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旬ではない生き物の観察 ~セミをめぐる冒険~

謎の卵を発見!

先日、枯れ枝に謎のささくれがあることに気が付きました。これでもか!と不気味なほど大量のささくれが、①枯れ枝に、②等間隔で、③決まった形で付いています。これら3つの規則性があることから偶然できた傷ではなく、きっと生き物の仕業でしょう。

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観察のために少しだけ枝を削ってみると…
中から細長い白色のカプセルが出てきました!
おそらく、昆虫の卵です。

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枯れ枝に深くまで傷を付けて、内部に産卵する昆虫。犯人は硬く長い丈夫な産卵管を持っているのでしょう。立派な産卵管。うーん…。ハチくらいしか思いつきません。

※ハチの針は産卵管で、メスにしかありません。刺してくる個体は全てメスです↓


予想はここまで。
図鑑で正解を調べてみると、セミの仲間の卵であることが分かりました。

え!?セミの卵!?
ちょっと待ってください。
今の季節は春。セミが活動するのは夏です。昨年の夏に産卵した卵が、今まで卵のまま枯れ枝に納まっていたということでしょうか?

図鑑によるとセミには「ハルゼミ」という種もいるとのこと。ハルゼミは名前のとおり、春から初夏にかけて成虫が活動します。羽化するにはまだ早すぎますが、最近の陽気で勢い余って羽化したハルゼミがいるのかもしれません。ハルゼミが犯人という線も可能性の一つとしてとっておきましょう。

果たして卵を産んだ犯人は何ゼミなのでしょうか?

犯人への手がかりは「抜け殻」

とりあえず、自然観察園の中を歩いてみます。
セミの姿は見えませんし、鳴き声も聞こえません。
やはり春に活動するハルゼミが犯人、という線は薄そうです。

ふと視線を樹木の葉へ向けると、セミの抜け殻が付いていました。
昨年の夏の抜け殻か、今年の春の抜け殻か、見分けは付きませんが重要な手がかりです。
この抜け殻から種を同定できれば、自然観察園に潜在的に生息するセミを把握できます。

科学館スタッフとボランティアで、樹に付いているセミの抜け殻を集めてみました。
すると計6個!今の時期でも探せば見つかるものですね。

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獲られたセミの抜け殻を図鑑で同定してみました。

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大型(体長25 mm以上)で、本州中部の低地に生息することから、クマゼミ、アブラゼミ、ミンミンゼミの3種に絞られました。まず、胸の腹面に突起がある特徴から、4個体はクマゼミと同定されました。次に、触角が太く、触角第3節(体から3節目)の長さが触角第2節の1.5倍あることから、残りの2個体はアブラゼミと同定されました。ミンミンゼミの抜け殻は見つかりませんでした。

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セミの抜け殻を手掛かりに、クマゼミ、アブラゼミが浜松科学館敷地内に生息していることが分かりました。抜け殻は、昨年以前の夏に羽化したものが残っていたのですね。

謎の卵の主は、この2種の可能性かもしれません。

丈夫なセミの殻は、キチン質という物質で構成されています。キチン質は、エビ、カニ、ムカデ、昆虫などの節足動物の外骨格に使われています。構造は強固で、割れはしますが、なかなか完全には分解されません。昆虫の標本も、カビや防虫処理をして保存すると、200年以上形を保つことが出来ます。

卵を産んだ犯人は「クマゼミ」

図鑑によると卵のサイズはそれぞれ、クマゼミは2.3 mm、アブラゼミは2.1 mmです。今回獲られた卵のサイズを定規や電子顕微鏡で計測すると、ジャスト2.3 mmでした!

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電子顕微鏡写真 ↓

図1

以上の自然観察園での抜け殻調査、卵のサイズの計測、図鑑でのセミの分布・卵の形態調査によって、卵を産んだ犯人は「クマゼミ」である可能性が高いことが分かりました。

クマゼミは関東以西に分布する日本最大のセミです。市街地の環境にも適応し、浜松市を含む中部地方や関西地方で身近なセミです。

卵を発見したのは今年の3月。クマゼミが昨年の8月に産卵したとすると8カ月間(240日間)卵のままだったことになります。図鑑で調べてみると、クマゼミ、アブラゼミは産み落とされた次の年の6月に孵化するそうです。孵化卵の期間は240~330日!とても長いですね。

卵が孵化するのは今年の6月

6月と言えば、梅雨の時期。アブラゼミやクマゼミの孵化は、雨によって引き起こされます。枝が雨に濡れると、まず薄い膜に包まれたイモムシ状の幼虫(前幼)がウネウネと産卵跡から這い出してきます。穴から頭部が出ると、薄い膜を脱ぎ、脚がある幼虫(一齢幼虫)へ変態。その後、幼虫は枝から落ち、地面の隙間から地下へ潜ります。

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セミの幼虫は、乾燥が苦手で無防備な弱弱しい存在です。梅雨の時期は雨が降る機会が多く、体が乾いて死んでしまうことはありません。また、晴天時はアリやクモなどの捕食者が活発ですが、雨天時は捕食者が少なく襲われる危険性も低くなります。これらの要因が、梅雨の季節に孵化する理由と考えられています。

夏に産卵されたクマゼミやアブラゼミの卵は、冬の前後で発生(卵の中での成長)が一旦停止し、春になると再び発生が進みます。あえて卵の成長を遅らせることで、孵化の時期を梅雨に合わせているのかもしれません。

クマゼミやアブラゼミは、秋~春は卵のまま枯れ枝の中でゆっくりと発生して、次の年の初夏に恵みの雨を受けて孵化、土の中で3~5年かけて成長した後、夏に羽化して盛大に鳴きます。かつては気象庁の生物季節観測の一つに「クマゼミの初鳴き」がありましたが、まさにセミたちは日本の四季に寄り添って生きているのですね。

セミが産卵するとインターネットが使えなくなる?

