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”ハレの日” は ”晴れの日” に。意外と自由度が高いツクシとタンポポの話。

タンポポの綿毛。
天気の良い日に「フー」と吹くと、気持ちよく飛んでいきますね。

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タンポポにとって綿毛を飛ばす日は、人間社会で言うところの「ハレの日」。
子供たちを旅立たせる特別な日です。

しかし、もしもその日に雨が降ってしまったら…
種子は雨粒で叩き落されて、遠くまで飛んでいくことができません。
一年をかけた子育ては、失敗に終わってしまうのでしょうか?

今回ご紹介する植物たちには、「晴れの日」を選ぶ特別な能力があるのです。

ツクシの胞子は湿度を感じとる

今の時期に自然観察園で観察できるツクシ。
正式な名前(標準和名)は「スギナ」と言い、分類学的にはシダ植物門※に属します。
※門は分類階級の一つです。前回のnoteにも出てきましたね。

スギナは胞子茎で胞子を作ります。この胞子茎のことを私たちは「ツクシ」と呼んでいます。ツクシは胞子を作って分散するための器官にすぎず、ツクシの他に光合成を行う栄養茎と呼ばれる緑色の茎があります。

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観察のためにツクシを縦半分に割ってみると、こんな感じ。

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帽子のような部位に粉状の胞子がぎっしりと詰まっていました。
さらに顕微鏡で胞子の1粒を拡大して観察すると…
胞子から4本の糸が伸びていました。
これは「弾糸(だんし)」と呼ばれる植物性の胞子特有の構造です。

ツクシの帽子のような部位は、よくみると六角形のブロックが積み重なったような構造をしています。胞子が成熟すると、ブロックとブロックの間に隙間ができます。そこをとおり過ぎる風を弾糸がつかまえて、胞子が旅立つのです。

スギナは胞子をできるだけ広範囲へ拡散させようと画策します。様々な環境へ子孫を配置することで、結果的に自身の遺伝子が後世へ残りやすくなるのです。

では、胞子を分散させる日が雨だったらどうでしょう?おそらく胞子はすぐに地面に叩きつけられてしまうことでしょう。

しかし、スギナはそんな過ちを犯しません。

スギナの胞子の弾糸には、湿度が低いと伸び、湿度が高いと小さくまとまる性質があります。

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この弾糸の伸縮の反応はとても素早く、弾糸が伸びた状態の胞子へ息を吹きかけると、吐息の水分に反応して瞬時に縮まります。
まるで胞子がクネクネと踊っているようです。
とても面白いので、機会がありましたら是非観察してみてください。

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雨の日は、胞子の弾糸は小さくまとまり、ツクシの中で静かにしています。太陽が出て湿度が下がると、胞子は弾糸をめいっぱい広げて風をつかみ、外界へ旅立つのです。

弾糸の性質によって、スギナは晴れの日を選んで胞子を飛ばすことができるのです。

「旅立ちの ”ハレの日” は ”晴れの日” に。」

スギナの巧みな子孫の分散方法を垣間見ることができました。

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セイヨウタンポポの綿毛は、空気の渦を作る

冒頭にも登場しましたが、タンポポは綿毛付きの種子を作り、綿毛を風で飛ばして子孫の分布拡大を図ります。

きっと誰しもが一度は経験したことがある「フー」とタンポポの綿毛を飛ばす遊び。しかし、「なぜタンポポの綿毛がフワフワと漂うことが出来るのか?」という疑問は、ほんの数年前まで科学的に説明できない謎だったのです。

世界的に最も権威ある雑誌のひとつ「Nature」に掲載された論文「A separated vortex ring underlies the flight of the dandelion(タンポポの飛行を支える分離した渦の輪)」は、セイヨウタンポポ(以下、タンポポ)の綿毛の力学的な仕組みを説明しました。

タンポポの綿毛の構造は、下の絵のようになっています。

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冠毛(かんもう)が綿毛の部分、その下に冠毛柄(かんもうへい)が伸び、痩果(そうか)という種子の本体があります。

研究者たちはこの冠毛(以下、綿毛)に秘密があるのではと目を付けました。上昇気流を想定した下から吹き上げる風をタンポポの綿毛にあて、空気の流れの様子を撮影できる特殊なカメラを使って観察しました。

