大切に丁寧に作られて・使いたくて【浜松ミクロ散歩「遠州織物」前編】
「浜松のことをもっとよく知りたい!」
好奇心旺盛なスタッフが浜松科学館を飛び出して、浜松各地を訪問。
訪問先で出会った方々とふれあい、こだわりの商品などを科学館にある電子顕微鏡で観察して、ミクロから浜松を探っていく企画です。
今回のテーマは「遠州織物」。
浜松の産業の歴史を語る上で欠かせない遠州織物。
かつて、繊維産業は浜松市を含む遠州地方の一大産業として賑わい、浜松市内の各地には巨大な紡績工場が稼働していました。
現代では、遠州織物は伝統産業へと姿を変え、その高い品質や技術は世界にも認められています。遠州織物は、糸から生地ができるまでの工程「撚糸」「糸染め」「整経」「糊付」「経通し(へとおし)」「織布」「染色」「整理加工」などを分業制で行っているのがひとつの特徴なのだそうですよ。
取材にご協力いただいたのは、遠州織物生産の一連の工程の中で「織布」を担当する織物メーカーの古橋織布有限会社。
1928年(昭和3年)に創業した古橋織布。昔ながらの旧式のシャトル織機を使って丹精に織り上げたテキスタイルは、国内外の一流アパレルブランドでも使用されており、オーダーに応える高い技術力が評価されています。
代表取締役の古橋さんにお話を伺ってまいりました。
遠州織物とは。高い技術力が生み出す多彩な織物たち
小粥
遠州織物とはどういうものですか。
古橋さん
簡単にいうと遠州産地で作られた織物全般を指します。
細かな定義がなくて、多様性があるのが魅力です。
小粥
多様性というとどんなものがありますか。
古橋さん
織物は、「細幅」「小幅」「広幅」という生地幅の違いで種類が分かれています。
「細幅」は、バックの持ち手などのいわゆるテープのような細い織物です。
耐久性にすぐれた産業資材のシートベルトなどにも用いられています。
「小幅」は、浴衣や着物、手ぬぐいの生地として使われます。昔から和装に使用されていたものですね。
最後の「広幅」は、シャツやジャケットなどの主にアパレル向けの生地になります。
小粥
なるほど。織物の幅によって用途が決まっているんですね。
古橋さん
そうなんです。現代の織物業界としては広幅が主流ですね。アパレル向けの生地が一番割合の大きい産業になっています。
例外もあって、広幅でも産業資材になるものもありますけどね。新幹線のヘッドレストとかカーテンなどですね。
古橋さん
織り方によっても種類があります。「からみ織り」と言ってネットみたいな感じに織ることもできます。からみ織りは、絶対にほどけないんですよ。元々、漁をするときの網として使われていたんですけど、今はカーテンや別の用途で使用されています。
他には、ベルベットのような光沢を持つ「別珍」や、コーデュロイのようでいてそれよりもふっくらと肉厚で柔らかい「コール天」と呼ばれるものもあったりします。もともと、海外由来の織物も、日本独自の優れた技術力によって、より高度で上質なものづくりができるようになっています。
小粥
思っていたより多軸でいろんな種類の織物があるんですね。
古橋さん
ものすごく多品種あります。うちは広幅織物のメーカーで、アパレル向けの製品がメインですね。
そして実は、うちは平織りと言われる一番シンプルな織り方に特化している会社です。
先ほどご紹介したような複雑な織り方の織物はやっていないんです。
小粥
平織りってどういう織り方なんですか。
あと、基礎的な質問で恐縮ですが、そもそも織物や編み物がありますが、このふたつは何が違うんでしょうか。
古橋さん
織物には、タテ糸とヨコ糸があります。タテ糸とヨコ糸を組み合わせて布ができる。
編み物は、タテ糸とヨコ糸がなくて網目をほどいていくと糸一本が繋がっているんですね。
平織りはタテ糸とヨコ糸だけの組み合わせで、一本一本が交差しているという織り方です。
古橋さん
デニムや作業服などのワークウェアは綾織と言って、カタカナのノの字に糸の目が見えるんです。綾織で織ると伸縮性ができるんですよ。
平織りの特徴は、密度を高く織れば織るほど生地が丈夫になるところ。耐久性に優れているのでシャツなどの日常的によく着られるものに使われます。
小粥
平織りは最もスタンダードな織り方で耐久性に優れているんですね。
古橋さん
織り方の他にも、どういう機械を使うか、どんな風に織るのかによっても出来上がるものは変わってきます。同じ平織りでも使用する機械が違ったり、どんな糸を使用するのか、糸の密度の高低によっていろんな種類の織物が出来上がります。
古橋織布の強みのひとつは、シャトル織機という織機を使用していることです。
