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浜松ミクロ散歩「ガーベラ」後編 ~花のミクロな美しさ~

はじめに

「もっと浜松のこと知りたい!」
好奇心旺盛なスタッフが浜松科学館を飛び出して浜松各地を訪問。
訪問先で出会った方々とふれあい、こだわりの名物などを科学館の電子顕微鏡で観察して、ミクロから浜松を探っていく企画です。

今回は浜松PCガーベラさんでガーベラを栽培する様子や、出荷までの工程を取材しました。ご案内いただいた鈴木誠さんのガーベラへの熱い想いが感じられる取材記事はこちらから。

この記事では、浜松PCガーベラさんからご提供いただいたガーベラを浜松科学館の電子顕微鏡で観察しながら、ガーベラの「美しさ」についてご紹介したいと思います。

浜松市はガーベラの生産量が日本一。お花屋さんはもちろん、母の日や誕生日などの贈り物、入学式や結婚式でのイベントで見かけたり、手にしたことのある人も多いと思います。

「ガーベラってキレイだね!」

浜松PCガーベラさんからご提供いただいたガーベラ

そうです、ガーベラはキレイなのです。筆者も浜松PCガーベラさんで数十種類の品種の見学や収穫を通して、ガーベラの魅力を実感しました。

さらに科学館に戻り電子顕微鏡で観察すると、ガーベラは「キレイだね!」の一言で片づけるにはもったいない「美しさ」や、それらを裏付ける「機能美」を備えていることに気がついたのです。

これを知ったらガーベラを見たくなること間違いなし!
ガーベラのミクロな世界の魅力をご紹介します。

ガーベラをじっくり観察しましょう

【花】小さな花の集まり

ガーベラはキク科ガーベラ属の総称です。キク科植物には、キク、ヒマワリ、アザミ、フキ、タンポポなど馴染み深い種が数多くあります。

まずは、ガーベラの基本的な花の構造を観察してみましょう。

1輪のガーベラ。
大小の花びらがぎっしりと詰まっている

中央付近と、より外側からそれぞれ花びらを1枚ずつ採取してみました。
花びらを電子顕微鏡で見てみると…

左の花に雄しべ、右の花に雄しべ&雌しべがある。
1輪の外側ほど花が成熟している

左の写真は中央付近から、右の写真はより外側から採取したものです。

左の写真には、花びらに包み込まれるように2つに裂ける物体がありました。その隙間から粒状の花粉がこぼれているのが分かります。この物体は花粉を作る「雄しべ」です。

右の写真にも中央に雄しべがあり、さらに雄しべからニョキっとブラシ状の物体が生えていました。
ブラシ状の物体を拡大して見ると…

花粉がついた雌しべ

ブラシ状の物体にたくさんの花粉が付着していました。
この物体は花粉を受け取る「雌しべ」です。
どうやら1輪の外側から花が咲き、外側ほど成熟しているようです。

花びら1枚1枚には雄しべや雌しべがありました。
つまり花びら1枚に花としての機能一式があり、それぞれが花であると言えそうです。一見するとガーベラは一つの花のように見えますが、たくさんの小さな花の集合体だったのですね。

【花びら】凹凸で昆虫へアピール

雄しべは遺伝子情報が詰まった花粉を作ります。雌しべは花粉を受けとり、花粉の遺伝子情報は胚珠(種子のもと)へと運ばれます。この一連の現象が、いわゆる受精です。雄しべと雌しべには生殖器官としての役割があるのです。

では、花びらにはどんな役割があるのでしょうか?

推察する前に、まずは観察してみることにしましょう。
大きめの花びら1枚を選び、電子顕微鏡で見てみると…

花びらの表面構造(35倍)

長さ2cm程の花びらが、まるでサーフボードのように見えます。

さらに拡大してみましょう。

花びらの表面構造(300倍)

おお!表面は平滑ではなく、凸凹しています。

1000倍まで拡大すると…

花びらの表面構造(1000倍)

