タンポポとナメクジの知られざる物語。
浜松市の中心地にある自然観察園は、ヒトと自然が関わり合い、その関係性を学び・考えることができる大切な場所です。
外来生物はどうして悪者?
2020年の夏から毎月1回、自然観察園の整備をしています。メンバーは浜松科学館職員とボランティアの皆さん。活動内容はゴミ拾い、枝打ち、立ち枯れ・小木の伐採等など多岐にわたります。中学生からシニアの方まで幅広い年齢層が有志で集まり、無理のない範囲で和気あいあいと実施しています。
「自然観察園を利用する人々が気持ちよく訪れられるように」「浜松の自然環境を再現できるように」という題目はありますが、実際は「仲間と汗を流しながら楽しい時間を過ごすこと」が一番の目的になっているように思います。
さて、今月の活動日はあいにくの雨になってしまいました。。。
せっかくメンバーが集まったので「外来生物」をテーマに勉強会を開いてみました。
整備の一環で、日本では園芸植物のキバナイペー、ランタナ、アロエなど、外来性の樹木や草を伐採、除草することがあります。
「ランタナ、これは外来性だから切ろう」
「アロエ、これも外来性だから抜いてしまおう」
と、普段から何となく悪者扱いしている外来生物。
しかし、外来生物も他と同じ尊い生命です。
・なぜ外来生物は悪いのか?
・なぜ自分たちは外来生物を除去するのか?
これらの疑問に対して、客観的に、また科学的に考え、自分なりの答え持つ必要があります。そうすることで単純に整備された森を作るだけでなく、当事者である私たちにとっても意味のある活動になるかもしれません。
この記事では、身近なタンポポとナメクジを例に「①在来生物が食べられてしまう」をご紹介したいと思います。
身近にも色んな種類のタンポポが!
タンポポと言えば、前回のnoteでセイヨウタンポポの花粉を電子顕微鏡で観察しましたね。
タンポポは全国で15種、自然観察園にもセイヨウタンポポを含めて計3種のタンポポが生息しています。一口にタンポポと言っても、色々な種類があるのですね。下に自然観察園で観られるタンポポ3種をご紹介します。
◆ セイヨウタンポポ
ヨーロッパ原産。1900年頃食用や飼料目的に持ち込まれた個体が野生化したと言われ、今では都市部で最も一般的に見られるタンポポです。アスファルトやコンクリートの隙間からも力強く花を咲かせます。
◆ トウカイタンポポ
東海地方を中心に分布する日本固有のタンポポ。草地や運動場、道ばたなどに生えます。セイヨウタンポポと比べると小花(雄しべ、雌しべ、花弁のセット)の数が少なくて、花のボリュームが控えめな印象です。
◆ シロバナタンポポ
西日本を中心に分布する日本固有のタンポポ。特徴は花の色。白色で上記2種と一目で見分けられますね。日本には他にも白色の花を咲かせるタンポポが数種いますが、本種が最も多く見られます。
日本には他にも12種のタンポポが生息し、地域によって分布する種も変わります。詳細に種同定するには専門的な知識と経験が必要です。
そんなタンポポの種同定の第一歩は、花をひっくり返して外総包片(がいそうほうへん:写真の白色矢印)の形をチェックすること。外総包片がそり返っていたら「外来のセイヨウタンポポ」もしくは「セイヨウタンポポと在来タンポポとの雑種」、そり返っていなかったら「在来タンポポ」と分かります。写真のタンポポは、外総包片がそり返っているので前者ですね。
改めて自然観察園のタンポポ3種の外総包片を見てみるとこの様な感じ。
分かりやすい特徴ですね!
セイヨウタンポポのビラビラは何のため?
なぜセイヨウタンポポの外総包片だけそり返っているのでしょうか?
