何に巻き付く? ヤブガラシのスマートな生存戦略
はじめに
秋も終盤。そろそろ大掃除を計画する方も多いのではないでしょうか?
自然観察園ではボランティアの皆さんとゴミ拾いや樹木の剪定など、「整備活動」という名の大掃除をしています。
整備活動の目的は大きく2つです。
しかし、2つの目的が時として相反することがあります。その1例が今回の記事の主役「ヤブガラシ」です。
ヤブガラシはブドウ科の1種。
5枚一組の複葉をもつ、つる植物です。周囲に巻き付く性質があり、巻き付いた植物を枯らしてしまう程の勢いで繁茂することから「藪枯らし」の名が付けられました。お家に生垣や庭、畑があれば「あぁ、あの厄介な雑草ね…」と心当たりがある方も多いと思います。
自然観察園のヤブガラシは繁茂するままに放っておくべきか、それとも外観的に良くないことから刈り取るべきか、なかなか悩ましい問題です。
整備活動では「ツツジの生垣に生えるヤブガラシだけを刈り取る」という折衷案をとることにしました(春にまた生えてきますけどね…)。
さて、せっかく罪の無いヤブガラシを刈り取らせていただくのですから、何かデータをとってヤブガラシ供養としてみましょう。
そうですね…。例えば「ヤブガラシはどんな植物にツルを巻いているか?」なんて調べてみると面白いでしょうか。
もしかしたら迷惑な存在のヤブガラシにも、巻き付く相手に好き嫌いがあるかもしれません。それが分かれば、ヤブガラシ刈りが無くなるのも夢ではないかも!?
ではでは、さっそく調べていきましょう。
ヤブガラシは何に巻き付いている?
まず、自然観察園に生えるヤブガラシの株数を数えてみると「5株」でした。この5株について、株毎に何に巻き付いているのかを調べ、その箇所の数を記録しました。
その結果が下のグラフです。
なるほど、生垣のツツジに生えるだけあって圧倒的にツツジが多いことが分かりました。つるはツツジの枝や葉などに容赦なく巻き付いていました。
他にはアケビにも巻き付いていました。アケビはヤブガラシと同じつる植物です。植物だけでなく、支線ガードにも巻き付いている株がありました。支線ガードとは、電柱を支えるためのワイヤーにカバーしている虎模様のアレです。
このデータだけを見ると、ヤブガラシは植物に限らず、近場にあるものならば手あたり次第巻き付くように感じます。「陣地拡大の為ならば、何でも利用してやる!」という野心家な印象です。
これにて調査終了…とその前に、他のつる植物も念のために調べてみましょう。例えば、先ほど登場したアケビの場合はどうでしょうか?比較することで、ヤブガラシ調査だけでは気づかなかった他の何かが見えてくるかもしれません。
アケビ、調べてみましょう!
アケビは何に巻き付いている?
アケビはアケビ科の1種。
ヤブガラシと同じく5枚一組の複葉をもつつる植物ですが、アケビの葉には鋭いギザギザ(鋸歯)が無いことで簡単に区別できます。秋に紫色の実がなり、中の果肉部分を食べるとほんのりとした甘みがあります。
アケビも株毎に何に巻き付いているかを記録します。
アケビはつるの先端が植物に巻き付き、つるだった部分が樹のように太くなります。そのため、アケビでは巻き付き箇所を明確にカウントすることが難しいです。そこで、アケビが1周以上巻き付いている植物の種名を記録しました。
下のグラフが結果です。
なるほど、アケビも様々な植物を利用して陣地拡大を図っているようです。背の低いマンリョウやツツジから始まって、成長した個体はムクノキやクロガネモチなど背の高い樹木も利用しています(何だか様々な植物種に絡まれているツツジが可哀そうになってきました…)。
そして全ての株で巻き付いていたのがアケビです。
再び現地で確認すると、確かに同種であるアケビ同士で絡まり合っています。アケビは自種を含む周囲の植物に巻き付く性質があるようです。
つる植物は身の回りの植物を足掛かりとして利用するために巻き付きます。逆に言えば、一番身近にいる自身や、同じような環境を好む同種に巻き付くのは必然かもしれません。
ん?ちょっと待ってください。
ヤブガラシのデータをもう一度見てみましょう。
意外にも、ヤブガラシが自身や自種の他株に巻き付いた場所は"1箇所も"ありませんでした。
これは偶然でしょうか?それとも必然?
