自然観察園で穴を掘ったら、南アルプスと中央アルプスが出てきた話
はじめに
「さぁ皆さん、今日は "穴" を掘りますよ」
「え?穴?(この人また変なこと言ってるよ…)」
noteではこれまで目線の高さの動植物だけでなく、地面の落ち葉や、そこで生きる動植物など、地表の生態系にも着目してきました。しかし、改めて考えてみると、地下環境には踏み込んだことがありません。
土の色は、黒色? 茶色?
砂っぽい感じ? 粘土っぽい? それとも石だらけ?
私は、今いる場所の僅か数センチ地下ですら、どうなっているのか全く知らないことに気づきました。そこで月に一度の自然観察園整備の際に、科学館ボランティアの皆さんと穴を掘ってみることにしました。
端から端まで105歩程の小さな自然観察園ではありますが、改めて地面に注目すると約1 mの高低差があることに気がつきました。もしかしたら高い場所は過去に人工的な土地の改変が行われているかもしれません。その可能性を少しでも減らすために、最も低い場所を選んで穴を掘ることにしました。
まずタテ・ヨコ50 cm、深さ5 cm程の正方形の穴を掘りました。この正方形の穴を基準に、さらに深く掘っていきます。
ひとまずの目標は深さ50 cm。さあ 頑張って掘りましょう!
~深さ40 cm:色々な種類の岩石
掘り始めの土は、砂状で濃い黒褐色をしていました。掘り進めると、しばしば「ガキン!ガキン!」と音がするようになりました。砂に混ざって、5~10 cmくらいの岩石が混ざっています。
得られた岩石を一つ一つ観察してみましょう。まるでジャガイモを収穫するように岩石を拾い出して、砂を水で洗い流します。すると、白色、黒色、灰色、褐色、オレンジ色など、美しい石肌が現れました。岩石によって色彩が異なり、カラーバリエーションが豊富です。どうやら、たくさんの種類の岩石が混ざっているようです。
以下に図鑑で同定することができた岩石をご紹介します。
砂岩(さがん)
泥岩(でいがん)
チャート
流紋岩(りゅうもんがん)
花崗岩(かこうがん)
見つかった岩石は、大きく2つのグループに分けることができます。
泥岩、砂岩、チャートなど、泥・砂・生き物の遺骸などが堆積してできた岩石を「堆積岩(たいせきがん)」。また、流紋岩や花崗岩など、マグマ由来の岩石を「火成岩(かせいがん)」と呼びます。
岩石を同定したことで、色々な疑問が生まれてきました。
これらの疑問を胸に、さらに穴を掘っていきましょう。
~深さ50 cm:黄土色の砂礫(されき)
さらに掘り進めると…
「え!?何これ!?」
深さ40 cmを境に土が黒褐色から黄褐色にガラリと変わりました。岩石の隙間を黄土色の砂や粘土が満たしている印象です。掘った土壌の断面を離れて見てみると、オシャレな喫茶店のカフェオレのような2層構造になっていました。
さらに掘り進めてみましたが、その後も黄褐色の層が続き、目標の深さ50 ㎝に到達しました。
土壌は単純に岩石や砂、粘土などが堆積したものではなく、生き物たちの作用を受けて変化します。おそらく土壌の表層は、動植物の遺骸やそれらを分解する土壌動物によって有機物が供給されることで黄褐色から黒褐色に変化したのでしょう。
掘り起こした土で穴を埋めて、原状回復をしたら調査終了です。
自然観察園の土は天竜川が運んできた?
得られた岩石の種類を調べているうちに、これらの岩石は「天竜川」が由来であると推測されました。これには理由が2つあります。
1つ目の理由は、多種多様な岩石があることです。
天竜川の河原は自然観察園と同様に、堆積岩や火成岩など生成過程の異なる様々な種類の岩石を観察することができます。天竜川は、岩石好きな方には堪らないスポットなのです。
2つ目の理由は、バームクーヘン柄の流紋岩が見つかったことです。
流紋岩は産地によって、灰色、黒色、オレンジ色など色彩は様々ですが、天竜川産の流紋岩は、模様が白色を基調としたオレンジ色の縞々であることが知られています。このバームクーヘン柄の流紋岩は、全国的にも天竜川やその周辺でしか観察することができません。
以上から、天竜川は過去に科学館付近に土砂を沖積した、もしくは天竜川周辺の砂礫を人為的に移動して敷き詰めたと考えられます。いずれにしても、自然観察園の表層は天竜川由来であることは間違いないでしょう。
過去に天竜川が沖積した土地の様子を、科学館より西へ約5kmの佐鳴湖周辺でも観察することができます。例えば、湖の南岸に位置する入野古墳跡では自然観察園と同様に花崗岩、チャート、砂岩などの岩石を地面の表層から見つけることができます。
このように、天竜川は浜松の広い範囲へ様々な種類の岩石をもたらしました。では、それらの岩石は一体どこから運ばれてきたのでしょうか?
