お散歩が楽しくなる!「地衣類ミニガイドブック」を公開
地衣類の世界を探検しよう
突然ですが、下の写真は筆者自宅の駐車場です。
一見すると何の変哲もない風景ですが、よく見ると縁石の表面の一部分(白色矢印)がオレンジ色に変色しているのが分かります。
実は、これはコウロコダイダイゴケという地衣類(ちいるい)の一種。生き物なのです。
※以下に地衣類の拡大写真が出てきます。集合体が苦手な方はご注意ください。
ルーペで観察するとこんな感じ。子器と呼ばれる生殖器官が、どら焼きのようで可愛いですね。日々使っている駐車場の縁石に、こんな面白い生き物が生息していたのです。
地衣類の詳しい説明は記事の後半に記述しますが、筆者にとって地衣には以下のようなイメージがあります。
こんなに魅力的な生き物が身近にいるのに、知らないなんて勿体ない!
そんな想いから、ミニガイドブック「おそとDEみらいーら地衣類編」を制作しました。
ミニガイドブックのデータは下記リンクから無料でダウンロードしていただけます。
A3もしくはA4サイズで印刷して切り折すると1冊の本になります。
「おそとDEみらいーら地衣類編」は「人生で初めて地衣類を観察します」という方を意識して作りました。
そんな方でも大丈夫です。ミニガイドブックでは地衣類1種1種について、①「ここにいます!」という科学館敷地内の具体的な風景写真、②裸眼で地衣類を見た様子、③ルーペで地衣類を拡大した様子、の3枚の写真を掲載しています。
浜松科学館にお越しの際は「ここにシロムカデゴケが生えているはず… あった!あった!」といった感じでミニガイドブックを活用いただけたら嬉しいです。もちろん、他の市街地の公園などでもミニガイドブックを参考にお使いいただけます。
それでは、ミニガイドブックを片手に地衣類観察に出かけましょう!
浜松科学館で見られる7種の地衣類
◆ コウロコダイダイゴケ
ダイダイキノリ科
学名:Squamulea aff. subsoluta
出会える場所:コンクリート
地衣体はうろこ状で黄色。子器は橙黄色でどら焼きのよう。似た種のツブダイダイゴケは、地衣体がうろこ状ではなく、遠目にはより白っぽく見えます。
◆ ツブダイダイゴケ
ダイダイキノリ科
学名:Gyalolechia flavovirescens
出会える場所:コンクリート
地衣体は黄色でうろこ状ではなく、遠目には白っぽく見えます。似た種のコウロコダイダイゴケはうろこ状で、白っぽくないです。子器はどら焼きのようで、コウロコダイダイゴケよりも色が濃いです。
◆ ロウソクゴケ
ロウソクゴケ科
学名:Candelaria asiatica
出会える場所:樹皮、コンクリート
地衣体は鮮やかな黄色。和名はロウソクゴケ類が中世ヨーロッパでロウソクを染めるために用いられたことに由来します。ひだ状の葉状体があり、似た種のコナロウソクゴケモドキ(非掲載)に葉状体はありません。
◆ コフキメダルチイ
ムカデゴケ科
学名:Dirinaria applanata
出会える場所:樹皮、岩
地衣体は灰白色から白色。シロムカデゴケと似ていますが、本種の裂片はより分岐せず、面に強く張り付いて見えます。裂片の表面にしばしば粉状の粉霜があります。
◆ シロムカデゴケ
ムカデゴケ科
学名:Kashiwadia orientalis
出会える場所:樹皮、岩
地衣体は白色から青白色。コフキメダルチイと似ていますが、本種の裂片ははっきりと分岐して、やや波打って見えます。また、裂片の表面に粉状の粉霜はありません。粉芽塊は球状になります。
◆ コナイボゴケ
チャシブゴケ科
学名:Lecanora pulverulenta
出会える場所:樹皮
地衣体は黄色みを帯びた灰白色。子器は黄色みを帯びた褐色から淡い黄色です。コロニーの縁は粒々。似た種のシロフチイボゴケ(非掲載)のコロニーの縁は白色の菌糸で覆われます。
◆ ナミガタウメノキゴケ
ウメノキゴケ科
学名:Parmotrema austrosinense
出会える場所:樹皮
地衣体は灰緑色~灰色。裂片が波打つように凸凹しています。裂片の縁に粉芽を付けます。似た種のウメノキゴケ(非掲載)にはある裂芽が、本種にはありません。
地衣類とは?
