科学館で「ヒアリ」を探した話
はじめに
「ヒアリだ!」
自然ゾーンにアリの模型があります。この模型を見た多くの人は「ヒアリだ!」と言います。
残念、ハズレです。
(こんな大きなアリがいたら地球はアリの惑星になっていたかもしれません・・・)
正解は、日本に昔から生息する「トビイロケアリ」です。ヒアリと答えた人に「どうしてヒアリだと思いましたか?」と尋ねると「茶色いから」とのこと。
私たちの身の回りにはたくさんの在来種のアリ(以下、在来アリ)が生息していて、その中には茶色の種も多くいます。日常的にアリを観察する機会が少ない中で、ヒアリの映像を見る機会が増えたために誤同定してしまうのかもしれません。
確かにヒアリには怖いイメージがあります。しかし、「ヒアリだ!」と誤って在来アリを駆除してしまうと、自然環境の破壊やヒアリを含む外来種の定着を助長することに繋がってしまいます。
ヒアリと在来アリは、見た目にどんな違いがあるのでしょうか?
この記事ではヒアリの同定ポイントを紹介しながら、実際に科学館敷地内で採集した「ヒアリ?な生き物」をヒアリか否か検討していきます。
「ヒアリ?な生き物」を採集
科学館敷地内で「ヒアリ?な生き物」を1時間ほどかけて採集してみました。地面にしゃがみこんで、樹木に寄り添って、落ち葉をふるいにかけて、倒木をひっくり返して…様々な場所で採集してみました。科学館のジャケットを着ていなかったら職務質問を受けていたことでしょう (;^_^A
採集には「吸虫管(きゅうちゅうかん)」を使いました。吸虫管は、小さくて素手で捕まえることが難しい生き物を採集する道具です。とても簡単な構造ですので、興味のある方はぜひ自作してみてください。
※以降の「肉眼で観察」を実際に試してみてヒアリの可能性が高いと判断した場合は、採集の際に肌の露出が少ない服を着る、慣れていない場合は吸虫管の使用を避けるなど、刺されないよう対策をしてください。詳しくは「ヒアリ同定マニュアル Ver.2.0(環境省)」をご覧ください。
採集した「ヒアリ?な生き物」をイラストでご紹介します。
一言にアリと言っても、科学館敷地内だけでもたくさんの種が生息しているようです。彼らがヒアリかどうか調べていきましょう!
ヒアリの同定ポイント
大学に在籍していた頃、先輩が「アリってみんな串団子みたいなんだよね」とボヤいていたのを思い出します。
どの種も同じような見た目なアリ。しかし、じっくり観察すると、色々な形態的な違いが見えてきます。
まず、下図がヒアリの写真です。記載しているチェックポイントの全てに該当した場合、ヒアリか同じく外来種のアカカミアリの可能性が高いです。
ポイント①~④をチェックする際は虫メガネ、ルーペ、顕微鏡などで拡大して観察しましょう。手元に道具がない場合は「肉眼で観察」を参考にしてください。
それでは採集した「ヒアリ?な生き物」たちを観察してみましょう。科学館には実体顕微鏡がありますので、いきなり「拡大して観察」から検討していきます。「肉眼で観察」の詳細は記事の後半にありますのでそちらをご覧ください。
ヒアリの分類学上の位置づけについて
早速「ヒアリ?な生き物」たちの同定に進みたいところですが、少しだけ前段のお話をさせてください。
生き物は「界・門・綱・目・科・属・種」という分類階級で整理されています。「界」の中に複数の「門」があって…という様に入れ子構造になっています。例えばヒアリは下図のように表されます。
「目」を見ると「ハチ目」とあります。アリ(アリ科)はハチの仲間だったのですね。
ハチと聞くと、女王バチを中心に働きバチと分業しながら集団で生活する「社会性昆虫」のイメージがあります。しかし、ハチ目全体を見渡すと、単独で生活する非社会性の種が多数派です。その中で、スズメバチ科、ミツバチ科、アリ科のほとんどの種は社会性を発達させています。DNAを基にしたハチ目内の系統解析によると、アリ科とミツバチ科は近縁な関係にあり、スズメバチ科はこれらと遠縁なことが分かっています。つまり、ハチ目の中で社会性が複数回進化したのですね。
ヒアリが昆虫網ハチ目アリ科に属することを踏まえた上で、実際に「ヒアリ?な生き物」たちをみてみましょう。
ポイント① 身体が3つに分かれ、脚が6本
さて、まずは「ヒアリ?な生き物」たちが昆虫(昆虫綱)であるかをチェックしてみましょう。特徴は身体が3つに分かれ、脚が6本あること。
ほとんどが昆虫綱の特徴を持つ中で、1個体だけ身体が2つ、脚が8本な生き物がいました。なんと!茶色でヒアリかと思った生き物は昆虫ですらなかったのですね。この特徴を持つ生き物にクモ綱がいます。
図鑑で調べると本種は「ヤガタアリグモ」であることが分かりました。ヤガタアリグモが含まれるアリグモ属というグループは、どの種もアリそっくりな形態をしています。
写真で見るとこんな感じ。
余分な脚1対をアリの触角のように見立てて、さらに白色の切れ目の線を描いて2つのパーツな身体を3つのパーツに見えるよう工夫しています。見事な擬態ですね!
