映える水滴を撮ってみたい! ~植物の撥水性:ロータス効果とペタル効果~
はじめに
今日は自然観察園で「映える(ばえる)」写真を撮りたいと思います。
SNS(Social Networking Service)の普及によって写真を撮ったり見せたりする機会が増えました。たくさんの情報が流れるSNSでは、瞬間的に「すごい!」と感じる、いわゆる「映える」という形容詞が価値観の一つとして定着しています。
さて、自然観察園で映える写真を、と考えてみると一体何を撮ればよいでしょうか?
最近は猛暑が続いていますので、例えば「植物につく水滴」なんて涼し気で良いかもしれません。葉に並ぶ露。個々の水滴は球体で光り輝き、まるでガラス細工のように美しい。
うん、いい気がします。「水滴」、映えそうです!
しかし、一口に「水滴」と言っても、植物によって水滴の形は変わりそうです。あくまで想像ですが、高原のススキに付く朝露は美しい球体のイメージがあります。熱帯雨林では、葉に水滴が付く暇がないくらい雨水がバシャバシャと叩きつけているかもしれません。
筆者は日常生活の中であまり水滴に注目したことがありません。ここはひとつ「映える水滴がつく植物」を探すところから始めてみましょう。
「キレイな水滴がつく植物」を探す
当館の自然観察園・サイエンスパークで、植物20種あまりを対象に水滴の付き方を観察しました。葉へ霧吹きで水を複数回吹きかけて、下記の評価基準をもとに4段階(×、△、〇、◎)で評価してみました。
評価基準
それでは、観察した水滴の様子を見ていきましょう。
×:水滴ができにくい
葉は青々として美しいのですが、水滴はうまくできない、もしくはできたとしても水滴の表面はあまり膨らみませんでした。
△:いびつな水滴
これらは水滴と呼んでも良いのではないでしょうか。「×」よりも明らかに水滴の縁が盛り上がっています。ただ水滴は球形になるものとならないものがあり、サイズのばらつきも大きそうです。
〇:葉によってはキレイな水滴
水滴ができるのはもちろん、「△」よりも球形に近いです。ただ、ヨモギのように水滴は若葉にはできましたが、古い葉にはできませんでした。タイワンハチジョウナとヒメユズリハも、キレイな水滴ができたのは若葉だけでした。
キレイな水滴を作る効果は、時間とともに薄れてしまうのかもしれません。
◎:どの葉でもキレイな水滴
球形の水滴が無数にできました。まるで水饅頭のように立体的で、今にもこぼれ落ちそうです。実際に葉に触れてみると、水滴は葉から落ちてしまいました。撮影する時は葉に触れないように気を付ける必要がありますね。
野外観察によって、シロツメクサやシマスズメノヒエで「映える写真」が撮れそうなことが分かりました。しかし、ここは科学館note。好奇心まるだしな「まるだしくん」の知りたい欲はまだまだ満足していません。
植物の種によっては水滴の形は様々でした。これは水をはじく力、つまり撥水性の程度の違いによるものと考えられます。
撥水性の違いは何が原因で引き起こされているのでしょうか?
葉の凹凸が作るキレイな水滴
おそらく葉の表面構造が関係しているのでは?と予想した筆者は、それぞれの評価レベルから何種かを選び、当館でんけんラボで電子顕微鏡を使って葉の表面構造を観察してみました。
※以降繰り返しの構造の画像が出てきます。集合体恐怖症の方はご注意ください。
まずは「×:水滴ができにくい」と「◎:どの葉でもキレイな水滴」の葉の表面を比べてみましょう。
「×」の表面は平らだったり溝の浅いシワがあったりして、単純な構造でした。それに対して「◎」には規則的な凹凸がありました。
次に「△:いびつな水滴」を見てみましょう。
「△」にも「◎」ほどではないものの、表面に規則的な凹凸がありました。
どうやらキレイな水滴を作るには、葉の表面に凹凸が必要なようです。
続いて「〇:葉によってはキレイな水滴」を見てみましょう。
両種とも若葉、古い葉に凹凸がありました。それに加えて、若葉には、ヨモギには長い毛が、タイワンハチジョウナにはより多くの微細な毛?がありました。これらの古い葉には無い構造が、水滴の形に影響を及ぼしていたのかもしれません。