ヤブガラシに一体何が起こっているのでしょうか?
ヤブガラシは自種への巻き付きを避ける
国内の研究者によって、ヤブガラシのスマートな生存戦略が明らかになっています。
ヤブガラシのつるが何に巻き付くかの実験を、竹の棒、ヤブガラシの葉、他種の葉(オオアレチノギク、ナンバンカラムシ、エノコログサ、セイタカアワダチソウ、クズ)に行いました。すると、ヤブガラシの葉に巻き付く可能性は他の場合よりも有意に低かったのです。
次に、予めヤブガラシのつるを巻き付けておいた竹の棒を、他種の葉を巻いた棒と別のヤブガラシの葉を巻いた棒にすり替える実験を行いました。他種の葉を巻いた棒では、つるは巻き付いたままか、巻き付きがより強くなりました。一方、ヤブガラシの葉を巻いた棒の場合、巻き戻しの運動が起こり、つるが真っすぐに伸びたのです。
これらの実験によって、ヤブガラシのつるは自身を固定するだけでなく、触れることで自種と他種を識別するセンサーであることが分かったのです。
一般的に植物たちは光を葉に浴びることで、光合成をして栄養分を作ります。
「光」と「空間」は植物たちの成長や、より多くの子孫を残す上で重要な資源です。つる植物はこれらの資源を求めるように周囲に巻き付いて生息スペースを広げていきます。ヤブガラシの「自種に巻き付かないこと」は、効率的に生息スペースを広げ、より多くの光や空間を獲得することに繋がるのでしょう。
どんなものにも巻き付く野心家と思われたヤブガラシ。
実は効率的に、そしてスマートに陣地を広げるやり手な植物だったのです。
おわりに
ヤブガラシの研究にはさらに続きがあります。
上記の実験を行った研究者は、ヤブガラシはどの植物にも巻き付くわけではなく、カタバミという同じく道端に生える草には巻き付かないことを観察しました。ヤブガラシとカタバミの共通点は「シュウ酸」という物質を多く含むということ。
そこで、シュウ酸を含む植物の葉(ホウレンソウ、ムラサキカタバミ、ギシギシ、ヤブガラシ、タロイモなど)でヤブガラシの巻き付き実験を行うと、シュウ酸の量と巻き付きの程度には負の相関があることが分かりました。
また別の研究では、ヤブガラシは自種の中でも自身の株と他人の株を識別し、自身の株でより巻き付きづらくなることが分かっています。
これらの研究によって、つる植物の「つる」が外部環境を知るためのセンサーになり得ることが、ヤブガラシの研究によって世界で初めて明らかになりました。
私は一連の論文を読み、とても身近で、よりによってあの厄介者のヤブガラシからこんなにも面白い現象が発見されたことに驚きました。
今回の記事では、論文の内容にそって観察を行い、ヤブガラシの性質を体感してみました。
もしかしたら、あなたの庭先に生える草にも、誰も知らない驚きの発見が隠れているかもしれませんよ。
参考資料
Fukano, Y. & Yamawo, A. Self-discrimination in the tendrils of the vine Cayratia japonica is mediated by physiological connection. Proc. R. Soc. B Biol. Sci. 282, (2015).
Fukano, Y. Vine tendrils use contact chemoreception to avoid conspecific leaves. Proc. R. Soc. B Biol. Sci. 284, (2017).