凹凸の1山1山に微細なひだが刻まれていました。

実はこの花びらの表面構造は、花粉を運んだり、受け取ったりする受粉のプロセスと密接に関係していると考えられています。

花は、花粉のやり取りを行う方法によって主に2つに分けられます。昆虫や鳥、コウモリなどの動物に運んでもらう「動物媒花(ばいか)」と、風で運ぶ「風媒花」です。以下に、それぞれのメリット・デメリットを紹介します。

◆ 動物媒花
動物媒花は、動物に花から花へ花粉を直接的に運んでもらうため、受粉の成功率が高く、生産する花粉も少量で済みます。その代わり、動物たちに花へ訪れてもらうために報酬(蜜)を用意しなければなりません。

受粉に昆虫や鳥などを利用する「動物媒花」

◆ 風媒花
一方の風媒花は報酬(蜜)を用意する必要はありません。ただし受粉の成功は文字通り「風頼み」ですので、受粉の成功率を高めるために大量の花粉を作らなければなりません。

受粉に風を利用する「風媒花」

なるほど、動物媒花には報酬、つまり対価が必要なのですね。
しかし、実はそれだけでは不十分なのです。

現在地球上で確認されている陸上植物は約40万種。その中で被子植物は約35万種。そして被子植物の約9割は動物媒花が占めます。ガーベラも動物媒花に含まれます。

陸上植物種の9割を占める被子植物。
そのほとんどが動物の力を受粉に頼っている

つまり、大半の植物たちは個体数に限りのある動物たちの奪い合いをしている状態です。動物たちに花の存在を認知してもらい、さらに気に入ってリピートしてもらえるように努力しなければなりません。

◆ 美味しい蜜がありますよ!
花びらの凹凸は、昆虫たちに花の存在をアピールするための手段であると考えられています。
外部から入射した光は、花びら表面の凹凸間で反射して、花の内部へ取り込まれます。そうすることで花の発色性がより高まり、昆虫へのアピールに繋がります。

花びら表面の凹凸によって発色性が高まり、昆虫へのアピールになる

居心地の良い食事の場を提供します!
花びらの凹凸は、昆虫たちの足場の役割を果たします。
昆虫の訪花頻度が高い地域と、鳥の訪花頻度が高い地域の花びらの表面構造を比較した研究では、昆虫優占の地域では凹凸がある傾向があり、鳥優占の地域では平滑になる傾向がありました。鳥優占の地域では花に昆虫が訪れる頻度が低いために、自身の花に訪れた昆虫が他の花に訪れる可能性(=受粉の可能性)は低くなります。そこであえて昆虫にとって居心地の悪い環境を作ることで、鳥に依存する作戦をとっていると考えられます。

花びら表面の凹凸は昆虫にとっていい足場になる

美味しいラーメン、美味しいケーキなどを作る飲食店があったとしても、人々に認知されなかったり、店内の居心地が悪いと潰れてしまうことがあります。ガーベラの花びらは、昆虫たちへの広報&内装管理の役割を担っているのですね。
そして昆虫たちへのアピールは、私たち人間にも効果てきめん!
見事に酔いしれています。

【花の数列】たくさん咲かせるための工夫

ガーベラは、たくさんの小さな花が集まった花の集合体でした。ガーベラにとって、将来、種子になる花を「たくさん」作ることは、自身の子孫をより多く残す上で重要な仕組みと考えられます。

よくスーパーなどで「詰め放題」の企画が催されますね。1枚の袋という限られたキャパシティで、どうすればより多くのターゲットを持ち帰ることができるのか?ガーベラのような集合花も、1輪という限られた面積でより多くの花を咲かせるように「詰め放題」にチェレンジしていると言えそうです。

詰め放題攻略の鍵は「規則性」

詰め放題攻略の鍵は「規則性」です。
詰める対象にもよりますが、向きをそろえたり、互い違いにしたり、1段目2段目3段目のように行と列を意識したり、規則性をもたせて整理整頓することでより大量のターゲットを詰めることができます。

ガーベラの花には「フィボナッチ数列」という規則性があります。
いきなり難しい言葉が出てきました。フィボナッチ数列って何?

とりあえず数列の話は置いておいて、花を観察してみましょう。
1輪の中心部分を電子顕微鏡で見てみると…

ガーベラの中心部分

規則正しく螺旋状に渦を巻いているのが分かりますでしょうか?