シャトルという部品を往復させてヨコ糸を渡していきます。このシャトルが右左、左右に行ったり来たりの往復運動をするのでシャトルバスの語源にもなっています。
古橋さん
このシャトル織機は4、50年前に製造されてもう生産されていない機械です。
シャトル織機で織った生地はふっくらとした手触りが特徴なんですよ。
古橋さん
ふっくらポイントのひとつめは、糸にかかる負荷の低さ。
ヨコ糸が、管に巻かれてシャトルの中にセットされます。
この管はミシンのボビンみたいなもので、糸に変なテンションがかからず、自然にスルスルと糸を引き出すことができるんですよ。
引っ張る力の負荷がかからないので糸の断面が丸いまま織り込まれるんです。
古橋さん
ふっくらポイントのふたつめは、タテ糸を上下に大きく引っ張る織り方。
シャトルというこれだけ大きな部品がタテ糸の間を交互に走るので、そのスペースを確保するためにタテ糸を大きく上下に引っ張ります。
これを「開口」というのですが、開口が大きいと布になった時にタテ糸の波打ちの高さが大きくなるのでふっくら仕上がるんです。
古橋さん
シャトルを使わないシャトルレス織機というのがあるんですが、それは糸が右から左に一方通行で通っていきます。
水や空気の噴射の力でヨコ糸を飛ばすんですが、かなりのスピードと引っ張る力で糸が楕円形に潰れてしまうんですね。
なので、織り上がった生地はシャトル織機で織ったものほど厚みがないと言われています。
といっても、意識しないと違いはわからないかもしれませんが。
小粥
洋服などの肌に触れるものに関しては特に、わずかな違いでも触り心地の良さは大事ですよね。
古橋さん
シャトルレス織機がヨコ糸を渡すときはピストルのようなイメージで、ちょっとした隙間でもピュッと飛ばすことができます。
開口が小さく済み、糸渡し自体も速いので、かなりの高速生産が可能なんです。
シャトルは大きいので隙間を大きく開けなくてはいけないのでそれだけ時間がかかるんですね。ですが、織る速度が高速であればあるほど糸が引っ張られるので織り込められる密度も限られてくるんです。
低速でもタテ糸の開口を大きくむりやりバシッと織り込む方が糸が奥に入るんです。
小粥
糸が奥に入る?
古橋さん
開口の隙間が小さいと、ヨコ糸の入るスペースがないので密度の高い織物が織りにくいんです。
小粥
ふむふむ。開口の隙間が小さいとヨコ糸同士の間を詰めて配置できないってイメージですかね。
古橋さん
織った後に整理加工という工程がありまして、加工場さんに搬入して洗って仕上げをするんですけど、その工場もどこの工場を使うかによってまた織物の顔が変わってきます。
うちの場合はシャトル織機で織ったふっくら感をできるだけ残したいので、現代の科学技術にはあまり頼りすぎず、昔ながらの機械を使っています。
一反一反を丁寧に洗って、きゅっと縮こまったものに熱を与えることで生地の表面と幅を整えて、反物に巻き取っていきます。
小粥
最後の工程もできるだけ元の素材の良さや織りの風合いを大事にしているんですね。
古橋さん
大量生産品の良さは高速にかつ大量に生産できることですよね。
現代は加工技術が発達しているので、一つの生地でも加工の仕方で表情が何万通りもあります。
いろんな加工で顔を変えられるので、ひとつの生地でも汎用性があるんですよ。
うちの織物はそういった加工にあまり頼らないというところがこだわりです。
織物の組織だけで勝負しています。
大量生産品と比べて、手間暇と効率は劣るんですが、そういったこだわりがあります。
小粥
加工に頼らなくてもいいのは、織りの技術力があってこそですね。
古橋さん
どんな糸を使用するかによっても表情を変えることができますよ。
これは「ローン生地」と呼ばれるもので、髪の毛ぐらい細い100番という単位の糸で織られています。
こっちは同じ100番でもう少し目が詰まっているものですね。
小粥
(触り比べてみて)うん、違いますね。
目が詰まっているものの方が丈夫だ。
古橋さん
そして、こちらは同じ番手なんですが、ヨコ糸だけ撚りが違うんです。強撚糸って言うんですけど撚りの強い糸をヨコ糸に結ってます。
撚りが自然に戻ろうとする力を利用してプリーツ(布地のひだ)を出しています。
楊柳(ようりゅう)という生地なんですけど、昔はステテコや肌着に使われていたそうです。
凹凸があるので肌にピッタリくっつかない夏も涼しい快適素材ですね。
これも加工技術には頼らずに糸の撚糸回数だけでこのプリーツが可能になってます。
小粥
おしゃれですね。
古橋さん
糸自身に柄が入ってるものもありますよ。ヨコ糸に黒い糸と白い糸を混ぜるんです。
小粥
なるほど。ヨコ糸に濃い薄いがある!
