他人の空似? ハヤブサとトビの話
ハヤブサ登場!
ある日の夕方、自然観察園の空を見上げると…
「ハヤブサだ!」
アクトタワーをバックに、科学館の上空をスマートなシルエットが旋回していました。20年くらい浜松市に住んでいますが、市街地でハヤブサを見たのはこれが初めての経験。大興奮です!
ハヤブサのように鋭い爪と嘴をもち、他の動物を襲って(もしくは腐肉を)捕食する鳥類を猛禽類(もうきんるい)と呼びます。猛禽類の例として、ワシやタカ、ハヤブサ、フクロウなどがいます。
日本で一番身近な猛禽類はトビ。
トビは俗称”とんび”と呼ばれ親しまれ、自然観察園の上空でもよくみられます。トンビが鷹を産む、なんて馬鹿にされがちなトビですが「タカ目タカ科」に属する立派なタカの仲間です。
一方のハヤブサは何の仲間かというと、1982年出版の図鑑には「タカ目ハヤブサ科」に属するとありました。しかし、最近出版された図鑑では「ハヤブサ目ハヤブサ科」とのこと。
うーん…?
この10数年で、ハヤブサの分類学的な扱いが変わったのでしょうか?そもそも「目」やら「科」やら、何のことかよく分かりません。
一見すると同じ猛禽類のハヤブサとトビ。はたして2種は近縁なのでしょうか?それとも遠縁なのでしょうか?
界・門・綱・目・科・属・種とは?
ここで、過去の記事でもたびたび登場した「目」「科」「属」などの分類階級について少し整理してみましょう。
46億年前に地球が出来て、37億年前には最初の生命(生き物)が誕生したと言われています。生き物たちはいろいろな環境や他の生き物とのかかわりを経験して、それぞれの場所に適応して進化してきました。
進化の結果、生き物ごとに様々な色や形、生態になりました。この生き物と生き物の間の「違いの大きさ」を、ヒトが理解しやすいように整理する学問を「分類学」と言います。
そして「違いの大きさ」によって生き物たちを分けた結果、違いが大きい順に「界」「門」「綱」「目」「科」「属」「種」という階級が作られました。
この分類階級を過去のnote記事でも登場した「二ホンアマガエル」「二ホンヤモリ」「ヒト」の3者で整理してみましょう。
なるほどなるほど、上図のように入れ子な感じで整理しているのですね。3者とも脊椎動物門に属し、綱のレベルで分けられました。二ホンアマガエルは両生綱、二ホンヤモリは爬虫綱、ヒトは哺乳綱です。
ここへさらに「ブタ」、「ゴリラ」を加えてみましょう。
ゴリラはヒト科に属し、他の生き物よりもヒトと近縁な関係にあることが分かります。ブタも哺乳綱ですので、イモリ、ヤモリよりもヒトと近い関係にあると言えます。
ブタは野生のイノシシをヒトが品種改良して生まれました。種としてはイノシシですが、それよりも小さい分類階級:亜種でブタと整理されています。分類階級は、基本的に界門綱目科属種で分けられますが、その前後にも亜種のようにより細かな分類階級が存在します。
分類階級は生き物同士の類縁関係が一目でわかるなかなか便利な仕組みですね。
図鑑の分類が変わる大事件
改めて1982年出版の図鑑をもとにハヤブサとトビを表してみましょう。
すると2種はタカ目までは同じで、ハヤブサ科とタカ科に分かれました。
次に最近出版された図鑑を参考にすると、
鳥綱までは同じで、ハヤブサ目とタカ目に分かれました。
この2つのパターンの間には、かなり大きな違いがあります。
近年、植物や菌類、鳥類など様々な生き物を対象に大規模な分類の再編成が行われました。絶対的な存在の図鑑の内容が大きく書き換えられるなんて、長年生き物を追いかけている筆者からすると天変地異が起こるくらいの大事件です。
なぜそのようなことが起こったのか、順を追ってご説明しましょう。
生き物を分類するのは、神様ではなくヒト
分類学は難しそうなイメージがありますが、私たちも無意識のうちに日々の生活の中で分類しています。
例えば目の前にトマト、リンゴ、レモン、バナナ、オレンジがあるとします。これらをいくつかのグループに分けるとしたら、あなたはどんな風に分けるでしょうか?