筆者は「これってヒアリですか?」と聞かれることがあるのですが、それはアリグモの仲間であることが多いです。体が大きく、動きが機敏で、目につくことが多いのでしょう。
「怪しいアリがいる!」と思ったら、まずは脚の本数や身体の造りをチェックしてみてください。もしかしたら擬態の名人アリグモとの嬉しい出会いかもしれません。
ポイント② コブが2つ
昆虫綱からアリ(アリ科)を限定する特徴に、腹部の一部がコブ状になった「腹柄節(ふくへいせつ)」があります。アリにはコブが1つ、もしくは2つあります。そして、ヒアリには2つあります。
ヤガタアリグモを除いた「ヒアリ?な生き物」の中で、コブ1つが2個体、コブ2つが4個体、そしてコブ無しが1個体いました。
コブが無い個体はアリではありません!
よく見ると、小さな顎、13節以上の棍棒状の触角、お尻に2本の突起があります。この特徴をもつ土壌性昆虫はゴキブリ目のシロアリの仲間。より詳細に調べると「ヤマトシロアリ」と分かりました。
コブが1つあった2個体は、胸部の気門の形状や頭部の形、コブの形などの詳細な形態観察によって、それぞれクロヤマアリ属クロヤマアリ、ケアリ属トビイロケアリと分かりました。
これで「ヒアリ?な生き物」は残り4個体です。
アリはハチ目、シロアリはゴキブリ目に属します。アリとシロアリは似て非なる生き物なのですね。
和名はそっくりでも分類学上は全く異なるグループであることは多々あります。例えば「カゲロウ」と「ウスバカゲロウ」。それぞれカゲロウ目とアミメカゲロウ目に属し、昆虫綱の中で両者は遠縁です。カゲロウは成虫期が数時間から数日と短命な種が多い一方で、ウスバカゲロウはより長く生きます。
生き物を理解するためには、その生き物が分類学的にどのグループに属するか、そしてグループ間の関係性を知ることも大切なのですね。
ポイント③ 胸にトゲがない
次に、胸部にトゲがあるか観察してみましょう。
ヒアリは胸部にトゲがありません。
「ヒアリ?な生き物」の残りの4個体を見てみましょう。すると、全ての個体に立派なトゲがありました。
図鑑で詳細な形態を検討したところ、上図の左から順にオオズアリ、オオズアリ、トビイロシワアリ、ウロコアリの計3種であることが分かりました。
左の2個体は、同じ種と思えないほど形態的な違いがありますね。オオズアリには、働きアリについて2パターンの体サイズを作る「2型」と呼ばれる性質があります。
さて、これら3種のトゲは何のために発達したのでしょうか?
科学館には生息していませんが、在来種に胸部やコブのトゲが大きく発達したトゲアリがいます。
日本の研究者によって、アリの捕食者であるニホンアマガエルがトゲアリを食べると、トゲが原因で飲み込むことができず、吐き出してしまうことが明らかになっています。また、一度トゲアリを食べようとした二ホンアマガエルは、二度とトゲアリを襲わなくなるそうです。
全てのアリのトゲがカエルへの防御機能があるとは限りません。身近なアリの生活をじっくり観察すると、意外な場面で鋭いトゲが活躍するところを発見できるかもしれませんよ。
これで「ヒアリ?な生き物」に該当する個体はいなくなりました。
今回の調査では科学館敷地内にヒアリは確認されず、一安心です。
ポイント④ 触角先端2節が太くて長い
「ヒアリ?な生き物」にヒアリがいないことが分かりましたが、せっかくですので他のヒアリの特徴も紹介したいと思います。
次に注目するのは「触角」です。「触角先端2節が太くて長い」はヒアリが属するフタフシアリ属の特徴です。
ポイント①~④が該当して、働きアリの体長が2.5 mm以上あった場合、「ヒアリ」か同じく外来種で毒針を持つ「アカカミアリ」の可能性が高いです。
そして両種の違いの一つに、頭頂に突起があるか否か(※ヒアリにはある)があります。写真を見てみると…ありました!