あまりじっくり生地を見ることないですもんね。
古橋さん
顕微鏡で見れば糸一本一本がわかるかもしれませんが、このストライプの生地はこの黒とベージュが一本ずつ並んでいるんですよ。
次はグレーとベージュの層があって。ヨコ糸はベージュです。
小粥
折り目の交差点がいっぱい見えますね。
チェックみたいに見えるけどよく見るとそうじゃない。
古橋さん
こちらは「コードレーン」と言いまして、横に触ってもらうとポコポコってしてるんですよ。
これはタテ糸に太いコードって言われる番手の太い糸と細い糸を規則的に配列しているので表面に凹凸ができるんですね。
古橋さん
加えてあえてタテ糸に隙間を作っていて透け感を作ってるんです。
小粥
日が射すとすごいわかりやすいですね。糸や設計のバリエーションでこんなに変わるんだ。
そこに掛かっているバンブーというのは竹ですか?
古橋さん
そうです。竹の繊維を使用してますね。
竹は繊維としてはすごく短いので単体ではそのままでは糸にできないんですが、方法がふたつありまして、ひとつは竹繊維のまま綿と一緒に混ぜて糸にする方法。
小粥
手触りにチクチク感があります。
古橋さん
もうひとつはレーヨンといっていわゆる再生繊維ですね。竹を溶かして糸にしたものです。
小粥
レーヨンは先ほどのものよりも柔らかい感じ。
古橋さん
これはシルクを使用してます。絣(かすり)糸といって、ヨコ糸がシルクでタテ糸が綿。
タテ糸は先ほどご紹介したコードレーンになっていて、ヨコ糸の色が絣(かすり)調、ムラになっていてこういう風合いが出ます。
小粥
糸屋さんに機屋さんから「こういう糸を作ってほしい」とオーダーすることはあるんですか。
古橋さん
あんまりないですね。
というのも、ひとつ作るのに1トンとかそういう単位になるので。
小粥
小ロットでの受注はしていないんですね。
では、糸屋さんの商品を見てどんな織物にしようか決めるんですね。
古橋さん
糸の新商品などを全て把握しているわけではないですが、営業にこられたりするのでその時にサンプルをいただいたりします。
そのサンプルを試しに織ってみて、よかったら定番品にしたりなどはありますよ。
古橋さん
今は環境に配慮した商品も多いので、竹の他にも、ヨシ(葦)はどうですか、とか、カポックもありますよとか。
小粥
カポックは稲科の植物なんですか。
古橋さん
カポックは観葉植物で、その実から繊維を取り出し作られます。竹と同じように短繊維なので、単体では糸にできず、綿と混ぜて糸をつくります。
小粥
へえ〜。綿などのスタンダードな素材以外の新素材も続々と生まれているんですね。
古橋さん
これは綿ウールなんですが、ウールと綿で水に触れた時の縮率の違いがあります。
ウールは水に弱いので縮もうとするんです。縮もうとしたウールが表面に凹凸を作ってこのぼこぼことした風合いを生み出しています。
小粥
面白いですね。タテ、ヨコで同じ綿ウール糸を使っているんですか。
古橋さん
タテ糸が綿100%でヨコ糸が綿ウールの混紡糸ですね。
織り目は平織りです。
小粥
密度の違いに着目してみるのも面白そうですね。
高密度なものとそうでないものを見比べてみたり織りの構造を比べるのも面白そう。
古橋さん
ダウンプルーフって言う生地があるのですが、それはかなり高密度です。
ダウンの毛をプルーフ(防ぐの意)する、毛を直接入れても羽が外に出てこないほど密度が詰まっているんです。
本来はダウンパックという袋にダウンを集めてそれをダウンジャケットのアウターの切り替えに詰めてくんですけど、ダウンパックを使わず、ダウンをそのまま入れても大丈夫なんです。