では「なぜ凹凸があるとキレイな水滴ができるのか?」を、物理的に考えてみましょう。以下の文章では、難解な物理の言語をできるだけ簡潔に説明しています。また他に働く事象を無視していることをご容赦ください。
水滴に働く3つの力
水(水分子:H₂O)は、2つの水素原子(H)、1つの酸素原子(O)で成り立っています。プラスの電荷を持つ水素と、マイナスの電荷を持つ酸素が下のイラストの様にくっついているため、水分子の中でも電荷に偏りが生まれます。
この電荷の偏りによって、水分子同士がくっつきあって、バラバラにならずに水滴が形成されるのです。静電気で髪が下敷きにくっつくのと同じイメージです。静電気も電荷の偏りが原因で引き起こされます。
葉の上の水滴には、上記の分子間の作用によって、主に下記の3つの力が働きます。
水分子にとって、水分子の密度が最も高い水滴の内部は、とても居心地がいい環境です。一方、空気中の水分子の密度は著しく低いため、3つの力の中でも「②水滴と空気中の水分子が引き合う力」はとても弱く、不安定です。
空気と接する水滴の表面は、水分子にとってとても居心地が悪い場所ですので、「ずっと水滴の中にいたい!」と水分子間で水滴内部の場所の取り合いが起こります。
宇宙空間にある国際宇宙ステーションの中などの無重力状態で水滴が球体になるのは、空気との接着面積が極小になった結果なのです。ティーポットに丸い形が多いのも同じ理由で、できるだけ保温性を高めるために空気との接着面積を小さくしているのですね。
水滴が植物の葉の上に落ちると、新たに「③葉の表面と水滴の水分子が引き合う力」が働きます。この力によって、球体だった水滴は葉に吸着されるため形が崩れます。
しかし、シロツメクサ、シマスズメノヒエでは、水滴は球体の形を保とうとしていました。
改めてシロツメクサとシマスズメノヒエの水滴を観察してみましょう。
よく見ると水滴と葉が接する面に白色の層があることに気が付きます。実は、これは空気の層なのです。
葉の表面の凹んだ部分に空気が溜まることで、葉と水滴の接着面がとても小さくなります。その結果、「③葉の表面と水滴の水分子が引き合う力」も小さくなり、水滴の形は水分子が最も居心地が良い球体に近づいたのです。
多くの植物で葉の表面でワックスを生産し、コーティングすることが知られています。ワックスには水をはじく性質があるので、よっていずれの植物でも大なり小なり撥水効果が期待されます。「◎」には、さらに凹凸の立体構造があることで、より強い撥水性を発揮することができるのです。
撥水性の高い葉の水滴を見ると、ちょっとした無重力感を感じられるかもしれませんね。
水滴が落ちる現象:ロータス効果
葉を少しだけ傾けただけで球体の水滴が流れる現象を「ロータス効果」と呼びます。
ロータス(lotus)とは、ハスの英名です。ハスの葉は撥水性が非常に高く、撥水性の代名詞になっています。寺の池や、レンコンを栽培するハス畑で、葉の上の美しい水滴を見たことがある方もいるかもしれませんね。
ご推察のとおり、ハスの葉の表面にも凹凸の立体構造があることが知られています。
ロータス効果には、撥水性だけでなく、「少し傾けると流れる」という葉から水を除去する性質も含まれています。ハスの葉では、水平面に対して、たった10度傾けるだけで水滴が流れることが知られています。
葉の表面の凹凸はもちろんのこと、もともと水をはじく効果のあるワックスでコーティングしていることも相まって、見事な「ロータス効果」が体現されます。自然観察園で採集したシマスズメノヒエを含むイネ科植物についても、ハスと同じく「ロータス効果」があると考えられています。
どんな植物が撥水するの?
世界中から集めた約200種の植物について、撥水性の強さとその植物の生態の関係性をまとめた論文では、以下のような記述がありました。
論文の内容は、自然観察園の植物にも当てはまりました。
草であるシロツメクサ、シマスズメノヒエでは強い撥水性が観察されました。一方、樹木は全体的に撥水性が弱く、ヒメユズリハも時間とともに強い撥水性は衰えるようです。
そもそも、高い撥水性は植物へどのようなメリットをもたらすのでしょうか?
