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コウモリは手のひらで空を飛ぶ。

生き物たちが動き始める啓蟄(けいちつ)が過ぎ、自然観察園のオオシマザクラも咲き始めました。いよいよ本格的な春到来!といった感じですね。

コウモリの指は翼の一部

今月下旬には冬眠していたコウモリたちも活動を開始することでしょう。自然観察園が位置する浜松の市街地では、主にアブラコウモリを見ることができます。

アブラコウモリは、私たちヒトと同じ哺乳類に属します。夜間に池の水面や畑など開けた場所を飛翔しながら、飛んでいるハエやカメムシなど小型の昆虫を捕食します。人家の瓦の下や戸袋の中などの建物の隙間を、4~10月の活動期間中はねぐらとして、11~3月の期間は冬眠場所として利用します。

そんな意外と身近な動物コウモリ。
突然ですが、何も見ずにコウモリの絵を描いてみてください。

はいはい、コウモリね。簡単ですよ。
黒くて、頭と胴体があって、翼と足が…。あれ?不安になってきました。
前足があって、空を飛ぶための翼があって、ぶら下がるための足があって…こんな感じ?

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うーん、可愛く描けていますが、残念ながらこの絵は間違っています。
コウモリの翼は、翼と手がそれぞれ独立していません。手も翼の一部なのです。翼は、肩から親指を覆う前膜、指と指の間の手膜、前足から後足を覆う体側膜、足と尾をつなぐ尾膜の計4枚の膜で出来ています。

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哺乳類で同じく空を飛ぶムササビやモモンガは、上の誤ったコウモリの絵と同じ体の構造をしていて、手と胴体の間の膜で空を飛びます。しかし、コウモリほど複雑な翼ではないので、樹と樹の間を滑空することしかできません。

改めてコウモリの翼とヒトの手を並べて比較してみましょう。

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コウモリにはヒトや他の哺乳類には無い薄くて大きな飛膜があります。

コウモリの飛膜は、主に「fgf10」という名前の遺伝子が寄与して、前足や後足付近の筋肉が肥大化、膜状化することによって形作られることが分かっています。他の哺乳類では起こらない遺伝子の発現によって飛膜が作られ、コウモリの飛翔が可能になっているのでしょう。

パンダは7本の指でササをつかむ

視線を落とすと、地面にササの仲間が生えていることに気が付きました。

ササやタケの仲間は世界中のどこにでも生えているわけではなく、主に東アジアに分布します。私たちの身の回りの竹林環境や、竹細工、チマキやラーメンのメンマ、タケノコご飯などは欧米には無い文化です。

さて、日本には生息していませんが、このササを主食にする有名な動物としてジャイアントパンダが知られています。動物園で人気者のジャイアントパンダ。白色と黒色のツートンカラーで、独特な模様と丸い身体が可愛らしいですよね。

ジャイアントパンダ(以下、パンダ)は、私たちヒトや先のアブラコウモリと同じ哺乳類綱に分類され、その中のクマ科に属します。

日本でクマというと、北海道と本州にそれぞれ生息するヒグマ、ツキノワグマがいます。クマ科の大きな特徴は、4本の太い足と、その先に生える立派な爪です。この足を駆使して、樹に昇って果実やドングリを食べたり、穴を掘ってアリやハチを食べたり、冬眠のための巣穴を用意します。

筆者は長野県に住んでいた頃に地上7~8mのアカマツの幹にツキノワグマの爪痕が付いているのを見たことがあります。アカマツの隣にキウイフルーツの原種であるサルナシという美味しい果実のツルがありましたので、それを食べに登ったのでしょう。クマはとても木登りが上手なのです。

さて、話をパンダに戻しましょう。
コウモリのついでに、ササを食べるパンダの絵を描いてみてください。

はいはい、パンダとササね。
ガシッとササを持たせて… はい!こんな感じ。

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うーん、何だか目つきがいやらしいですね。
あと残念ながらコウモリと同じくここでも手の部分が間違っています。パンダは私たちの手とは異なり、親指が他の4本の指と向かい合っておらず、5本の指が平行に寄り添っているのです。