小粥
見た目ももちろんのこと、素材や密度によって手触りがこんなにも違うのは面白いですね。
来場者に触り比べてもらえる展示ができたら面白そうですね。
古橋さん
今年(2023年)の7月に雄踏図書館で、小学校中学校の夏休み期間中に「遠州織物ができるまで」という展示をしたんですけど、素材が全て綿100%の白い生地を8種類くらい用意して、加工の違いや糸の違い、密度の違いでこれだけ種類があるというのを触って感じてもらうというのをやりましたよ。
“ツルツル”や“がさがさ”などの擬音語で感覚的にわかりやすく展示をしたんですが、すごく好評でしたね。
小粥
それ、すごく面白いですね!その8種類をぜひ顕微鏡で見比べてみたいです。
シャトル織機が現役で働く、代々受け継がれてきた工場を見学
古橋さん
うちの工場では、織りとその後の検品を行っています。
旧式のシャトル織機を使っているのでメンテナンスというのが日常茶飯事で必要でして、
織機の並ぶ部屋の前にはちょっとした鉄工所のような設備があります。
古橋さん
これが織り上がった生地を巻き取る巻棒になってます。
古橋さん
ちなみに、織機のある部屋の中に入ると一切会話ができません。
小粥
部屋に入る前からガチャガチャっと布を織る大きな音が聞こえていますね。
承知しました。
小粥
すごい!シャトルが行ったり来たりしてますね。
古橋さん
この織機は小さなモーターひとつで動いていて、全てが歯車などで連動してるんですね。小さな動力で一連の動きを可能になっているのが自動車のエンジンの開発に関連しているそうです。
古橋さん
大きなステッキが両側についていて、キャッチボールみたいな感じでシャトルを受け渡ししています。
ここで、先ほどお見せしたシャトルの管に自動的に糸が巻かれています。
古橋さん
糸を後ろにセットすると、その糸が管に巻かれてストックされます。シャトルの中の管の糸がなくなったら、ストックされた新しい管が勝手にセットされる。
このベルトについている金具がマグネットになっていて、糸の無くなった管を拾って回収します。
それと、下にゴミ箱がついていて糸くずの処理を自動的にしてくれます。
小粥
もっと手動かと想像していましたが、自動でやってくれるんですね。
古橋さん
昔は糸がなくなると織機が止まっちゃうので、それを女工さんたちが一個一個交換してまた動かしてみたいなことをしてたんです。最大で10人くらいここに寝泊まりしていたそうです。この工場に織機が20台あるんですけど、現在はこれが自動化されていて自動で切り替わるのでそんなに人は必要なくて、2、3人いれば現場は回ります。
女工さんがいた時代は、もっと織機の幅が狭かったので、この同じ工場に織機が40台くらいあって、だいたい織機4台に1人担当していたので、10人必要でした。
古橋さん
これが先ほど説明した100番手の細い糸です。
細い糸の上に高密度なので1メートル織るのに2時間掛かります。
シャツは1枚2.5m必要なので、1時間だとシャツ一枚分の生地も織れないというくらい低速です。ですが、他ではなかなか織ることの出来ない品質のものが織り上がります。
古橋さん
糸はもともとこの状態で買うんです。1本1キロ巻きの糸を買ってそれをこういうふうに加工する。
必要な本数と設計図通りの柄になるように、ここには何本という風に決まっていてその通りにタテ糸を通していきます。
小粥
すごい。僕がやったら順番がぐちゃぐちゃになって絡まってしまいそう。
古橋さん
織機にタテ糸を通すための枠のようなパーツが4枚ありまして、通す順番が決まっています。
