鼻がムズムズ…。けれど花粉は面白い!
そろそろスギ花粉の舞う季節がやってきますね。
今回は、花粉症の方には憎き存在、「花粉」に注目したいと思います。
そもそも花粉はどんな形?
植物の種によって花粉の形は違うの?
そんな素朴な疑問を明らかにしていきたいと思います。
タンポポの花粉をみてみよう
浜松科学館自然観察園を歩いているとセイヨウタンポポが咲いていました。
冬の茶色な景色の中で、鮮やかな黄色がとても映えます。
タンポポの仲間のほとんどは、春~夏に開花しますが、本種は一年中花を咲かせます。
通常、花には「雄しべ」と「雌しべ」があり、雄しべで作った花粉が、雌しべに付くことで種子が出来ます。
試しにセイヨウタンポポの雄しべと雌しべを観察してみましょう。
まるでライオンのたてがみのようなもっさりとしたタンポポの花。
どこが雄しべで、どこが雌しべなのでしょうか?
※タンポポは英語で「dandelion(ダンデライオン)」と言います。
由来はフランス語の「dent-de-lion」:「ライオンの歯」。ギザギザなタンポポの葉からライオンの歯を連想したそうです。
セイヨウタンポポ(以下、タンポポ)の花を解剖してみると、雄しべ、雌しべ、花弁が1セットになっていました。
実はこの1セットが、1つの花なのです。
クルンとカールしている部分が雌しべ、元の棒状な部分が雄しべ、それらを包むように5枚の花弁(5枚の花弁がくっついて見かけ上は1枚です)があります。
タンポポの花は、たくさんの花の集合体だったのですね。
今回は「花粉の観察」ですので、花粉がありそうな雄しべ・雌しべを浜松科学館自然ゾーン「でんけんラボ」の電子顕微鏡で拡大して観察してみましょう。
※以下にたくさんの花粉が集まった画像が登場します。
集合体恐怖症の方はご注意ください。
こちらが拡大したタンポポの雌しべと雄しべです。
針金のモールのような部分が雌しべ、その元のオクラのような部分が雄しべです。
雌しべにたくさんの粒が付いていますね。
この1粒1粒がタンポポの花粉なのです。
雄しべの先端からも作られたばかりと思われる花粉があふれ出ています。
倍率を上げて、花粉の形状を詳しく観察してみましょう。
こちらが雌しべに付着した花粉です。
右下の緑色の線分の長さが約100㎛(1mmの10分の1)ですので、花粉1粒の直径は30㎛くらいでしょうか。
球状で表面は凹凸。
そして凸面は小さなトゲで覆われています。
タンポポの花粉は、かなり複雑な構造をしているのですね。
スギの花粉をみてみよう
次にスギの花粉を観察して、タンポポの花粉と比べてみましょう。
花粉症の代名詞、スギ花粉はどの様な形をしているのでしょうか?
スギは自然観察園には植栽されていませんので、近所に植えられているスギを探してきました。
こちらがスギ、そしてスギの雄花です。
時期が早いため、雄花(茶色の粒)はツボミの状態です。
まだ花粉は放出されていません。
このツボミの中に新鮮な花粉があると推測されます。
雄花を1粒拝借して科学館に戻り、花粉を観察してみたいと思います。
とはいえ、筆者も雄花のどこに花粉が収められているのか分かりません。
試しに雄花を横半分に切断し、切断面を粘着テープに擦り付けてみました。
思惑どおりに花粉が粘着テープに付いていれば、電子顕微鏡で観察できるはずですが…。
こちらが粘着テープを拡大した様子。
ん?
粘着テープの表面がザラザラしていますね。
さらに拡大してみましょう。
!!!!!!!!!
粘着テープのザラザラは、隙間なくぎっちりと埋め尽くされたスギ花粉でした!
何という数でしょう。
見ているだけで鼻がムズムズしてくるのは筆者だけでしょうか?
調べによると、1粒のスギ雄花の中で40万粒の花粉が生産されるとのこと。
タンポポとは比較にならない量の花粉が作られているようです。
次に花粉1粒を拡大して、形を観察してみましょう。
こちらがスギ花粉の拡大画像。
直径は約25 ㎛、タンポポの花粉よりも一回り小さいですね。
形状は球体で、白玉だんごのよう。
表面構造は滑らかで、タンポポ花粉よりもずいぶんと単純な形をしています。
花粉の違いから、生き方の違いが見えてくる
タンポポとスギの花粉を比較することで、植物の種によって花粉の形・量が異なることが分かりました。
◆ タンポポ花粉
形:複雑
量:少ない
◆スギ花粉
形:単純
量:多い
花粉の形・量の違いは、どの様な要因から生まれたのでしょうか?
