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冬に全滅してしまうけれど、毎年日本へやってくる開拓者:ウスバキトンボの話

近頃すっかり肌寒くなってきましたね。
空も高く、秋真っ盛りといったところです。
自然観察園の様子も季節とともに変わってきました。

落葉樹の葉の色は濃い緑色から赤色や黄色がかり、紅葉の兆しがあります。
サクラは、いち早く落葉がはじまっています。

昆虫に注目してみると、9月まで自然観察園の周りやサイエンスパークでたくさん飛んでいたオレンジ色のトンボは姿を消してしまいました。
このトンボこそ今回の主役、「ウスバキトンボ」です。

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ウスバキトンボは、市街地でも見られるとても身近なトンボです。
浜松では6月頃に現れ始め、公園の噴水や学校のプールで繁殖して個体数を増やし、9月にはとても大きな群れになります。

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しかし、現在は一匹も飛んでいません。
ウスバキトンボたちは何処へ行ってしまったのでしょうか?

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ウスバキトンボは、温帯、亜熱帯、熱帯など暖かい地域を中心に分布しています。
アジア、中央・南アメリカ、オセアニア、アフリカなど、世界で最も生息域が広いトンボです。
下の世界地図上のオレンジ色部分に分布しています。

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ウスバキトンボが地球規模で繁栄している理由の一つとして、移動性が非常に高いことがあげられます。
インドから東アフリカまで、往復14,000–18,000 kmの距離(日本の6倍の長さ!)を複数世代で行き来し、1世代で6000㎞を飛ぶこともあると考えられています。
また、ウスバキトンボのDNAを解析した研究では、ウスバキトンボの東アメリカ、インド、日本などの個体群は、各地域で遺伝的な固有性がなく、地域間で一定頻度の行き来があると推測されています。
※DNAについてイメージしづらいかもしれませんね。またの機会に詳しくご紹介したいです (;^_^A

日本で見られるウスバキトンボは、その年に海外から飛んできた個体、もしくはその子孫です。
日本に到着したウスバキトンボはたくさんの卵を産み、増殖します。
ウスバキトンボの推定される最大産卵数は29,000個!
体のサイズが同じくらいのシオカラトンボ属一種の約3000個、アカネ属タイリクアカネの約1000個と比較すると、まさに桁違いに多いです。
試しにウスバキトンボの29,000個の卵を模して、下に並べてみました。壮観ですね!

ウスバキトンボ卵

ウスバキトンボの子孫は、増殖しながら日本を北上し、9月には北海道に到達します。

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この様に、ウスバキトンボは非常に高い移動能力と繁殖能力を持っています。

高い移動能力は長距離な分散を可能にします。
様々な場所に生息地が増えることで、絶滅のリスクが低くなると考えられます。
例えば地点Aの環境が悪化して棲めなくなったとしても、別の場所の地点B、地点Cなどが存在すれば生き延びることが出来るからです。

DNAを増やすことが生き物の使命とするならば、一見するとウスバキトンボは世界で最も成功したトンボに思えます。
しかし、どんな生き物にも得手不得手があるように、ウスバキトンボにも致命的な弱点があるのです。

ウスバキトンボの弱点、それは「寒さ」です。

最近の研究では、ウスバキトンボの卵は水温15℃以下だと90日かけても孵化できないことが分かっています。
四季があり、寒い冬がある日本では、ウスバキトンボは年を越すことが出来ず、死んでしまうのです。
暖かい時期に自然観察園の周りやサイエンスパークでたくさん飛んでいたウスバキトンボたちは全て死滅してしまったと思われます。

学校の水泳の授業が終わると、プールの水は消防用に貯水されます。
ウスバキトンボにとって、プールは幼虫であるヤゴが育つ貴重な生息環境。
しかし、ヤゴの個体数は10月頃をピークに減りはじめ、冬を越すことなく全て死んでしまいます。

今年のウスバキトンボたちが全滅してしまっても、来年の春にはまた新しい個体が海外から日本へ渡り、私たちに元気な姿を見せてくれます。
※南西諸島を含む日本の南部では越冬しているのではという考えもあります。

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私はウスバキトンボの過去数千回は繰り返されたであろう命を懸けた大移動に、生命のエネルギーを感じます。
仮に将来的に気候が変化したならば、もしくはウスバキトンボの低温耐性のある個体が生まれたら、彼らは日本に定着することが出来るかもしれません。

新しい場所や分野で活動することは、華々しく成功することがある一方で、ほとんどの場合は失敗したり損害を受けたりして終わります。
つまり、新地開拓には高いリスクがあり、成功するためにはたくさんのチャレンジが必要なのです。

今回は毎年挑戦と失敗を繰り返す開拓者、「ウスバキトンボ」をご紹介しました。

また来年の9月、科学館の周りを飛ぶオレンジ色のトンボを探してみてください。

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