天竜川は、浜松の北に位置する長野県諏訪湖を水源とした河川です。東西にそびえる南アルプスと中央アルプスの間を流れ、浜松の東側を通過した後、太平洋に注ぎこみます。
天竜川の岩石が多様な理由は、上流部の2つのアルプスが関係していそうです。ここからは時間を遡って、南アルプス、中央アルプスの成り立ちを追ってみましょう。
「南アルプス」から運ばれた「堆積岩」
私たちが住む日本は、地球を覆っている十数枚のプレートのうち4枚のプレートの衝突部に位置しています。
海側の2枚のプレートには、それぞれ陸側のプレートの下に沈み込もうとする力が働いています。その際に、海側のプレートの表層部分が陸側のプレートによって削り取られます。さらに、その個所の地層が陸側の2枚のプレートの衝突によって押し上げられます。これらの過程で、南アルプスが形成されました。
南アルプスの隆起のはじまりは約200万年前。私たち人間の時間軸からするとはるか昔の出来事です。
つまり、南アルプスは海底由来の岩石で成り立っているのですね。
場所にもよりますが、約1億3500万~6500万年前に海底に堆積した砂や泥、海洋プランクトンから形成されたことが分かっています。天竜川が南アルプスの西側を通過する際に、堆積岩(砂岩、泥岩、チャートなど)を下流へと運んだのでした。
「中央アルプス」から運ばれた「火成岩」
約7000万年前に地下数 kmでマグマがゆっくりと固まり、花崗岩を主とした大きな火成岩の塊が出来ました。その後、陸側のプレートが押され、南アルプスが隆起し始めると、花崗岩の塊にも圧力が加わり、地上に押し出されました。これが現在の中央アルプスです。
つまり、中央アルプスは主に火成岩で出来ています。
火成岩がまるで魚の目のようにポコッと押し出された中央アルプス。隆起が始まったのは約60万年前です。南アルプスと比べるとかなり新しい山なのですね。天竜川が中央アルプスの東側を通過する際に、火成岩を下流へと運びます。
南アルプスや中央アルプスの隆起は進行中で、両者とも年間数mmの速度で現在も標高が高くなっています。
※流紋岩は中央アルプスより南に位置する茶臼山高原や奥三河高原が由来です。また南アルプスの一部である甲斐駒ヶ岳は堆積岩ではなく火成岩で出来ています。この記事では南アルプスと中央アルプスについて大雑把にご紹介しましたが、アルプス内外には歴史性の異なる地質が複雑に存在しています。
おわりに
天竜川はまるでホテルのビュッフェを楽しんでいるようですね。
「中華コーナーでエビチリをとって、和食コーナーで鮭の塩焼き、洋食コーナーでハンバーグ!」
「中央アルプスから花崗岩を運んで、南アルプスで砂岩と泥岩とチャート。あと流紋岩と安山岩と玄武岩。ホルンフェルスと流紋岩も忘れずに!」
天竜川は異なる地質の境目を流れることで、様々な種類の岩石を下流へ運んでいたのでした。
今回はふとしたきっかけで穴を掘ってみましたが、私はそこからロマンを感じた気がします。
私たち人間は生まれてから死ぬまで100年程度しかこの世界を経験することができません。しかし、足元の岩石一つを観察するだけで、膨大な時間の流れや、地球の歴史を感じとることができるのです。岩石を眺め、それらの歴史性を学び、体験したことで、「私は地球の上に立っているんだなぁ」と実感した気がしました。
そして、形成される土壌は場所によって様々です。
今回ご紹介した土壌と、あなたが立っているその場所の土壌の様子は、全く違うかもしれません。市街地ではなかなか穴を掘ることができる場所は限られてはおりますが、ぜひ足の裏のその先のことを想像してみてください。
参考資料
浜松科学館. 浜松科学館 展示ストーリーブック. 20 https://www.mirai-ra.jp/storybook/ (2021).
井口 恵一朗 et al. 淡水魚類地理の自然史―多様性と分化をめぐって. (北海道大学出版会, 2009).
磯見博、井上正昭. 浜松地域の地質. 工業技術院地質調査所 https://www.gsj.jp/data/50KGM/PDF/GSJ_MAP_G050_11059_1972_D.pdf (1972).
南アルプスデータセンター|南アルプスユネスコエコパーク公式サイト. https://www.minami-alps-br.org/data_center.php.
知ればもっとおもしろい!中央アルプスってどんなところ? | 長野県 | 中央アルプス国定公園記念「中央アルプス山岳フォーラム」公式ホームページ. https://chuoalps-forum.com/special_feature01/.
静岡の自然をたずねて編集委員会. 静岡の自然をたずねて. (築地書館, 2005).
総合学習:天竜川・遠州海岸総合学習ミニガイド〔石と砂編〕. https://www.cbr.mlit.go.jp/hamamatsu/river/sougou/ishisuna/.
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