優雅に舞う毒蝶ジャコウアゲハの影響力
10月のある日、秋の空気を感じながら自然観察園を歩いていると、目の前を黒色の蝶ジャコウアゲハがふわりふわりと横切りました。
葉にとまった個体を観察すると、翅や胴体に赤い斑点があり、とても鮮やかな外見です。
それにしても、間近で注視しても全く逃げる素振りがありません。
自然観察園には、ヒヨドリやシジュウカラなど蝶を食べる捕食者がいるにもかかわらず、飛び方然り、ずいぶんと気の抜けた様子です。
実は、ジャコウアゲハは体内にアリストロキア酸という猛毒をもつ毒蝶なのです。
ジャコウアゲハを食べた鳥は中毒となり、胃の内容物を吐き出し、学習して二度と食べることはないとのこと。
一見、緊張感なく飛んでいるようで、実は毒蝶であることのアピールだったのですね。
ちなみに昆虫食が趣味の知人は、ジャコウアゲハの成虫の腹部を食べたところ、激しい嘔吐、腹痛、全身に蕁麻疹、発熱などこの世のありとあらゆる苦痛を経験しました。
※皆さんは絶対に食べてはいけません。
自然観察園には、ジャコウアゲハにそっくりなクロアゲハという蝶もいます。
クロアゲハは無毒なのですが、毒蝶であるジャコウアゲハの容姿を真似ることで捕食者に狙われにくくしていると言われています。
この様に、無害な種が有害な種を模倣することを「ベイツ型擬態」と言います。
ベイツ型擬態は、今から約150年前、南米アマゾンの無毒・有毒な蝶のペアを例にイギリスの博物学者ヘンリー・ウォルター・ベイツによって発表され、以降、ベイツ型擬態の例が様々な分類群から報告されました。
しかし、それらはあくまで進化の結果であり、無害が有害を模す様子をリアルタイムに観察する例はほとんどありませんでした。
2017年、日本の研究者が世界で初めて無毒蝶のリアルタイムなベイツ型擬態の進化を発見しました。
もともと日本に分布していなかった毒蝶ベニモンアゲハが、1967年以降に熱帯アジアから八重山諸島、宮古諸島、そして沖縄本島へ順番に進入し始めました。
すると、毒蝶ベニモンアゲハの進入とほぼ同時期に、在来の無毒蝶シロオビアゲハの翅の模様が変化しはじめ、年々ベニモンアゲハの模様に近づいていったのです。
私はジャコウアゲハを見るたびに、ジャコウアゲハを食べるのを我慢する野鳥たち、食べられないようにジャコウアゲハを模すクロアゲハ、そしてジャコウアゲハを食べて苦しむ知人を想います。
多方面に大きな影響を与える毒蝶ジャコウアゲハ。
ふわりふわりと優雅に舞う美しい姿を是非ご覧ください。
参考資料
Bates, henry walter. Contributions to an insect fauna of the Amazon valley (Lepidoptera: Heliconidae). Biol. J. Linn. Soc. 16, 41–54 (1981).
藤原晴彦. だましのテクニックの進化 ―昆虫の擬態の不思議―. オーム社 (2015).
Katoh, M., Tatsuta, H. & Tsuji, K. Rapid evolution of a Batesian mimicry trait in a butterfly responding to arrival of a new model. Sci. Rep. 7, 1–7 (2017).
小池リョウ. 【危険】有毒昆虫ジャコウアゲハを食べて苦しんだ話 | 昆虫食ポータルサイト むしくい. https://mushikui.net/?p=4718 (2019).