クマゼミやアブラゼミの卵は、1年近く卵のままでいなければなりません。仮にセミの親が生きた枝に産卵した場合、樹が枝に付けられた傷を修復する過程で、卵は圧迫され死んでしまう可能性があります。その為、親セミは再生することがない枯れた枝を選択して産卵します。

セミの中でも、特に市街地に適応したクマゼミ。クマゼミが枯れ枝に産卵する習性は、私たちヒトへ思わぬ不利益をもたらす例が報告されています。それは、「電話やインターネットの通信障害」です。

都市部に生息するクマゼミが、固定電話やインターネット通信のために用いられる光ファイバケーブルを枯れ木と勘違いして産卵してしまうことがありました。産卵管を光ファイバケーブルへ突き刺し、ケーブル内部の心線が傷つけられると、通信障害が発生することがあります。クマゼミの分布域と重複する西日本では、クマゼミの産卵行動が原因の通信障害が2006年に1000件以上発生しました。

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セミが産卵するとインターネットが使えなくなる。

何だか諺のようですね。「風が吹けば桶屋が儲かる」は「事象の発生により、一見すると全く関係がないと思われる場所・物事に影響が及ぶこと」を意味します。セミの件もまさに同じ事柄で、まさかセミの産卵が通信へ影響を及ぼすなんて、誰も予想できなかったことでしょう。

この問題を受けて、複数の通信会社はクマゼミ対策を講じた新しい光ファイバケーブルを開発しました。

・ケーブル表面にある溝を埋めた
 →クマゼミは枯れ木の割れ目に産卵することが多く、ケーブルの溝へ産卵しがちだった
・ケーブル内部の心線を硬い樹脂製で覆った
 →産卵管が心線に届かないようにするための防護壁
・ケーブルの材料をポリエチレンからポリウレタンへ変更
 →クマゼミは硬いポリエチレンを「枯れ木」、弾力性のあるポリウレタンを「生木」と認識する。クマゼミは生木には産卵しない性質を利用した材料の変更

これらの対策により、クマゼミによる問題は解決しました。現在、クマゼミの分布は北上していますが、クマゼミ対策がなされた光ファイバケーブルは既に東日本でも導入されており、今後本件が問題視されることもないでしょう。

おわりに

今回は、セミの成虫がいない春先に、あえてセミの面影を追いかけてみました。観察して得たヒントを手掛かりに、目に見えない卵を産んだ生き物を予想しました。

実際に調べてみると卵に愛着が生まれ、本当にクマゼミが卵を産んだのか今年の夏に確かめるのが楽しみになります。また、気長にセミの幼虫を育ててみるのも良いと思います。

記事の冒頭に発見した謎のセミの卵。実は、昨年の夏にクマゼミが枯れ枝に産卵していた様子を観察していましたので、最初から答えは分かっていたのです(反則ですね笑)。

今回のような自然観察で最も重要なことは、生き物の名前を知ることではなく、それを推測する過程だと思います。

なんだろう?と疑問を持ち、複数のデータ(発見場所・環境、卵のサイズ、抜け殻)を得ること。その過程でクマゼミによる通信障害を回避する方法を見出すように新たな発見が生まれます。

例えばセミの抜け殻。今、この場にはいないけれども、抜け殻という手がかりでその存在を知る。当たり前のことかもしれませんが、なんだか凄い事のように感じます。

・種ごとに抜け殻の形態を記録した図鑑があること
・抜け殻が分解しづらい物質でできていること
・自分たちで抜け殻を採集して同定すること

これら3つの事が重なり、種を同定することが出来ました。改めて考えてみると、先人たちの科学的な情報の積み重ね、生物の進化、そして私たちの興味関心が紡いだ奇跡的なことなのです。

今回の様に、あえて「旬ではない生き物の観察」をしてみるのも面白いですよ。観察することで、身近な生き物の新たな一面を発見できるかもしれません。

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参考資料
林正美. 日本産セミ科図鑑. (誠文堂新光社, 2011).
光ファイバがクマゼミ対策で進化 | 日経クロステック(xTECH). https://xtech.nikkei.com/it/article/COLUMN/20071002/283583/.
鈴木知之. 虫の卵ハンドブック. (2012).
NTTアクセスサービスシステム研究所. 作業性を向上させた,経済的なクマゼミ対策ドロップ光ファイバの開発. NTT技術ジャーナル 75–79.

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