (笑)

美しい直立二足歩行をする中トトロ

森の精霊であるトトロ。
出会ったことがない人が多いと思いますが、その姿はどこか親しみを感じます。傘をはじめて見た時の「これは何だろう?」という仕草や、雨粒が傘に落ちる音に興奮する様子は、まるで好奇心旺盛な子供のようです。

トトロの人間らしさ = 親しみ、安心感

トトロから感じる親しみや安心感は、これらのちょっとした人間らしさから醸し出されるのかもしれません。

トウモコロシを食べようとした動物は?

歯と言えば、メイちゃんのトウモコロシ(以下、トウモロコシ)を食べたそうに大きく口を開ける動物がいたのを憶えていますでしょうか?

身体は白色で、角があって、首には縄がかかっていて…




正解は「ヤギ」です。

カンタの本家の近くで、メイちゃんのトウモロコシを食べたそうに口を開けて、歯をむき出しにして鳴いていましたね。

トウモロコシを食べたそうにしていた「ヤギ」

実はこのヤギの歯の生え方は、実際のヤギとは異なります。

分類学的には、ヤギはウシ科に属します。
先ほど、ウシの歯並びのイラストが登場しましたね。
改めて見てみましょう。

ウシの歯並び

他の哺乳類とは決定的に異なる特徴があるのですが、分かりますでしょうか?


ウシの上顎には前歯が無い(赤色矢印)!

そうです!
上顎に前歯が1本も無いのです!
ウシ科に属するヤギの上顎にも、前歯はありません。

ウシ科は草食性の反芻(はんすう)動物です。
反芻とは、一度食べた草を口の中に吐き戻して嚙み砕き、再び飲み込む運動のことです。

一度目の食事は、草をスピーディーに体内に取り込むことが一番の目的です。
肉食動物のような外敵におびえながらたくさんの草を素早く取り込んで、安全な場所に身を隠したらゆっくりと反芻、消化します。上顎の前歯を無くすことで、一食みでより多くの草を体内に取り込めるように進化したと考えられています。

ではなぜ映画のヤギには上下の歯が揃っているかというと…、本当の理由は公式には発表されていないようです。
これはあくまで筆者の想像ですが、実際のヤギを登場させると「上顎に前歯が無い!」と違和感を抱いてしまい、物語に集中できなくなることを防いでいたのかもしれません。

実際のヤギには前歯が無い

動物の分類群によって変わる歯の生え方。哺乳類のペットを飼われている方は、ぜひ観察してご自身の歯の生え方と比べてみてください。

咲いている花は?

ここでは描かれている花に注目してみましょう。
物語序盤の2つのシーンを取り上げてみまので、咲いている花をピックアップしてみてください。
もちろん、植物の種名は分からなくても、色や形だけでもOKです。

◆ 草壁家の周り
物語冒頭のシーン。メイ、サツキ、お父さんの3人でお母さんがいる病院近くの農村へ引っ越してきました。
どんな花が咲いているか、探してみましょう。
何種類もありそうですね!

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どんな花が咲いているかな?①

下では、おそらくこの植物だろうと同定できた種を紹介します。
静止画と見比べながらお読みください。

・ヒメジョオン(メイちゃんの左に咲く白色の花)
本種とよく似たハルジオンと迷いましたが、ヒメジョオンのツボミは上向き、ハルジオンは下向きです。またヒメジョオンの葉は静止画のとおり茎の脇に付きますが、ハルジオンは茎を巻き込むように付きます。はっきりとヒメジョオンを意識して描かれていることが分かります。

・ノゲシ(画面右脇の黄色い花)
ヒメジョオンと同様に明るく開けた草地に生えます。花の時期は4~7月。本種と似た花に秋に咲くアキノノゲシがありますが、葉の形もノゲシを意識して描いているようです。

・ワジュロ(家の前に生えるヤシのような樹)
よく見ると黄色の花が咲いています。花期は5~6月。ノゲシと同様に初夏を意識した演出がなされています。

この3種の植物は、市街地でも比較的簡単に見つけることができます。
春から初夏に探して、トトロの世界に思いを馳せてみてください。

◆ トトロの寝床
メイは中トトロ、小トトロを追いかけるうちにトトロの寝床にたどり着きます。
ここでも、どんな花が咲いているか探してみましょう。
メイとサツキの家のシーンとは異なる植物が生えているようです。

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どんな花が咲いているかな?②

・エンゴサクの仲間(左下に咲く薄紫色の花)
花の色や葉の形など、ジロボウエンゴサクとヤマエンゴサクの両方の特徴で描かれています。ジロボウエンゴサクは川岸や山地、ヤマエンゴサクは樹林の下に生えます。