高い撥水性の主な役割の一つとして、病気の予防があると考えられています。
雨が降った時、葉には空から直接届く雨水だけでなく、地面から跳ねた水滴も降りかかる可能性があります。そして、地面から跳ねた水滴には、土壌粒子の他に様々な病原菌やそれらの胞子が含まれています。
葉についた水分をそのままにしておくと、接着した病原菌によって病気になる可能性があります。そこで植物は葉の撥水性を高め、ロータス効果によって水滴とともに病原菌を葉から流して、病気の予防しようとしていると考えられています。
一方で、葉で大量のワックスを作ったり、凹凸の立体構造を作ったりと撥水性を高めるにはそれなりの労力が必要です。そのため、地面から葉までの距離が比較的大きく、跳ね返りの水によるリスクが低い樹木や背の高い草の仲間は、強い撥水性を持たない、もしくは恒常的に維持しないと考えられます。
論文では、ハスが生える沼に生息する植物でも高い撥水性があることを指摘しています。沼の泥水も土壌と同じく病原菌を含んでいるのでしょう。
葉のキレイな水滴は、植物の自己防衛の表れだったのですね。
日常生活の中のロータス効果
植物のロータス効果は、私たちの日常生活の中で科学技術的な側面で役立てられています。
例えば、ヨーグルトの蓋。
筆者が子供の頃は、ヨーグルトを食べる時によく蓋の裏についたヨーグルトを舐めていました。しかし、最近はヨーグルトが蓋につかなくなりましたね(少し寂しいです)。
今のヨーグルトの蓋の裏を電子顕微鏡で観察してみましょう。
すると、おそらく人工的に作られたであろう凹凸の立体構造がありました。これによってロータス効果が再現され、ヨーグルトを蓋の裏から流し落としていたのです。
この凹凸は虫メガネでも存在を確認できますので、ヨーグルトを食べる時にぜひ観察してみてください。
この他にも撥水性を高めるスプレーも販売されています。細かな粒子を濡らしたくないものに吹き付けることで、撥水性を高めることができます。
この様な生き物の性質を模倣する科学技術を「バイオミメティクス」と呼びます。人間よりもはるか昔から試行錯誤を続けて進化してきた生き物たち。私たちは知らず知らずのうちに彼らから恩恵を受けていたのですね。
花びらにつく水滴:ペタル効果
さて、ここまで主に植物の葉に注目してきました。しかし野外観察の中で草の葉の他にもキレイな水滴をつける部分があることに気が付きました。
それは「花びら」です。
葉の撥水性は「△」だったランタナの花の水滴を見てみましょう。
これは文句なしに「◎」でしょう。無数の球形な水滴が花びらについています。どうやら、ランタナの花びらの表面構造にも何か特徴がありそうです。
さっそく電子顕微鏡で見てみると…
壮観ですね!
立体的な凹凸の立体構造がびっしりと並んでいました。
花びらなどに、球体のような水滴がつく現象を「ペタル効果」と呼びます。ペタル(petal)とは英語で花びらのことを意味します。ロータス効果は「球体のような水滴が流れやすい」のに対して、ペタル効果は「球体のような水滴が張り付く」という性質上の違いがあります。
ロータス効果では凹凸の凹みの部分に空気が溜まるのに対して、ペタル効果では凹みに水が染みこみます。これは、花びらの突起が葉よりも太く、表面にシワがあるなどの形状の違いによって引き起こされます。
外部からもたらされた水滴の一部分が花びらに染みこむと、水滴と花びらの接着面積は増加します。それに伴って「花びらの表面と水滴の水分子が引き合う力」も増加するため、水滴は花びらから落ちにくくなります。
水滴を維持することは、花びらへどのようなメリットをもたらすのでしょうか?
植物にとって花は子孫を残す大切な生殖器官です。特に昆虫に花粉を運んでもらう虫媒花にとって、花の存在を昆虫たちに気付いてもらえないことは死活問題です。
花の表面の凹凸は、花の存在を昆虫たちにアピールするための手段であると考えられています。
外部から入射した光は、花びら表面の凹凸間で反射して、花の内部へ取り込まれます。凹凸を複数回反射した光によって花の発色性がより高まります。
花の表面の水滴の保持は、それ自体を目的としているわけではなく、上記の視覚的な目的に対する副次的な効果だったようです。
おわりに
当初の目的であった「映える写真」を撮ることから、ロータス効果やペタル効果など、話が飛躍してしまいましたね。
とは言いつつも、ちゃんとそれらしい写真も撮ってみましたのでご覧ください。
いかがでしょうか?映えていますか?
上のシロツメクサの写真はこの記事のバナー画像でも使用しています。バナー画像に惹かれて、ここまでお読みいただいた方もいらっしゃるかもしれません。お付き合いいただき、本当に有難うございました。
改めて水滴の写真を見てみると、もしかしたら最初とは違った感想を持つかもしれません。
「この葉はすごくデコボコしているんだろうなぁ」
「水滴が今にも零れ落ちそう」
「葉と水滴の間で、空気の層が輝いてる!」
新たな気づきは、日々の生活に彩りを与えてくれる気がします。
「映える」から一歩踏み込んだ「観察」も楽しんでもらえたら嬉しいです。
参考資料
相賀 彩織 & 伊藤 純一. 葉の表面構造と撥水性の発現機構 ―イネの葉における微細構造とロータス効果― . 植物科学の最前線 6, 102–111 (2015).
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