これまで見てきた地衣類とは、そもそもどんな生き物なのでしょうか?
「これが地衣類です」と紹介すると、十中八九「地衣類?苔のことですか?」と質問が返ってきます。
生物学的には、地衣類は「菌類」に属するグループです。一方の苔は、蘚苔類(せんたいるい)という植物の仲間。地衣類と苔は全く異なる生き物なのです。
菌類とは、いわゆるキノコや、カビ、酵母などから構成されます。キノコは食材として、カビは食材やお風呂場に生えるちょっと迷惑な存在として、酵母はパンやお酒作りの材料として、それぞれ認知されているかもしれません。では、地衣類はどうでしょう?ぱっとイメージが浮かばない方が多いのではないでしょうか。
地衣類は、菌類の中で「藻類(そうるい)」と共生するグループを指します。
地衣類の前に、簡単に藻類の説明をしましょう。
大雑把な分け方をすると、細胞内に葉緑体をもち、光合成で栄養を作る生き物たち。そこから蘚苔類(苔の仲間)、シダ植物(ゼンマイ・ワラビの仲間)、維管束植物(いわゆる植物の仲間)を除いたものをまとめて「藻類」と呼びます。藻類の代表的な生き物としてワカメやコンブなどが挙げられます。しかし、地衣類と共生するのは緑藻類やシアノバクテリアなど顕微鏡でなければ認識できない小さな藻類たちです。
地衣類の断面は、下の絵のようなイメージです。主に菌類の細胞から構成されており、その一部に藻類の組み込まれている層があります。
地衣類は、藻類が光合成で生産した栄養をもらいます。代わりに地衣類は、藻類に居住地を与え、藻類に害のある乾燥や紫外線から守ります。まさにギブアンドテイク、互いに利益のある「相利共生」の関係性を築いています。
おわりに
今回、7種の地衣類たちをご紹介しました。ここに掲載した種を覚えるだけでも、市街地の地衣類観察に役立つと思います。
「お!コフキメダルチイだ。これは意外とどんな樹種にも付いてるなぁ」
「こっちはナミガタウメノキゴケ…ではなくて裂芽があるから、ウメノキゴケかも」
といった具合で、通学や通勤中に街路樹の地衣類のことが気になり始めることでしょう(筆者はまさにその段階です)。
生き物の名前(種名)を知ることは、とても楽しいことです。
例えば、お散歩ルートで見かける野鳥たち。種名が分からなければ、羽毛をもつ空飛ぶ生き物「鳥」として脳内で一括りにされてしまいます。
一方、種名を知ると、それぞれの野鳥を認識でき、思わずスキップするくらい楽しい気分になります。
地衣類や野鳥に限らず、種名を知ることで生き物たちの多様性に気が付きます。すると、モノクロな世界に色が付くかのように、日々の生活が豊かになるかもしれません。
筆者も「地衣類」の種名を覚え始めて、身近な環境にもたくさんの生き物がいることを再確認しました。「おそとDEみらいーら【地衣類編】」を活用いただいて、地衣類の世界への第一歩を踏み出していただけたらとても嬉しく思います。
謝辞
ミニガイドブックを制作するにあたり、大村嘉人先生(国立科学博物館)に監修していただきました。また、Twitterの地衣類専門ハッシュタグ「#地衣類GO」で地衣類の同定について多くの方々にご教授いただきました。この場をお借りして、お礼申し上げます。
参考資料
柏谷 博之, 大村 嘉人 & 文 光喜. 里山の地衣類ハンドブック . (文一総合出版, 2020).
大村嘉人. 街なかの地衣類ハンドブック. (文一総合出版, 2016).