・カタバミ(左上に咲く黄色の花)
葉の形は三つ葉のクローバーのようです。静止画のようにしばしば1枚の葉が閉じて半分(片方)に見えることから、片喰という和名が付けられました。

・ヤブヘビイチゴ(右の中央に咲く黄色い花と赤色の果実)
「イチゴの仲間だけど種はなんだろう?」と図鑑で調べてみました。花が黄色なのはヘビイチゴの仲間(旧ヘビイチゴ属)の特徴で、4種類:ヘビイチゴ、ヤブヘビイチゴ、オヘビイチゴ 、ヒメヘビイチゴに絞られました。さらに4種の中で花と果実を同時に付ける種はヤブヘビイチゴだけ!静止画のように半日陰で湿った環境を好むそうです。

・ドクダミ(エンゴサクの仲間の下に咲く白色の花)
葉をお茶にしたり、校庭や庭に生えたりする身近な草本ですので、ご存知の方も多いのではないでしょうか。静止画のように半日陰を好みます。

いかがでしたでしょうか?
人家の周りの乾いた原っぱと、苔生してしっとりとした森の中。
2つの異なる場所の雰囲気が植物によって巧みに表現されていました。反対に植物たちの視点に立つと、種ごとにそれぞれ得意な生息環境があり、棲み分けをしていることが分かります。

物語をとおして、それぞれの環境にあった動植物が登場し、同じ環境でも季節によって草丈や緑色の濃さ、花や果実を付けたり・付けなかったりと、制作者の細部まで作りこむこだわりが感じられます。

ついつい登場人物やトトロたちの言動に目が奪われがちですが、画面の片隅に生える草木にも注目してみると映画をより深く楽しむことができるかもしれません。

バス停に現れる生き物は、トトロとネコバスと?

雨の日、サツキとメイはお父さんに傘を届けるためバス停へ迎えに行き、そこでトトロとネコバスに出会います。

バス停に現れる生き物は、トトロとネコバスと?

この場面でトトロとネコバス以外に「ある生き物」が登場するのですが、憶えていますでしょうか?

握り拳くらいの大きさで、茶色くてのしのし歩き、独特の存在感があった…






そう、正解は「カエル」!
生き物に詳しい方は「ヒキガエル」と種名まで当ててしまったかもしれませんね。

ヒキガエルにも種類があり、日本には二ホンヒキガエル・アズマヒキガエルの2亜種が分布しています。
形態的にとても良く似た2亜種なのですが、違いが分かりますでしょうか?

ヒキガエル2亜種はどこが違う?




正解は、目の脇の鼓膜の大きさです。

2亜種の形態的な違いは鼓膜(赤矢印部分)の大きさ

鼓膜の大きさが目と鼓膜の距離よりも小さいと二ホンヒキガエル、大きいとアズマヒキガエルです。二ホンヒキガエルは近畿以西、四国や九州、アズマヒキガエルは近畿以東、中国地方や紀伊半島の一部に分布しています。

ヒキガエル2亜種の分布

映画に登場したヒキガエルに注目してみると、鼓膜は大きく、アズマヒキガエルと思われます。映画の舞台は埼玉県と言われていますので、分布的にもあっていますね。

「亜種」という単語は「他人の空似? ハヤブサとトビの話」の回にも登場しましたね。少し復習してみましょう。

生命の誕生以降、生き物たちは様々な環境や他の生き物とのかかわりを経験して、それぞれの場所に適応して進化してきました。進化の結果、生き物ごとに色や形、生態が変化しました。

生き物と生き物の間の「違いの大きさ」を、ヒトが理解しやすいように整理した結果、違いが大きい順に「界」「門」「綱」「目」「科」「属」「種」という階級が作られました。

例としてヒトと二ホンアマガエルの分類学的な関係を下の図でみてみましょう。

両者とも脊椎動物門までは同じで、綱で両生綱と哺乳綱に分かれました。

ここに二ホンヒキガエルとアズマヒキガエルを加えてみると…

二ホンヒキガエル、アズマヒキガエルは二ホンアマガエルと「目」まで同じですので、分類学的にヒトよりも二ホンアマガエルと近しい関係にあることが分かります。そして基本的には「界門綱目科属種」で分けられますが、その前後にも「亜種」のようにより細かな分類階級が存在します。

実は近年、東京で本来分布しないはずの二ホンヒキガエルに似た形態のヒキガエルが生息していることが報告されています。

さらに最新の研究では、

・東京のヒキガエルの遺伝子を調べた結果、かなりの割合で二ホンヒキガエル由来の遺伝子が検出された
・東京のヒキガエルは、東京以外の関東に分布するアズマヒキガエルよりも幼生(オタマジャクシ)時の生存率が高い

