ウロコの並びはうなぎパイ!?【浜松ミクロ散歩「二ホンウナギ」後編】
はじめに
「浜松のことをもっとよく知りたい!」
好奇心旺盛なスタッフが浜松科学館を飛び出して、浜松各地を訪問。
訪問先で出会った方々とふれあい、こだわりの商品などを科学館にある電子顕微鏡で観察して、ミクロから浜松を探っていく企画です。
今回は、浜名湖体験学習施設ウォットさんで二ホンウナギを取材させていただきました。取材記事はこちらから。
この記事では、ウォットさんから提供いただいたウナギを浜松科学館の電子顕微鏡で観察しながら、ウナギの生態について追っていきたいと思います。
ウナギ養殖発祥の地であり、国内有数の生産量を誇る浜松。ウナギと言われて想像するのは、お重の中でドーンと鎮座する姿かもしれません。
ウナギは何を食べるのでしょうか?
ウロコはある? ない?
呼吸は皮膚呼吸? えら呼吸?
どこで産卵して、どんな一生を送るの?
私たちはウナギのことをあまり知らないのかもしれません。
【エラ】小さな空間を最大限に活用
こちらはウォットさんのエントランスに展示されている二ホンウナギ(以下、ウナギ)の水槽です。一般的な黒色の個体や、数万匹に1匹の確率で生まれるという白色のブチ模様がある通称パンダウナギなど計10匹ほどが飼育されています。
筒の中でおとなしくしていたり、重なり合ったりする姿を観察することができます。目はまん丸で口は微笑んでいるよう。とても可愛らしいですね!
じっくり観察すると、口と胸びれの間に穴があり、パカパカと開いたり閉じたりしていることに気がつきました。
この穴は「えらぶた」。中には「えら」があり、水に溶けている酸素を取り込んだり、体内の二酸化炭素を水中へ排出したりしています。
ウナギは皮膚呼吸をすることで有名です。体が湿っていれば陸上でも数時間の間、生き延びることができます。とは言いっても基本は他の魚と同じえら呼吸。皮膚呼吸は補助的な呼吸法です。
ウナギが属する魚類と、私たちヒトが属する哺乳類とで最も大きな違いの一つは呼吸法です。先述のように魚類はえら呼吸、哺乳類は肺呼吸です。
私たちの肺は、肺胞と呼ばれる凸凹とした小さな袋が集まって形成されています。いびつな形を作ることで表面積を増やし、空気と体内の物質の交換を効率良く行っているのです。
では、魚類のえらはどんな形をしているのでしょうか?
ウナギのサンプルが手元にありますので観察してみましょう。
えらぶたをハサミで切除すると…
フサフサした赤色の物体が現れました。これが「えら」です。
一枚の板ではなく、細かく枝分かれしています。なるほど、これでヒトの肺胞のように表面積を増やしているのですね。
枝分かれしたえらを採取して電子顕微鏡で見てみると…
おお!表面にヒダヒダがある!
枝分かれしたえら。その1本1本に微細な溝を掘り、さらに表面積を増やしていました。
呼吸は生きるために無くてはならない重要な行為。
しかし、移動、生殖、捕食など他にも生きる上で重要な行為はたくさんあります。物理的な大きさに制限がある身体の中で、えらは小さなスペースを最大限に活かしていました。えらから生命の効率性、無駄の無さを実感することができました。
【歯】鋭い歯は肉食の証
肉食か草食か。争いを好むか否か。
動物たちの歯は、私たちにたくさんの情報を語りかけてくれます。
例えば哺乳類では、イヌやネコのような肉食動物の犬歯や奥歯は尖り、肉を噛み切りやすい形に発達しています。また犬歯はオス同士や外敵に対して、武器のために使ったり、牽制(けんせい)のために用いられたりします。
一方、ウシのような草食動物の犬歯は発達せず、奥歯は平らな傾向があり、繊維質な植物をすり潰しやすい形状をしています。
ウォットさんではウナギの餌に水、魚油、魚粉を混ぜた練り餌を与えていました。天然のウナギはエビやカニ、水生昆虫などを食べる肉食性です。先に登場したエントランスのウナギには、見たところ肉食動物のような尖った歯は見当たりませんでした。
ウナギの歯は、どんな形をしているのでしょうか?
ウナギの頭部を煮て肉をほぐし、上下の顎を外しました。
顎に生えているはずの歯を電子顕微鏡で見てみると…
おお!ありました!歯です!
まるで恐竜の化石のような立派な歯が並んでいます。
肉食性の雰囲気が感じられますね。
立派な歯とは言いつつも歯1本の長さは400㎛ほど。髪の毛4本分の太さと同じくらいの小さな歯です。観察する前の顎を指で触ってみると全く痛みは無く、紙やすりのようなざらつきを感じました。獲物を噛みちぎるというよりは、逃げられないように保持する役割があるのかもしれません。
機会があれば野外で天然ウナギが獲物を捕らえるシーンも見てみたいものです。
【ウロコ】体の表面に並ぶ小さなうなぎパイ
「うな重ください」
「はい!うな重一丁!」
注文が入ると板前さんはウナギの頭を目打ちで固定して、背もしくは腹を開き、骨や内臓をとって、蒸したり焼いたり、タレにくぐらせて…
誰もがテレビでこんなシーンを一度は見たことがあると思います。
そう言えばこの一連でウロコを取る場面は出てきませんよね。
ウナギにウロコはあるのでしょうか? 無いのでしょうか?