ある人は色を基準に分けるかもしれません。
赤色:トマト、リンゴ
黄色:レモン、バナナ
橙色:オレンジ
ある人は食べるタイミングを基準に。
朝食:バナナ
昼食・夕食:トマト、レモン
デザート:リンゴ、オレンジ
またある人は野菜か果物かを基準に分けることもあるでしょう。
野菜:トマト
果物:リンゴ、レモン、バナナ、オレンジ
※農林水産省は収穫までに複数年かかるものを果実、単年のものを野菜と定義しています。
このように私たちは様々な情報を整理して対象をいくつかのグループに分けています。例えば上の食べ物をお皿の飾りつけで使うときは「色」を基準にグループ分けするなど、状況に応じて基準となる情報を変え、それをもとに食べ物を選択します。
分類学を理解する上で重要なのは「分類するのはあくまでヒト」という点です。
上述のように、物事を分類するためには様々な情報が存在します。現存する生き物も様々な情報の「違いの大きさ」を統合してグループ分けするわけですが、これがいかに大変な作業か想像いただけると思います。世界中の人々が共通して納得する情報を選択し、生き物1種1種をグループに分けてまとめていく。気が遠くなる作業です。
そして、グループ分けの真の正解は、神様しか知りません。
例えば、前のnote記事にアブラコウモリが登場しました。
「”翼”がある生き物だから、コウモリはきっと鳥の仲間だな」
残念ながらこれは誤りです。
コウモリの翼を解剖すると、翼は5本の指からなっていることが分かります。5本の指で、身体が毛で覆われることは哺乳類の特徴です。
翼を作るという進化は、鳥類と哺乳類でそれぞれ独立に起こったと考えられ、翼の有無という情報は生き物の進化の道筋を解明する上であまり使うことが出来ない情報であると言えます。
「生き物をどの情報をもとに整理するのが一番いいのかな?」
これは分類学の大きなテーマの一つです。
そして近年、生き物の分類学に「遺伝子(の塩基配列)」という新たな情報が追加されはじめました。
遺伝子は種類にもよりますが、外見的な色、形よりも環境の変化を受けづらいと考えられています。前回のnoteで登場したジャイアントパンダ(以下、パンダ)には5本の指に加えて2本の偽の指があり、外見的には他のクマと異なる分類学的なグループを形成する印象を持ちます。
実際パンダは、パンダと同じような手の構造を持つササ食のレッサーパンダとともにパンダ科という独立した科にグルーピングされていた時代もありました。しかし、パンダの遺伝子を調べてみると他のクマとさほど大きな違いはなく、現在はクマ科の中に納まっています。
進化の道筋を辿る上で普遍的な情報として有力な「遺伝子」。
遺伝子の情報をこれまでの分類学に組み込むことで、様々な生き物のグループで変革が起こり始めました。
トビとハヤブサは他人の空似
これまでの鳥類の分類では、猛禽類の形態的特徴からトビとハヤブサは近縁だろうと考えられ、同じタカ目とされてきました。しかし遺伝子情報をもとに系統樹(進化の道筋)を描いてみると下の様な関係性が見えてきました。
トビが属するタカ目は、フクロウ目、ブッポウソウ目、キツツキ目と同じグループを作り、ハヤブサはオウム目、スズメ目と同じグループになりました。
これによって、タカの仲間とハヤブサの仲間は異なる仲間で、他人の空似だったことが示されました。
狩りをするという共通の目的を持ち、それぞれ独立に猛禽類の形に進化したのですね。遺伝子解析の結果を受けて、ハヤブサの仲間の扱いは「タカ目ハヤブサ科」から「ハヤブサ目ハヤブサ科」となり、タカ目とは独立した存在に変更されました。
タカとハヤブサのように、狩りをするというような同じ目的のために色や形が似る進化を収斂進化(しゅうれんしんか)と言います。
身近な収斂進化の例として「カニ」が有名です。
お祝いの日に食卓に並ぶタラバガニ、ズワイガニ、ケガニ。3種とも和名に「カニ」が付いていますが、カニの仲間はズワイガニとケガニで、タラバガニはヤドカリの仲間に分類されています。
その証拠に外見上の足の本数はズワイガニと毛ガニは10本、タラバガニは8本です。ヤドカリの仲間も足は10本ありますが、9,10本目は退化し、体の中に格納しています。実はタラバガニも身体の殻を剥がすと、中に幻の足が2本見られるのですよ。
タラバガニ、ズワイガニ、ケガニの外部形態を参考にした分類方法は、近年の遺伝子解析の結果からも支持されています。
このような「2つのはさみ、長い足、丸い胴体」というカニの姿を真似る収斂進化は、シャコやヤドカリなどを含む甲殻類の仲間で少なくとも5回起こったことが分かっています。海の環境と甲殻類の身体の構造という条件を照らし合わせると、カニの形がとても理にかなっているのかもしれません。
おわりに
今回はハヤブサとトビを入口に、分類学や収斂進化について学びました。
生き物たちの収斂進化は、分類学者を惑わすほど精巧なものでした。筆者もハヤブサがタカよりもインコやスズメに近い仲間と知ったときは衝撃的でした。特定の環境でベストパフォーマンスを発揮するためには、一定の法則があるのかもしれません。
生き物たちが進化して身体の構造を変化させるために数万年~数十万年という長い年月が必要です。しかし、私たちヒトは生き物の形を真似た道具を作ることで、その生き物たちのパフォーマンスをそのままに(もしくは、さらに効率よく)発揮することができます。生き物たちをその環境に棲む先輩として敬い、観察することでより便利な人間社会を実現できるかもしれません。
参考資料
叶内拓哉. ヤマケイハンディ図鑑7 新版 日本の野鳥 山溪ハンディ図鑑. (山と溪谷社, 2013).
Keiler, J., Wirkner, C. S. & Richter, S. One hundred years of carcinization – the evolution of the crab-like habitus in Anomura (Arthropoda: Crustacea). Biol. J. Linn. Soc. 121, 200–222 (2017).
高野伸二. フィールドガイド 日本の野鳥. (日本野鳥の会, 1982).
Prum, R. O. et al. A comprehensive phylogeny of birds (Aves) using targeted next-generation DNA sequencing. Nature 526, 569–573 (2015).
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