Hase, K., et al. (2013)

ということが分かっています。

これらの結果は、ヒキガエル2亜種は交配可能なこと、もともと東京に生息していたアズマヒキガエルよりも雑種(雑亜種)は生存率が高く個体数が増加する可能性があることを意味しています。

ヒキガエルは地面を歩き、土壌性の動物を捕食します。もしもヒキガエルの個体数が増えてしまったら、その土地の土壌動物は従来よりも減ってしまうかもしれません。

ヒキガエルは移動能力が低いことから、東京の二ホンヒキガエルの存在は人間による持ち運びが原因であると考えられています。この様なケースは、国内で地域間の人為的な移動をさせたものとして、外来種の中でも「国内外来種」と呼ばれます。

同様に、二ホンヒキガエルの石川県、宮城県の分布、アズマヒキガエルの北海道、佐渡、伊豆諸島の分布も国内外来種と考えられています。

私たち人間の視点では、全国各地のヒキガエルを比べてもあまり差は無く、捕まえたカエルやオタマジャクシを別の場所に逃がしても問題ないように思われます。しかし、もともと存在していなかった生き物を野外に放つことは、自然環境へどんな影響を与えるか予測できません。

人為的な生き物の持ち運びの問題は、種・亜種に限りません。
例えばゲンジボタルは、同じ種・亜種であっても地域によって光の点滅するリズムが異なります。点滅は結婚相手を探すためのコミュニケーションツールです。同じ場所で点滅するリズムが異なる個体がいた場合、混乱して交尾に失敗してしまう可能性があります。

夏休みに飼育していたカブトムシ・クワガタムシを「可哀そうだから自然へ逃がしてあげよう」と考える人もいると思います。しかし、それは絶対にやめてください。飼い始めた生き物は責任をもって、死ぬまで世話をするようにしましょう。

聴いてみよう「セミの鳴き声」

8月の下旬、おばあちゃんの畑で野菜を収穫するメイとサツキ。
そこへ病院からの電報が届き、病院へ駆け出すメイ、迷子になったメイを探すサツキ…と物語は一気に進みます。これらは一日の出来事です。

映画では陽の光の色の変化や、生き物など様々な自然現象によって時間の経過が表現されています。その一つがセミの鳴き声です。

畑のシーンではアブラゼミ、ミンミンゼミが鳴いています。
アブラゼミ:ジリジリジリジリ…
ミンミンゼミ:ミーンミンミンミンミー

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電報のことをお父さんへ連絡するためにおばあちゃんの本家へ向かう道中では、上の2種に加えてニイニイゼミの鳴き声も聞こえます。
ニイニイゼミ:チーーニーー

夕方にサツキがメイを探すシーンではアブラゼミ、ミンミンゼミ、ニイニイゼミの鳴き声は聞こえません。代わりにヒグラシだけが鳴いています。
ヒグラシ:カナカナカナカナ…

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ヒグラシは早朝や夕方など「薄暗い時間帯」に鳴く習性があります。
ヒグラシの鳴く条件を詳細に観察した研究によると、

・実験下では、2~10 ルクスという薄暗い環境下で鳴く
・1回の連続して鳴く時間は5~10分間

ということが分かっています。
この研究を行ったのは高校生(研究発表時)の坂井さんです。

坂井さんの家の周りでは、ヒグラシは日の出の薄暗い時間帯に約30分間鳴いていたそうです。薄暗い環境で鳴くことは結果のとおりですが、連続して鳴く時間の長さは一致していません。

坂井さんは、この結果の不一致を林の微小環境の違いによるものだろうと考察しました。
林と言っても、陽の光が良くあたる林縁や、樹が密で光があたりづらい場所など、微細な環境の違いによって光の届き方は異なります。最初に明るい場所のヒグラシが鳴きはじめて5~10分で鳴きやむと、次に明るい場所のヒグラシが鳴き始める。この鳴き声のリレーは、林全体が明るくなる約30分間続けられるのでしょう。

身近な生き物と環境をつぶさに観察・考察した素晴らしい研究ですね。

下の図にそれぞれのセミが鳴く時間帯と各シーンを時系列で並べてみました。すると映画では時間の経過をセミのBGMによって効果的に表現されていることが分かります。

セミが鳴く時間帯(緑色)と各シーンの時間経過

映画ではセミの鳴き声の他にも、秋の虫の鳴き声や野鳥のさえずりなど、様々な生き物の声から季節性や時間帯の変化を感じることができます。

久石譲 氏による素晴らしい映画音楽とともに、自然のBGMにも耳を傾けてみると面白いですよ。

今の暮らしと、トトロの時代の暮らしと、生き物たち

最後にもう一つ、生き物で時間を感じることができる、そして筆者の最も好きなシーンをご紹介します。

ヒグラシが鳴く夕方、丘の上で迷子になったメイを必死に探すサツキ。
サツキの周りに咲く黄色の美しい花は「ユウスゲ」です。

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ユウスゲは夕方に咲き、葉の形がスゲという植物に似ていることからこの名前が付けられました。夜のとばりが下りる薄暗い頃に咲き始め、翌朝、明るくなると花を閉じます。とても幻想的な植物ですね。