右巻きは21列。

ガーベラの中心部分。右巻きの螺旋は21列

左巻きは34列あります。

ガーベラの中心部分。左巻きの螺旋は34列

この「21」「34」という2つの数字はフィボナッチ数列に関係しています。

フィボナッチ数列はイタリアの数学者レオナルド・フィボナッチが広めた数列です。数式を使わずに簡単に表現すると、0, 1から始まり、前2つの対象を足してできる数の並びです。
具体的には、

0, 1, 1, 2, 3, 5, 8, 13, 21, 34, 55, 89, 144, 233, 377, 610, 987, 1597, 2584, 4181…

となります。
「0」「1」から始まり、それ以降は前2つの対象を足していくと、「0+1」「1+1」「1+2」「2+3」「3+5」となり、それぞれ「1」「2」「3」「5」「8」となります。

フィボナッチ数列の中にガーベラの花で数えた「21」「34」がありますね。

0, 1, 1, 2, 3, 5, 8, 13, 21, 34, 55, 89, 144, 233, 377, 610, 987, 1597, 2584, 4181…

ガーベラを含むキク科植物の集合花の多くは、フィボナッチ数列に則って螺旋状に規則正しく花を配置することで、できるだけたくさんの花を咲かせているようです。

近年、ガーベラのフィボナッチ数列で描かれる螺旋が作られる仕組みが海外の研究で明らかになりました。その研究内容を約1分にまとめた動画ありますのでぜひご覧ください ↓

研究者たちは花が作られる際に放出される植物ホルモン:オーキシンの発現に注目しました。まだ花が付く前の円盤状のガーベラでオーキシンが発現する部分を観察すると、まず外縁に1箇所オーキシンが発現することを確認しました。時系列的に観察すると、一定の角度を保ちながら、2箇所、3箇所、5箇所とフィボナッチ数列に則って発現していました。また新しくオーキシンが発現する部分は、ガーベラの外縁からより内側へ移動し、発現した後には外縁の隣り合った発現箇所の間で、より古い箇所に近づくように移動する性質があることを発見しました。

上記の性質が繰り返されると、ガーベラの外縁の花の配置はギザギザした形に固定されます。その後はこのギザギザに合わせて中央へ向かって花を配置していくだけ。花の形成はまるでプログラムのように規則正しく動作していますね。

私たちはガーベラを見た時に、フィボナッチ数列の螺旋を認識していないと思います。しかし、歩道に敷き詰められたブロックや、お風呂場のタイル、服、建築物などの規則的な幾何学模様から、知らず知らずのうちに美しさを感じるように、ガーベラの規則性からも無意識のうちにデザインされた「美しさ」を受け取っているのかもしれません。

【種子】美しい花にはトゲがある

鈴木誠さんのインタビューで特に印象に残ったことは、ガーベラの種子(正確には果実)は綿毛であるというお話でした。花の状態でしか馴染みのない筆者にとって、とても意外なお話でした。

果たしてガーベラの種子は本当に綿毛なのでしょうか?
浜松PCガーベラさんからいただいたガーベラを、花が咲き終わった後も保存して経過観察してみました。すると鈴木誠さんが教えてくれたとおり、綿毛つきの種子が収穫できたのです!

種子を電子顕微鏡で見てみると…

ガーベラの種子には綿毛がある

確かに綿毛ですね!

キク科植物には、ガーベラを含め、タンポポ、フキなど、種子の一部が綿毛になる種が多く存在します。ここからは、ガーベラの種子とよく似た形態をしているタンポポの種子の研究例を挙げながら、ガーベラの種子の形態的な意義について推察していきたいと思います。

試しにガーベラの種子をフーと吹いてみると…

タンポポのように舞うガーベラの種子

フワフワと舞っていきました。
そもそも、綿毛はどのような仕組みで風に舞い上がるのでしょうか?

