落ち葉で陣取り合戦:ツバキの葉を分解する菌類たち
はじめに
「キノコ」と聞いて何を思い浮かべますか?
炊き込みご飯、マイタケの天ぷら、マッシュルームのアヒージョ、マツタケの土瓶蒸し…キノコは私たちの生活の中で「食品」として馴染み深い存在です。なんだかお腹が空いてきましたね(笑)
残念ながら小学校の理科では登場しないキノコ。中学校でキノコを含めた菌類たちを「分解者」として学びます。彼らは自然界で落ち葉や倒木、動物の死体などを分解する重要な役割を果たしています。
食べると美味しかったり、森の掃除屋さんとしての役割を持つ菌類たち。なんだか優しくて穏やかな印象がありますね。
しかし、自然界の菌類たちは必死に食べ物を手に入れて時には奪い合う強かな側面があります。
今回はそんな菌類の意外な一面をご紹介します。
ツバキの落ち葉を見てみよう
公園や街路樹に植えられているツバキ。日本には主に東北以西に分布するヤブツバキと、東北・北陸の日本海側に分布するユキツバキの2種が生息しています。さらに2種から品種改良した園芸種が植えられたりしています。
今年の冬に伊豆を訪れた時のこと、休憩のためにパーキングへ車を停めると、駐車スペースの脇に植えられたヤブツバキを発見しました。
ついつい鮮やかな花に目を奪われがちですが、今回は葉に注目してみました。色は濃い緑色で光沢があります。指で摘まんでみると、固くしっかりした造りです。
足元に目を向けてみると、何枚かの葉が落ちていました。
青々としていた葉は、茶色に変色しています。葉が生きている間は光合成を行う「葉緑体」が存在しているため緑色に見えます。葉が死んで葉緑体が失われると、植物の身体を形成する「リグニン(炭水化物の一種)」と呼ばれる物質の色が強調されて茶色に見えるのです。
落ち葉を拾いあげて、よく観察してみると…
白色でパッチ状の模様が見られました。
この水玉模様を描いたのは誰の仕業でしょうか?
観察の続きをするためにヤブツバキの落ち葉を数枚を拾って、科学館へ持ち帰ることにしました。
菌類が食事をした痕跡
持ち帰った落ち葉を科学館の顕微鏡で覗いてみると、黒色の粒々が観察されました。これこそが今回の主役の「キノコ」です。
Matsukura et al. (2017)によると、このキノコは「腐生菌」と呼ばれる落ち葉を分解する菌類のようです。
明確な定義がないものの、キノコとは菌類が有性生殖を経て胞子を生産・分散するための生殖器官を指すことが多いようです。菌類では「胞子」、植物では「花粉・雌しべ」のように生物学的な意味は異なりますが、キノコは植物にとっての花のような存在と言うことができます。私たちは日常的に菌類の花の部分を食べていたのですね。
キノコが「有性生殖を経た生殖器官」ということで、菌類には無性生殖を経た生殖器官もあります。多くの場合、無性生殖の場合はキノコよりも小規模な器官で胞子を生産・分散します。ミカンやパンに生えるアオカビ(Penicillium属菌)は触れると青緑色の粉が付きます。これは無性生殖によって作られた胞子(分生子)で、顕微鏡で見ると小規模ながらキノコのような生殖器官を観察することができます。
さて、倒木や落ち葉など植物の遺骸を分解する腐生菌たちは、植物の身体を構成する糖類の一種であるセルロースやヘミセルロースを主な餌にしています。文頭で「分解者」と優しい人のようにご紹介しましたが、菌類たちにとってセルロースやヘミセルロースを消化することは、栄養を得ることです。つまり、植物の遺骸を分解しなければ生きていけなかったり、子孫を残すことができないのです。