現代では物語に出てくるような草原は少なくなり、残念ながらユウスゲは14府県で絶滅危惧種に指定されています。

当時は、米や麦、野菜や家畜(ヤギ、鶏)を育て、薪で湯を沸かしていました。家畜の餌にするために、草原の草を定期的に刈ることで草原環境が維持されていました。薪は山から採集します。定期的に伐採されることで、明るい雑木林が維持されてきました。これらの人間による適度な撹乱は、多くの生き物が棲むことができる「里山環境」を作りました。

生活様式は変化して、草刈りや樹の伐採は日常的に行われなくなりました。不要になった草原や雑木林は開発されて無くなったり、放置されたりしました。草刈りが無くなると、草原には樹が生えはじめ、数十年で林になります。林だった場所は伐採されずに生い茂り、限られた生き物しか棲むことができない暗い林になります。

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現代ではガス給湯器のボタン一つでお湯が沸きます。映画では、サツキがおそらく周囲から集めてきた薪で火を起こしてお湯を沸かしていました。

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朝も竈に火をつけて、井戸から水を汲んでご飯を作ります。

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引っ越しのお手伝いをしてくれたおばあちゃん。プラスチック製の緩衝材や段ボールではなく、新聞紙や茶箱(「狭山茶」は埼玉県のお茶)を再利用しています。

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寂しくなってサツキの学校に来てしまったメイちゃん。先生は、草壁家がお母さんが入院して大変な状況であることを生徒に説明して、教室にメイちゃんの居場所を作ります。現代ではまずありえない状況です。

このように映画では、自分たちで作物を作ったり、身の回りの自然環境を利用する自給自足な生活をおくっていました。朝から晩まで、子供からお年寄りまで家族全員で働いて、時には隣人同士で助け合いながら生きていきます。結果的に、たくさんの生き物たちが棲むことができる環境が維持され、生き物たちと共生することができていました。

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現代の日本では、映画の中のような場所は無くなり、もしくは少なくなりました。ヒトと自然を包括した地球全体の明るい未来を考える上で、持続可能な生活目標(SDGs)の重要性が問われています。もっと気楽に映画を楽しみたいと思いつつも、筆者はユウスゲの咲く草原に立つサツキの場面を見るたびに、日常的な豊かさ(便利さ)と、将来的な豊かさ(生き物)のバランスを考えてしまいます。

おわりに

執筆するにあたり、静岡県立森林公園スタッフの方から植物の同定、生態についてたくさんのコメントをいただきました。この場をお借りして御礼申し上げます。

繰り返しになりますが、この記事を読んだ人が「生き物の視点でもう一度トトロ観てみようかな」と思っていただけたらこんなに嬉しいことはありません。

過去の記事で同じくジブリ映画の「かぐや姫の物語」で生き物観察を行っています。興味のある方はぜひこちらもご覧ください。

最後に、私たちの想像力を掻き立たさせ楽しい時間を提供してくださったスタジオジブリスタッフの皆さまに改めて感謝申し上げます。

参考資料
Davis, D. D. The giant panda : a morphological study of evolutionary mechanisms. (Chicago Natural History Museum, 1964). doi:10.5962/bhl.title.5133.
遠藤秀紀. パンダの死体はよみがえる. (筑摩書房, 2013).
Hase, K., Nikoh, N. & Shimada, M. Population admixture and high larval viability among urban toads. Ecol. Evol. 3, 1677–1691 (2013).
林 弥栄, 門田 裕一 & 平野 隆久. 野に咲く花 増補改定新版. (山と溪谷社, 2013).
門田裕一, 永田芳男 & 畔上能力. 山に咲く花 増補改訂新版. (山と溪谷社, 2013).
奥山 風太郎 & 松橋 利光. 日本のカエル+サンショウウオ類 増補改訂新版. (山と溪谷社, 2015).
坂井 美穂. なぜヒグラシは薄明時の短時間に鳴くのだろうか?. つくば生物ジャーナル 12, (2013).
となりのトトロ - スタジオジブリ|STUDIO GHIBLI. https://www.ghibli.jp/works/totoro/.

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