実は過去のnote記事でタンポポの綿毛が風に漂う仕組みを紹介しています。

タンポポの綿毛とその周囲の空気の流れ

タンポポの綿毛は、上昇気流にあたることで大きな空気抵抗が生まれ、綿毛全体が吹き上げられます。そして綿毛の上部にできる渦の輪によって空気が内から外へ流れることで、綿毛上部の空気の圧力が低下し、綿毛をさらに上へ引き上げます。渦が常に発生することで、綿毛は長い浮遊時間を得ることができるのです。

タンポポの種子では、理論上では1km以上移動できることが明らかになっています。また別のキク科植物の種子は、150 ㎞も移動することが観察されています。野生のガーベラの種子も、綿毛によって長距離移動が可能になっていると考えられます。

ガーベラの綿毛を拡大してみると…

ガーベラの綿毛。トゲトゲしている

うわ!トゲトゲ!漫画の悪役が持ってる鞭のようです。
前述のとおり、綿毛には風に漂い、分布を広げる役割があります。一方で、あまりに風に飛ばされやすいと、種子が成熟する前に飛んでしまい、子孫を残すことができなくなる可能性もあります。タンポポの種子は、このトゲトゲを利用して綿毛同士で絡まり合うことで、未成熟な内は植物に留まるように工夫していると考えられています。もしかしたら、ガーベラの綿毛のトゲにも同様の役割があるのかもしれません。

次にガーベラの痩果(そうか:種子本体が包まれている部分)を拡大してみると…

ガーベラの痩果。トゲトゲしている

ここにもトゲトゲがありました!
風に飛ばされて漂う綿毛。遠くへ飛ばされるのは良いものの、地面に着地しても風に流され続けては、いつまでたっても発芽できず本末転倒です。
タンポポの痩果のトゲには、地面に着地した際に、自身をその場に固定するための役割があると考えられています。まるで船の錨(いかり)のようですね。野生のガーベラたちも痩果のトゲによって命を繋いできたのかもしれません。

ガーベラの痩果のトゲには、自身を地面に固定する役割があるのかも

「美しい花にはトゲがある」というと、バラのように外敵から身を守るイメージがあると思います。一方でガーベラのトゲには、種子の未成熟&成熟をコントロールしたり、子どもに地に足をつけさせたりと、次世代の子孫を残すための役割があることが示唆されました。

ガーベラのトゲは、とても優しいトゲのようです。

おわりに

「ガーベラってキレイだね!」
そうです、ガーベラはキレイなのです。

1輪のガーベラにはたくさんの小さな花がギュッと集まっていました。花としてのボリューム感が増すだけでなく、フィボナッチ数列に習って幾何学的な模様が描かれていました。

花びらたちは、昆虫たちを誘うために、表面に凸凹構造を形作り、その鮮やかな発色性は私たち人間をも虜にします。

そして花が咲いた後も、子孫を残すために種子にトゲを作り、慈愛に満ちていました。

ミクロな世界のガーベラには、「ガーベラってキレイだね!」の一言で片づけるにはもったいない、物理的な美しさ、数学的な美しさ、子を想う美しさがありました。

先人たちは、これら生命としての美しさを備えたガーベラという植物から多種多様な美しい品種を生み出してきました。そして現在も品種改良され、浜松PCガーベラの農家さんたちの手で盛んに品種の選抜や栽培、出荷が行われています。

筆者はこの記事を書くにあたり、浜松市内のお花屋さんやドライフラワー屋さんを巡りました。そして、それらの店舗には必ずガーベラが置かれていました。これを機に、ぜひガーベラを手にとってみてください。そして、見た目の美しさを存分に楽しんでいただき、ミクロな美しさに思いを馳せてみてください。

◆ 参考資料

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Moyroud, E., & Glover, B. J. (2017). The physics of pollinator attraction. New Phytologist, 216(2), 350–354. https://doi.org/10.1111/NPH.14312
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Whitney, H. M., Bennett, K. M. V., Dorling, M., Sandbach, L., Prince, D., Chittka, L., & Glover, B. J. (2011). Why do so many petals have conical epidermal cells? Annals of Botany, 108(4), 609–616. https://doi.org/10.1093/AOB/MCR065
Zhang, T., Cieslak, M., Owens, A., Wang, F., Broholm, S. K., Teeri, T. H., Elomaa, P., & Prusinkiewicz, P. (2021). Phyllotactic patterning of gerbera flower heads. Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America, 118(13), 1–11.

◆ 取材協力&試料提供

浜松PCガーベラ

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