これが一個でも狂うと柄が変わってしまうんです。
古橋さん
白とブルーのストライプの生地が織り上がっていると思うのですが、青いストライプの線に注目してください。
単純な白とブルーのストライプではなくて、ブルーのところは白とブルーが一本ずつ並んでいます。
小粥
とても細かいですね。あの自然な色合いってこうやって作っているんだ。
古橋さん
では、織機の部屋を出て検反をするところに向かいましょう。
小粥
いや〜!すごい迫力でした。
職人さんは耳栓とかをしてらっしゃるんですか。
古橋さん
してます。してないと耳おかしくなっちゃいます。
昔はしていなかったので、私の両親は結構耳が遠くなってきてますね。
古橋さん
ここは織り上がった生地を検査するところです。
検反機という機械を使って確認をしていきます。
小粥
(巻棒を持ち上げる古橋さんを見て)あ!大丈夫ですか。重くないですか。
古橋さん
持ち慣れてるので大丈夫ですよ。
このロール一本で15キロくらいあります。
光を後ろから透かすことで織り目を見やすくします。
古橋さん
何せ機械が古いので機械に何かしら不具合があると生地に欠点が出てくるんです。
なので検反してメンテナンスしてという形ですね。
小粥
検反機で生地の長さが測れるようになっているんですね。
この機械は新品では売ってないですよね。
古橋さん
そうですね。既製品はないと思います。
特注ですね。これは中古を買いました。
拡大鏡を使って織り目を数えたりして検反を行います。
古橋さん
織物の密度をインチで計算するんですが、この拡大鏡のマスが1インチ角になってます。
1インチ角に糸が何本入っているかを数えたりします。
小粥
センチではないんですね。
1インチは2.54センチほどの長さでしたね。
古橋さん
糸の重さもキロだけでなくポンドを使ったり、生地の長さもヤードで表したりします。
小粥
アメリカでは主にヤード・ポンド法ですよね。
表記の伝統みたいなものがあるんでしょうかね。
古橋さん
織物の発祥はヨーロッパのはずだと思うんですけどね。
日本は戦前からアメリカ向けに輸出をしてたので、それでヤードなのかもしれませんね。
ちなみに加工されて出荷する時はメーターで表記します。
小粥
これは何をしてらっしゃるんですか。
手に持っているのはピンセットですか。
古橋さん
これも品質管理のお仕事ですね。余分な糸とか余分な繊維を除いて生地を整える作業です。
ピンセットともまた違う道具で、この作業のための道具ですね。
針とピンセットが両側についていて、針で糸を浮かせてピンセットで引き抜くことができます。
小粥
細かい作業なんですね。
これは先ほどシャトル織機に取り付けられていたタテ糸の部分ですね。
古橋さん
そうです。これを織機に載せてセッティングして織っていきます。
織りの工程までに前工程が6工程ほどあるんですが、その工程を分業制で行なっています。
古橋さん
生地の設計図にしたがってタテ糸を並べる「整経」という工程があります。
一本1キロ巻きの糸を細かく5本とかに分けて、それを20本作ると全部で100本できる、
それを4回繰り返して4000本の糸ができるとかそういった計算で大量のタテ糸を作っていきます。その何千本の糸を設計図通りに並べます。
古橋さん
綿などの天然素材は毛羽立ちがあるのでそれを抑えるために糊をつけています。
糊をつけて糸切れを防いで織るんですが、その時の湿度によって糊の濃度が変わったりするので、糊付けも職人技と言われています。
小粥
糸屋さんから糸を買ったらここまでセットするのもここで作業されるんですか?