それならば「森の林床には落ち葉がたくさん落ちていて、食べ物に困らないね」と思われがちですが、話はそんなに簡単にはいきません。確かに植物の遺体にはセルロースやヘミセルロースが含まれていますが、これらのごちそうは「リグニン」に埋もれているのです。深澤(2017)で紹介されているように、植物の身体はよくビルのような建築物に例えられます。鉄筋部分がセルロースやヘミセルロース、その周囲のコンクリート部分がリグニンです。
つまり菌類たちが植物の遺体を食べるためには、このリグニンを分解したり変形させたりしてセルロースやヘミセルロースにアクセスしなければなりません。
もうお分かりと思います。ツバキの葉のパッチ状の模様は、腐生菌がリグニンを分解してセルロースやヘミセルロースを食べた(もしくは食べている)跡だったのです。
落ち葉の上の陣取り合戦
中華街での食べ歩き、楽しいですよね。
筆者が大きな肉まんを頬張ろうとすると、家族が物欲しげにこちらを見ています。「味見する?」と差し出すと「ありがとう、でもまだいらない。具が出てきたら一口ちょうだい」と言われてしまいました。どうやら美味しいところをガブリと味わう作戦のようです。
ツバキの落ち葉の上でも同じ現象が起こりえます。自身が頑張ってリグニンを分解したところで、露出したセルロース、ヘミセルロースを他の菌類に横取りされてしまうかもしれません。
そこで腐生菌たちは、自身が開拓した陣地を他の菌類から守ろうとします。落ち葉の上で他の菌類種と出会うと、黒色のメラニン状の壁を築きます。そして不可侵条約を締結するかのようにそれぞれの陣地を明確にする国境を築くのです。
このような菌類間のやりとりは落ち葉の上だけでなく、倒木のような他の植物遺体でも起こっています。
自然観察園で倒木の中のアリを探していた時のこと、倒木の断面に不思議な模様が現れました。黒色の線が張り巡らされていたのです。この黒色の線も菌類間の国境線です。互いに自身の陣地のリグニンを分解して木材に含まれるセルロース、ヘミセルロースを食べていた、もしくは食べ終わった状態だったのです。
その倒木は見かけよりも軽くまるで麩菓子のようで、手で簡単に折ったり、粉々にすることができました。おそらく木材の構成物質はほとんど分解された後だったのでしょう。
落ち葉の上の種多様性
腐生菌たちが食事をしたのちに、胞子を生産・放出するための子実体(いわゆるキノコ)が作られます。私たちがシメジ、シイタケ、マツタケなどを見た目で識別するように、子実体の形態は菌類の種同定を行う上で重要なヒントになります。
改めて伊豆産のツバキの落ち葉を観察してみると、黒色の子実体に2パターンの形があることに気が付きました。例えるならば、星型とコーヒー豆型です。Matsukura et al. (2017)によると、星型はCoccomyces属の一種、コーヒー豆型はLophodermium jiangnanenseという種のようです。そして、2種のコロニー間には黒色の国境線がはっきりと築かれていました。
先ほどから参考にしているMatsukura et al. (2017)は、国内のツバキの落ち葉を餌とする腐生菌3種(今回観察できていない種がもう1種います)の地理的分布を詳細に調べました。その結果、Coccomyces属の一種は全国的に分布し、Lophodermium jiangnanenseは太平洋側では千葉県、日本海側では石川県を北限として主に西日本に分布することを明らかにしています。筆者が訪れた伊豆で2種が見つかったことは、先行研究と同じ結果ですね。
科学館の自然観察園にもヤブツバキ(以下、ツバキ)が植えられており、毎年冬の時期に美しい花を咲かせます。果たして科学館の敷地内には、ツバキを宿主とする腐生菌は生息しているのでしょうか?