ウナギの体表を電子顕微鏡で見てみると…
ピザ生地のようなもので覆われています!
これはウナギの体表にある粘着物質。ウナギのヌメヌメの正体です。粘着物質は他の魚類でも広く知られており、抗菌作用や殺菌作用があることが知られています。
これでは目的のウロコを観察することができません。
粘着物質をピンセットでこそいでみましょう。
ウナギの体表を電子顕微鏡で見てみると…(Take 2)
おお!体表が現れました!
ウナギの皮膚の表面は平らです。まるでゴム板のように平滑にみえますね。
肝心のウロコは見当たりません。
ん?ちょっと待ってください。
中央下(赤色円)に何か模様があるように見えます。
赤色円の部分をさらに拡大して見てみると…
あ!楕円形の米粒のようなものが整然と並んでいます。
これがウロコのようです。
ウナギのウロコは表皮に埋もれていたのですね!
魚類のウロコは外敵から防御する意味が大きいと考えられています。しかし普段、ウナギは水底の隙間で身をひそめています。すると物理的に角が立ちやすいウロコは邪魔になるのかもしれません。ウナギやウツボ、アナゴ、ハモを含む細長いウナギ目の魚たちは、ウロコが退化傾向にあります。ウツボのウロコはウナギと同じく皮膚に埋もれ、ハモ、アナゴは完全にウロコが失われています。
表皮に埋没してしまったウナギのウロコ。しかし、ウロコが並んでいる様子ならば表皮越しでも観察することができます。
尾びれ近くの表皮を電子顕微鏡で見てみると…
え?ミステリーサークル?
実はこの模様を描いている一粒一粒がウロコの一枚一枚なのです。魚類の多くはウロコの向きが一定方向なのに対して、ウナギはこんな独特な形に配列しているのですね。
観察していて筆者はあることに気が付きました。
この模様は「うなぎパイ」にそっくりです!
興奮のままに浜松科学館のカフェスペースに出展されていた「うなぎパイカフェ」 のスタッフの方々に画像を見ていただきました。すると「まさに『うなパイ』ですね!」と承認いただきました(うなパイって訳すんですね!)。
このうなぎパイ模様は、ウナギの生体でも確認することができます。水族館で見る機会がありましたら、要チェックです!
【耳石】産卵場所の発見に繋がった小さな骨
ウナギは日本から2000 km離れた外洋で産卵し、孵化した稚魚は海流を漂いながら日本にたどり着きます。そして川を上り、淡水の環境で大きく成長するのです。
とご紹介したものの、ウナギの生態は謎だらけ。産卵場所ですら長年の謎でしたが、2008年に初めて採卵され、場所が特定されました。その産卵場所の発見の鍵となったのが「耳石」です。耳石とは頭部に埋め込まれている平衡感覚を司る骨です。
大発見に繋がった骨。これはぜひ見てみたい!
ということで、耳石の採取にチャレンジです。
歯を観察した際に煮たウナギの頭部。
腹側から頭蓋骨を見てみると、黄色がかった透明な液体が入った部屋がありました。この部屋をピンセットで割り、耳石を探します。
耳石には、扁平石、礫石、星状石の3種類があり、産卵場所発見の鍵になったのは扁平石です。図鑑によると扁平石の大きさはわずか2~3 mm。耳石ハンター初心者にはなかなかハードルが高い作業です。
格闘すること20分、あった!ありました!
扁平石2個と、礫石2個をゲットしました。
星状石は耳石の中で最も小さいせいか、見つけることができませんでした。
耳石(扁平石)を電子顕微鏡で見てみると…
おお!耳石とはよく言ったもので、見た目は完全に「石」ですね!
さらに拡大すると…
階段のような規則的な層があることが分かります。
このように耳石には微細な層があり、1日に1層ずつ追加される性質があります。産卵場所特定の調査では、外洋で採集されたウナギ稚魚の耳石を調べられました。船上で顕微鏡を使ってミクロな層を数える地道な作業です。孵化後何日目かを確かめながら産卵場所の候補地が狭められ、発見に繋がりました。
おわりに
効率的な形のえら、紙やすりのような歯、皮膚に埋もれたウロコ、年輪のような耳石…。電子顕微鏡で観察することで、ウナギの新たな一面を実感することができました。
浜名湖体験学習施設ウォットでは生きたウナギを観察することができます。浜松科学館でもウナギの樹脂標本をデジタルスコープで拡大したり、でんけんラボで今回ご紹介したような電子顕微鏡を使った観察をしたり、様々な体験ができます。
浜松を散歩して、うな重だけでは知ることができない浜松の新しい魅力を体感してみてください♪
◆ 取材協力&試料提供
浜名湖体験学習施設ウォット
◆ 参考資料
『ウナギの科学』塚本勝巳(朝倉書店, 2019).
Tsukamoto, K. et al. Oceanic spawning ecology of freshwater eels in the western North Pacific. Nat. Commun. 2011 21 2, 1–9 (2011).
Leander, N. J., Tzeng, W. N., Yeh, N. T., Shen, K. N. & Han, Y. S. Effects of metamorphosis timing and the larval growth rate on the latitudinal distribution of sympatric freshwater eels, anguilla japonica and A. marmorata, in the western North Pacific. Zool. Stud. 52, 1–15 (2013).