その秘密は「花粉の運ばれ方」にあります。
植物の多くは、花粉を自身の花から他の花へ、また他の花から自身の花へ運ぶことで受粉し、種子を作ります。
タンポポは、蜜を作り、ハチやチョウ等の昆虫を誘引します。
そして昆虫が蜜を吸う際に、昆虫の体に自身の花粉を付着させます。
花粉付きの昆虫が別の花へ訪れると、体に付着していた花粉がその花の雌しべに付き、受粉します。
一方のスギは、蜜を作りません。
代わりに花粉を風に飛ばすことで、花粉が雌花に届き、受粉します。
タンポポのように虫を媒介して受粉する花を「虫媒花」、スギのように風を媒介して受粉する花を「風媒花」と呼びます。
「虫媒花」は虫に花粉を運んでもらうため受粉の成功率が高く、生産する花粉も少量で済みます。
その代わり、花の蜜や凝った形状の花粉を用意するなど、受粉のために多くの準備を必要とします。
「風媒花」は花の蜜を作る必要はなく、花粉の形も単純なもので問題ありません。
ただ、受粉の成功は文字通り「風頼み」ですので、受粉の成功率を高めるために大量の花粉を用意する必要があります。
花粉の形や量の違いは、それぞれの植物の生存戦略の違いから生まれたものなのですね。
花粉症の原因は「風媒花」の花粉
もうお気づきかもしれませんが、花粉症の原因として知られているスギ、ヒノキ、シラカンバ、イネ科植物、ブタクサ、ヨモギ、カナムグラなどの植物は「風媒花」です。
全ての植物の花粉がヒトへ悪影響を与えるわけではなく、「風媒花」の花粉が花粉症の原因になり得るのですね。
今回ご紹介した花粉症の代名詞「スギ花粉」。
これは元来、ヒトが林業を目的として植えたスギから発生しています。
自分の首を絞める一見矛盾したような状況ではありますが、この問題を解決する糸口が見え始めています。
1992年、富山県で全く花粉を作らない「無花粉スギ」が発見されました。
それまで突然変異で雄花に生殖能力がなくなる現象は多くの植物で確認されていましたが、針葉樹では本報告が初めての例であり、世界的な大発見でした。
その後、他県でも発見された無花粉スギの株をもとに品種改良が進み、林業用の無花粉スギ品種が開発され、静岡県でも2012年から一部地域で無花粉スギ品種が植林され始めています。
おわりに
少量生産・百発百中系な「虫媒花」。
大量生産・下手な鉄砲数撃ちゃ当たる系な「風媒花」。
貴方はどちらの生き方が好みでしょうか?
生物学的・生態学的に言うと正解(良い・悪い)はありません。
敢えて定義するならば「生き残ること・子孫を残すこと」が正解です。
生存戦略としては、タンポポ、スギともに勝ち組なのですね。
嫌われ者の花粉を観察することで、植物のユニークで多様な生き方を垣間見ることが出来ました。
今回ご紹介した虫媒花、風媒花の他にも、鳥媒花や水媒花など様々な花粉の分散方法が存在します。
※近日中に鳥媒花をご紹介する予定です!
「あの花は何媒花かな?」
そんな視点で植物を観てみると、普段の散歩道も楽しく、違った景色に見えるかもしれません (^^♪
参考資料
環境省. 花粉症環境保健マニュアル Ⅱ . 主な花粉と飛散. https://www.env.go.jp/chemi/anzen/kafun/manual/2_chpt2.pdf.
SAITO, M. & TERANISHI, H. A breeding strategy of male sterile Cryptomeria japonica D. Don cultivars. Japanese J. Palynol. 60, 27–35 (2014).
※補足
セイヨウタンポポは基本的に単為生殖を行うため花粉がなくても種子を作ることが出来ます。スギは自家受粉と他家受粉の両方を行うことが出来ます。今回は便宜的に虫媒花と風媒花の例として紹介させていただきました。