古橋さん
うちの方から指示を出して外注先さんに全てやってもらっています。
大まかに工程を説明すると、まず、糸を買って、その糸を染色工場さんに送って染めてもらいます。染めたヨコ糸はうちに送って、タテ糸は整経工場さんに送り、設計図通りの長さに切って順番に並べてもらい、その何千本を一気にロールに巻き付けます。
そのロールを糊付け屋さんで、織りやすいように糸に糊をつけてもらいます。
そして最後に、織機で織るために機械のパーツにタテ糸を一本一本通していって、初めて織機で布が織れる状態になります。全てのタテ糸を設計図通りにパーツに通す必要があります。織機のパーツに糸を通す作業を「経通し(へとおし)」と言います。
小粥
なるほど。思ってた以上に細かく分業していらっしゃるんですね。
古橋さん
ここまで1ヶ月くらいかかります。社内でやれば二週間とかでできちゃうんだと思うんですけど、遠州産地では全てを分業でやっています。
江戸時代から続く遠州織物の歴史
小粥
遠州地方は昔から綿織物が盛んだったそうですね。
古橋さん
江戸時代の中期から綿花栽培が盛んでして、自分たちで収穫した綿を糸にして織物にしていくというのを個人レベルでおそらくやっていたんだろうと。
それが明治時代になって産業となってさらに栄えていったんですね。
機屋というのは江戸時代からある職業なんですけど、時代の流れと共に用途に応じて機械が発達していきました。
豊田佐吉などによる織機の発明もあって大きく進化して、全国的にも大量生産が可能になり、繊維産業というのが、当時の日本のメイン産業になりました。
浜松は、織物があって織機の発明があったから自動車産業にも移れたという点も面白いですね。トヨタもスズキも織機メーカーから始まっていますよね。
小粥
ええ。浜松科学館でも、浜松の産業の歩みは大切に展示をしています。当館の入り口横の畑では綿花を育てて、糸を紡いでみたりなどの体験も行っていますよ。
浜松の産業の第一歩ですよね。浜松の気候が綿花を育てるのに適していたということですね。
古橋さん
天竜川流域は特に盛んだったようですね。そこから発足したと聞いています。
小粥
暖かくて水捌けのいい土壌があったんですね。
古橋さん
実は、現代で言うと日本は湿気が多いので綿花栽培には不向きだということになってまして、趣味レベルの綿花栽培はあるけども、産業としては全く流通していません。
メイドインジャパンの綿というのはないんです。
古橋さん
紡績工場は現存しているのでメイドインジャパンの糸というのはあります。
ですが、原料は全て世界中から来てますね。
小粥
そうなんですか。確かに大規模な綿畑は見たことがないですね。
でも、紡績の技術力や伝統は残っているんですよね。
古橋さん
それこそ、ガチャマン時代(※)には大きな紡績工場が浜松に10社くらい集結していたそうですね。
国の国策だったそうですが、広い土地と利便性(交通の弁が関西にも関東にも近い)で浜松に紡績工場が集結した。
それぞれが世界に対抗して良い糸を作ろうと切磋琢磨していたので、その傘下にあった機屋も自然と技術力が上がっていったんですよ。
(※ガチャマン景気 … 織機がガチャっと動くたびに1万円儲かるという好景気の時代。)
古橋さん
高価な糸っていうのは細くて繊細で扱いが難しいんです。なので、自然とそれを織る技術力っていうのが備わっていったんですね。
それは、機屋だけじゃなくて織るために必要な準備工程だったり加工だったりなどの一連の工場さんたちの技術力がないとできない。
小粥
紡績工場を筆頭に一丸となって技術力を高めていったんですね。
古橋さん
一連の工程の全てが優れているので、現代においても、他産地には無い織物だったりとか、技術的に難しいものを織ることができる。
その伝統や技術力もあって、アパレル業界では遠州織物は高品質な高級織物として認知されているんです。
小粥
先程も工場見学させていただいて思いましたが、本当に細かな分業制で遠州織物は作られているんですね。
分業制は遠州織物のひとつの特徴であるとおっしゃっていましたが、分業制のおかげでハイクオリティな製品が生まれるということはあるんでしょうか。
古橋さん
そうですね、それはどうでしょう。
分業制はこの土地ならではのもので、産業衰退の結果として自然と生まれた構造のようです。
古橋さん