すると、空気は綿毛の縁をなでるように大きく蛇行していました。
さらに綿毛の上部にまるで天使の輪のような空気の渦が出来ることを発見しました。

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まず上昇気流が綿毛にあたることで大きな空気抵抗が生まれ、綿毛全体が吹き上げられます。
そして綿毛の上部にできる渦の輪によって空気が内から外へ流れることで、綿毛上部の空気の圧力が低下し、綿毛をさらに上へ引き上げます。渦が常に発生することで、綿毛は長い浮遊時間を得ることができるのです。

タンポポの種子は理論上では1km以上移動できることが明らかになっています。またタンポポの仲間で同じような綿毛の種子をもつ植物の種子は、150㎞も移動することが観察されています。
綿毛と渦の輪によって、これらの長距離移動が可能になっていると考えられています。

セイヨウタンポポの種子も湿度を感じとる

この渦が発生する条件は、太陽の熱で地面が温められて上昇気流が発生すること。スギナと同様、子孫を分散する”ハレの日”は、”晴れの日”であることが望ましいです。

タンポポの綿毛には、湿度が低いと綿毛を広げ、高いとすぼむ性質があります。その結果、湿度が低い晴れの日は、綿毛が広がって風に乗って分散しやすくなります。一方で、湿度が高い雨の日は、綿毛がすぼんで風の抵抗を受けづらく親から離れにくくなります。

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タンポポもスギナと同じく、長距離分散しやすいタイミングを選んでいるのですね。

タンポポの場合、雨の日に親から離れない効果は完全ではなく、強い風が吹いたときは飛ばされてしまうことがあります。綿毛がしぼんだ状態の移動距離をシミュレーションしてみると、上昇気流による吹き上げや、綿毛の上の渦の輪が発生せず、素早く落下してしまいます。

この雨天時の素早い落下は、これまでの子孫の長距離分散の意向とは異なるようにみえます。しかし、ここにもタンポポの子孫繁栄の意図が隠されていると考えられています。

一般的には、植物にとって子孫の分散は分布拡大のチャンスであると同時に、生息するのに適さない場所へ子孫を配置してしまうリスクでもあります。特に雨天時という長距離移動が不可能な日には後者のリスクだけが残ります。

そこでタンポポは、雨天時に素早く種子を落下させることで親の周囲に子孫を配置します。親の周りということは、少なくとも親が子孫を残すまで生き延びることができた良い環境である可能性が高いことを意味します。

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「旅立ちの ”ハレの日” は ”晴れの日” に。もしも雨の日に飛んでしまっても私の近くに。」

タンポポの子孫の分散方法には最先端の流体力学の仕組みと、堅実な選択が隠されていました。

都市部のセイヨウタンポポは、親の近くに種子を落とす

タンポポの堅実さは、天候以外の環境条件からもうかがい知ることができます。

セイヨウタンポポは全世界的に分布し、農村地から都市部まで幅広い環境に生育する地球上で最も成功した草本の一種です。

しかし、さすがのセイヨウタンポポにとっても、都市部は乾燥して土壌が少ないため生き延びることが難しい環境です。

ある研究では、農村地と都市部のセイヨウタンポポの種子の形態を比較しました。
すると都市部のセイヨウタンポポの冠毛柄は農村地のものよりも明らかに長いことが分かりました。また冠毛柄の長さは綿毛の移動距離と反比例し、都市部の綿毛は農村地の綿毛に比べて短い距離しか移動することができないことが報告されています。

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都市部では、無理に分布拡大を図るよりも、親が生育する良好と考えられる環境で確実に子孫を増やす方が堅実なのかもしれません。

おわりに

道端に何気なく生えるスギナとタンポポ。

植物は芽を出したらその場から動くことができず、環境の変化を一身に受けて、耐え続ける受動的なイメージがあります。

しかし実際は、都合の良いタイミングに子孫を分散したり、分散距離を調整したり、創意工夫で困難な状況を見事に受け流していました。

植物は私たちが想像するよりも大きな自由を持っているのかもしれません。

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参考資料
Arathi, H. S. A Comparison of Dispersal Traits in Dandelions Growing in Urban Landscape and Open Meadows. J. Plant Stud. 1, p40 (2012).
Cummins, C. et al. A separated vortex ring underlies the flight of the dandelion. Nature 562, 414–418 (2018).
Seale, M. et al. Moisture-dependent morphing tunes the dispersal of dandelion diaspores. doi:10.1101/542696.
桶川 修, 大作 晃一. くらべてわかる シダ. (山と溪谷社, 2020).

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