どれどれ…と自然観察園内で探してみましたが、腐生菌が生えているような落ち葉は見つかりませんでした。どの落ち葉も黄色で落葉してから間もない感じです。樹を眺めてみると、この春に新しい葉が開いた替わりに、一部の古い葉が黄色く変色して落とされたようです。
ボランティアさんたちと「プチ研究」
それならばと自然観察園を整備しているボランティアさんたちと「プチ研究」を計画してみました。科学館通信Compass 17号の表紙を飾った写真はその時の様子です。何やらみんなでメッシュの袋を覗き込んで怪しいことを企んでいそうです。
先行研究によると、Coccomyces属の一種は葉が落ちてからではなく、樹上にあるうちから生葉に定着し、それが落ち葉になると一気に菌糸が成長するとのことでした。なるほど、地面にいる他の菌類よりも早く落ち葉の栄養を手に入れる作戦なのですね。
それではCoccomyces属の一種にとって、どんな生葉がお好みなのでしょうか?傍から観察すると、青々とした若い生葉よりも、古く黄色く変色しつつあるお年寄りな生葉の方が簡単に感染できそうです。
そこで下記3種類のセットを用意して経過観察を行うことにしました。
①と②は樹から採集、③は地面から拾い集めました。葉の表面をアルコールを湿らせたティッシュで拭いた後にそれぞれ別のメッシュの袋にまとめ、室内で経過観察を行うことにしました。袋をぞれぞれ別のプラスチック容器に入れ、乾かないように定期的に霧吹きで水を与えます。
果たしてどの袋でどんな腐生菌が発生するのでしょうか?
結果が楽しみです。
おわりに
新緑の季節。
今日も自然観察園で1枚のツバキの葉が静かに落ちます。
もしかしたらその葉の表面には既に腐生菌の胞子が付いていて、葉が樹から落ちたことを何かをきっかけに察知して、菌糸をのばし、頑強な植物の細胞壁を形作るリグニンを分解し始めているかもしれません。そして、むき出しになったセルロースやヘミセルロースを分解・吸収することでしょう。もろくなった落ち葉は他の菌類やバクテリア、節足動物たちによってさらに細かく分解され、再び植物たちの栄養分として根から吸収されていきます。
道端に落ちているたった1枚の葉からも、生き物たちの営みや繋がりを感じることができます。
生き物たちの繋がりは、しばしば食物連鎖や食物網という言葉で表現されます。今回の腐生菌の観察をとおして、それらの関係性は忖度で成り立っているわけではなく、常に生物種間の競争や必死さの連続から紡がれていることに気づかされました。
そして、生き物たちの関係性は長い歴史の中で築き上げられてきました。
文中で紹介した倒木を分解する腐生菌類は、特に白色腐朽菌と呼ばれます(分類学的な関係でツバキの葉を分解する腐生菌たちはここには含まれません)。
31種の白色腐朽菌を対象に、彼らが木材を分解する能力をどのように得たのかを調べた研究によって、リグニンを分解するための酵素の一種「ペルオキシターゼ」を生産することが重要な出来事であったことが明らかになりました。そしてペルオキシターゼの獲得は古生代石炭紀末期頃の出来事である推定されました。
石炭紀と言えば、大量の植物遺骸が石炭となって掘り出される地層の時代です。上記の研究結果は、白色腐朽菌の植物遺骸の分解によって、それより後の時代の石炭が少なくなった(≒ 石炭紀を終わらせた)こと示唆しています。
道端でツバキが植えられていたら、そっと根元の落ち葉を眺めてみてください。そして、その瞬間だけで大丈夫です。菌類たちが自然界で分解者としてふるまう意味に想いを巡らせてみてください。
参考資料
Floudas, D. et al. The paleozoic origin of enzymatic lignin decomposition reconstructed from 31 fungal genomes. Science (80-. ). 336, 1715–1719 (2012).
Hirose, D., Matsuoka, S. & Osono, T. Assessment of the fungal diversity and succession of ligninolytic endophytes in Camellia japonica leaves using clone library analysis. http://dx.doi.org/10.3852/12-385 105, 837–843 (2017).
深澤遊. キノコとカビの生態学 : 枯れ木の中は戦国時代. 共立出版 (2017).
Matsukura, K., Hirose, D., Kagami, M., Osono, T. & Yamaoka, Y. Geographical distributions of rhytismataceous fungi on Camellia japonica leaf litter in Japan. Fungal Ecol. 26, 37–44 (2017).