というのも、力のあった大きな会社は、産業の規模が縮小していく前段階で他の事業に転換していき、繊維事業は廃業してという形が多いです。浜松は、楽器やオートバイ、自動車など多くの優れた産業が密集するものづくりの街でもあるので、繊維業をやめて不動産業に転換というのが、ごく自然の流れでした。
なので、今、遠州織物のメーカーとして残ってるのはそれぞれがものすごく小さいですよ。遠州織物を生業として生き残るしかなかったところが、逆に現代でも残っているというのが正直なところですね。それでも、技術が優れているから他の産地ともまた違った魅力があって今もまだ生き残っているんですよね。
小粥
なるほど。そういう背景もあったんですね。
古橋さん
分業制だからこそ、どこが欠けてもその一連の流れが途絶えてしまう。そこをどうにか食い止めようというのが課題で様々な取り組みをしてます。
ですので、今回の取材のような多くの人に知ってもらう機会は大変ありがたいですね。
小粥
僕たちも多くの方に遠州織物の素晴らしさを届けるお手伝いができたら嬉しいです。
ところで、古橋織布さんの製品はアパレル向けとのことでしたが、どちらで洋服になっていくんですか。
古橋さん
メインは東京のブランドさんで服になっていきます。90%は国内で、10%は海外と直接取引しています。
国内のお客さんでも海外のショップに卸していたりしますよ。
小粥
海外はどの辺でしょうか。イタリアとかフランスですか。
古橋さん
ヨーロッパやオーストラリア、香港、中国、アメリカなど世界中ですね。
小粥
世界各地で洋服になっているんですね。海外でも評価が高いんですね。
古橋さん
ファッションの本場ヨーロッパでも、シャトル織機っていうのは珍しいです。
生産効率の悪さからもうほとんどのところが手放してしまった機械なので、現代に産業としてあまり残っていないんです。
という事情もあり、わかる人にはわかるという非常に高価なものになるので、使用できるブランドは国内でも限られてきます。
小粥
一流ブランドで使用されているんですね。
古橋さん
国内でもシャツ一枚2、3万しますね。ヨーロッパに行くと桁が変わって、10万くらいはしますね。やはりブランドの価値がつきますので。
小粥
それは高級品だ。
お店にストックを置くというよりも、オーダー制が多いんですか。
古橋さん
ストックできるのはやはり大手さんですね。うちは受注生産がメインです。
展示会に参加したりもしますよ。
古橋さん
直接、売り先やどういう製品になっているのかがわかるとすごくやりがいになります。
お客さんから写真を送ってもらったりインスタグラムなどのSNSで写真や投稿を見るとすごく嬉しいです。
小粥
古橋織布さんでは、オンラインショップもされていますよね。世界が認める織物ってどんな着心地なのか気になりますね。ちょっと覗いてみようかな。
古橋さん
パジャマやTシャツなどの普段使いできるものやポーチやバッグなどもありますので、ぜひ見てみてください。
取材を終えて
みなさん、遠州織物の世界はいかがでしたか。
「糸から布が作られている」ことは考えてみれば当たり前なんですが、そんなに深く考えたことがなかったです。工場で何千本の糸が織機に通っている様子を見ると、とても一人では作ることのできない膨大な工程や細かな作業に頭が下がる思いです。
大量生産で安価が魅力のファストファッションを私自身もよく着用するのですが、今回の取材を通してもっと洋服を大事にしたいなと感じましたし、自分の生活と衣服について考えるきっかけにもなりました。
実は、古橋織布オリジナルの生活雑貨シリーズ「oriya」のポーチ(先染めボタニカル・ポーチ/ミックスジュース)の愛用者である筆者。3、4年使っていますが、かなり丈夫ですよ。今回のお話を聞いて、その丈夫さに納得しました。これからも大事に使っていきたいです。
また、古橋織布のオンラインショップでは生地も販売していますよ。お裁縫を嗜む方はぜひこちらの生地でオリジナルマイグッズを作ってみるのはいかがですか。
さて、今回の小粥の研究テーマは「遠州織物」。
取材時から織り目に興味津々のご様子でしたが、どんな世界を見ることができたのでしょうか。
ミクロの世界から遠州織物の魅力に迫る(後日、更新予定)。
ぜひ、読んでみてくださいね。
◆ 取材協力
古橋織布有限会社
◆ 記事執筆
黒川夏希(ウィスカーデザイン)