クマ科に属する動物たちは、屈強な足と丈夫な爪を持ち、樹を昇ったり、穴を掘ったり、時には種内で戦ったりすることに特化しました。その一方で5本の指は同じ方向で固定され、物を握るような繊細な動きが出来なくなってしまったのです。

例えば北海道土産で有名な木彫りのクマ。これはヒグマが秋に遡上したサケを捕まえる様子を表したものですが、どのクマもサケを口にくわえていますよね。クマは物を掴めませんので、片手で魚を掴み「とったどー」とポーズしている木彫りはないのです。

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一方で同じクマの仲間のパンダは、易々とササをつかみ、美味しそうにほおばっています。どういうことでしょうか?

50万年以上の昔、雑食性であっただろうパンダの祖先は、目の前に生い茂るササを見つめていました。他の動物も餌としてあまり利用しないササを主に食べる道を選べば、競争相手もなくのんびりした日々を過ごすことが出来るかもしれません。そんなモチベーションでパンダの祖先はササを食べはじめたと考えられています。

しかし、物をつかむことができない5本の頑丈な指は、ササを食べるには不向きでした。そこで、パンダは手首のあたりにある橈側種子骨(とうそくしゅしこつ)と、副手根骨(ふくしゅこんこつ)という骨を肥大化させ、新たに指のような突起を2つ作りました。下にパンダ、アメリカクロクマ、ヒトの左手の図がありますのでご覧ください。

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もともとの橈側種子骨には、腕から伸びる筋肉をボンドのように固定する役割しかありませんでした。そのため、クマ科最大種のヒグマでさえ5 mmにも満たない小さな骨です。一方、ヒグマよりも小柄なパンダの橈側種子骨の長さは40 mm以上!パンダの橈側種子骨がいかに大きいかが分かります。

こうしてパンダは、もともとあった5本の指を手のひらの内側に折り曲げ、新たな2本指でササを挟み込むように固定することで、ササを効率的に食べることが出来るようになったのです。

おわりに

今回はコウモリとパンダをとおして、それぞれの生活様式の変化にあわせた手の形態的な進化を見てきました。

コウモリの翼と、パンダの新たな2本の指。

私たちにとって、これらは思いもつかないような劇的な進化に思えます。しかし、生き物たちの進化の多くは、無から有を生み出すことはなく、既存の構造を変化させることで起こります。「哺乳類の指の本数は5本」※。この大前提(ルール)を崩さずに、コウモリは筋肉の一部を薄く伸ばして翼を作りました。パンダも5本指はそのままに、手首の骨の一部を肥大化させました。
※ネズミやウマのように、退化して指の本数が少なくなることはあります。

仮に、コウモリが4本の足とは別に新たな翼を作ったり、パンダが新規の親指を生やしたりするとすれば、新たな複数の遺伝子が同時に発現し、それらが機能的に働く必要があります。このような進化が起こる確率は非常に低いと考えられます。

私たちの生活の中で不自由に感じることも、見方や使い方を少し変えるだけで、これまでとは全く異なったパフォーマンスを発揮することが出来るかもしれません。

生き物たちの進化から、ローコストかつ機能的に変化することの奥深さを学ばせていただきました。春の陽気に目覚めたアブラコウモリを見かけたら、5本の指とその間の飛膜に思いを馳せてみてください。

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参考資料
Davis, D. D. The giant panda : a morphological study of evolutionary mechanisms. (Chicago Natural History Museum, 1964). doi:10.5962/bhl.title.5133.
遠藤秀紀. パンダの死体はよみがえる. (筑摩書房, 2013).
コウモリの会. コウモリ識別ハンドブック 改訂版. (文一総合出版, 2011).
Tokita, M., Abe, T. & Suzuki, K. The developmental basis of bat wing muscle. Nat. Commun. 3, 1–9 (2012).

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