本記事で写真に登場した標本はアメリカで採集されたヒアリです。ここまでのチェックポイント全てに該当しましたので、確かにヒアリであることが確認されました。
肉眼で観察
ここまでのポイント①~④は、拡大して観察する上級者向けの内容でした。
しかし、毎回捕まえて顕微鏡で観察する訳にはいかないですよね。
そこで、肉眼で簡単に分かるポイントが4つあります。
「肉眼で観察」によってヒアリと疑われた場合は、ヒアリ相談ダイヤル(0570-046-110)か地方公共団体へご相談ください。専門職員が「拡大して観察」の内容を検討してヒアリか否かを同定してくれます。
「肉眼で観察」の中でも、特に④の体サイズの連続的な変異(詳細は後述)は、ヒアリを特定する上で重要な形質です。
私たちの身の回りの在来アリには、働きアリに2パターンの体サイズがある種、体サイズにバラつきが無い種がいます。科学館敷地内で採集されたオオズアリは前者、他のアリは後者です。クロヤマアリの働きアリの体長は4.5~6 mmとややバラつきはあるものの、ヒアリほど顕著ではありません。
働きアリの仕事は、食料の確保や巣作り、女王や卵、幼虫の世話、外敵からの護衛など多岐にわたります。オオズアリは、大型の働きアリが外敵からの護衛を行い、小型の働きアリがその他を行うように、体サイズによって仕事を分業しています。
ヒアリの場合は2型にとどまらず、大・中・小が連続的に存在します。
そして、それぞれの体サイズで、
と分業がより細かく進んでいます。生産性の高さが伺えますね。
冷静に怖がろう
ヒアリは日本で2017年に初めて観察された外来種です。
毒針を持ち、攻撃性が高く、繁殖力も高いことが知られています。在来アリや小動物を駆逐したり、毒針で刺される人的被害、電気設備に巣を作って故障させたりするなど、自然環境や人間社会へ甚大な悪影響を与えることが予想され、特定外来生物に指定されています。
これまでに18都道府県で記録されていますが、幸いなことに巣から新たな女王アリが分散するような定着の記録はありません。今後も港内での水際対策はもちろん、私たち一般人による注意の目が必要です。
しかし、記事冒頭でも書いたように、誤った知識で「これはヒアリ!」と在来アリを駆除してしまうと、自然環境の破壊やヒアリを含む外来性昆虫の定着を助長することに繋がってしまいます。
ただ怖がるのではなく、正しい知識のもとに、冷静に怖がることが大切です。
これは自然科学だけでなく、科学全般に言えることです。
おわりに
紹介したヒアリの同定ポイントは、昆虫綱、アリ科、アリ科の属など、様々な分類レベルを理解する上で重要な形質でした。
以前、土壌動物を同定するイベントを行った際に、参加者から「生き物ってホールケーキを切り分けるように分類するんですね」と言われたことがありました。まさしくその通りですね。
大から小へ細分化することで、ホールケーキから1ピースを切り分けるように、属名や種名が分かります。そして、先人の分類学者たちの努力によって、どの形質がそのグループの共通性を体現しているか情報が取捨選択され、積み上げられてきました。
このnote記事のように、目の前のアリがヒアリか否かを調べられるのも分類学の財産によるものです。
ぜひ皆さんも身近なアリに目を向けてみてください。もしかしたら、それはアリグモかもしれません (笑)
参考資料
青木 淳一. 日本産土壌動物 第二版: 分類のための図解. (東海大学, 2015).
東 正剛, 緒方 一夫 & S. D. ポーター. ヒアリの生物学―行動生態と分子基盤. (海游舎, 2008).
ヒアリ同定マニュアル Ver.2.0 2019 年 2 月 環境省自然環境局野生生物課外来生物対策室.
Ito, F., Taniguchi, K. & Billen, J. Defensive function of petiole spines in queens and workers of the formicine ant Polyrhachis lamellidens (Hymenoptera: Formicidae) against an ant predator, the Japanese treefrog Hyla japonica. Asian Myrmecology 8, 81–86 (2016).
Johnson, B. R. et al. Phylogenomics resolves evolutionary relationships among ants, bees, and wasps. Curr. Biol. 23, 2058–2062 (2013).
寺山 守, 江口 克之 & 久保田 敏. 日本産アリ類図鑑 . (朝倉書店, 2014).