もともと外総包片には、花弁を包み、支える機能があります。そり返らせる形は、これらの機能を放棄しているようにも感じます。セイヨウタンポポの外総包片の形(ビラビラ)には、何か深い意味がありそうです。
この疑問を解決する上で重要な登場人物(生物)が「チャコウラナメクジ」です。
チャコウラナメクジもセイヨウタンポポと同じくヨーロッパのイベリア半島に自然分布する外来生物で、1950年代後半に海外の物資に紛れて日本に持ち込まれたと考えられています。市街地でナメクジを見つけたとしたら、本種か本種と近縁で同じく外来性のニヨリチャコウラナメクジの可能性が高いです。
チャコウラナメクジは植物の葉や花を食べる植食性で、特にタンポポの花が大好物。チャコウラナメクジの増加は、日本の在来タンポポへ悪影響を与えるかもしれません。
ある研究では、チャコウラナメクジが外来・在来タンポポの花をどの様に食害するのかを野外実験で明らかにしました。
外総包片がそり返ったセイヨウタンポポと在来タンポポの雑種(以下、外来由来タンポポ)と、外総包片がそり返っていない在来タンポポを8組用意し、そこへチャコウラナメクジ(以下、ナメクジ)を放ち、タンポポの花が食害されるかを調べました。
一晩経過した後に確認すると、ナメクジは在来タンポポの花のみを食害し、外来由来タンポポの花は食べられませんでした。
ナメクジの行動を観察すると、ナメクジは外来由来タンポポの茎を昇るものの、そり返った外総包片を乗り越えることが出来ずに引き返したり、そこで長時間とどまったりしました。一方の在来タンポポの場合、ナメクジは易々と外総包片を乗り越え、花を食べてしまいました。
次に外来由来タンポポのそり返った外総包片を取り除いて再び実験してみると、外来由来タンポポもナメクジに食べられるようになりました。
セイヨウタンポポのそり返った外総包片は、ネズミ返しの機能を持ち、ナメクジ防御の役割があったのです!
タンポポとナメクジの知られざる物語
自然分布するタンポポの形態を調査すると、そり返った外総包片を持つタンポポは主にヨーロッパに分布し、日本を含む東アジアのタンポポの外総包片はそり返らない傾向がありました。また植食性のナメクジの自然分布を調べると、ヨーロッパに集中することが分かりました。
以上から、タンポポのそり返った外総包片は、天敵である植食性ナメクジに対する防衛のために引き起こされた進化だと推測されます。このように、ある生き物によって他の生き物の進化が誘発される現象を、「共進化」と言います。
大昔、当時ナメクジに食べられ続けていたセイヨウタンポポの祖先集団の中で、一部のタンポポが突然変異によってそり返った外総包片を獲得したと考えられます。食べられづらくなったこれらの個体は、そり返った外総包片という形質を子孫へ遺伝させながら他のタンポポよりも多くの子孫を残したのでしょう。
現在のセイヨウタンポポが生まれるまでに、セイヨウタンポポの祖先は一体どれだけのナメクジに食べられる犠牲と、進化のための時間を費やしたのでしょうか。現在、ヨーロッパのセイヨウタンポポとチャコウラナメクジが共存する状況は、食う食われるのバランスが保たれた、かけがえのない絶妙なものなのです。
さて、再び日本へ目を向けてみましょう。1900年頃にセイヨウタンポポが、遅れて1950年代後半にチャコウラナメクジが人為的に日本へ運ばれてきました。両種にとっては、初めての日本でのサバイバルです。ヨーロッパやこれまでの生息地での経験は関係なく、とりあえず目の前の環境を生き抜くしかありません。
セイヨウタンポポは在来タンポポが苦手な都市部を中心に生息地を拡大していきます。そして、チャコウラナメクジと運命的な再会を果たしました。しかし、これまでの長い付き合い・経験がありますので、得意のネズミ返し:そり返った外総包片で防御します。
チャコウラナメクジも分布拡大していきます。そして、セイヨウタンポポとの再会、在来タンポポとのファーストコンタクトを同時に経験します。セイヨウタンポポは相変わらず食べづらいですが、在来タンポポには何の防御機能もありません。とても楽に花を食べられるご馳走と感じたことでしょう。
一方で、在来タンポポたちは、種の誕生以来チャコウラナメクジを経験したことがありません。花を咲かせると謎の生き物が茎を昇って食べてしまいます。防御する機能がなく全くの無防備で、チャコウラナメクジに選択的に食べられている可能性があります。
おわりに
生命の誕生以来、生き物たちはそれぞれの地域で長い時間をかけて現在の関係性を作り上げてきました。現存する生き物達の地域固有性は、ヒトには再現不可能で、繊細なバランスで成り立つ、かけがえのない物語なのです。
私たちヒトは意図的に、あるいは非意図的に生き物たちを移動させてきました。これらの移動は本来の生き物たちの移動距離、頻度、量をはるかに超えるものです。外来生物を増やすことは、かけがえのない生き物の地域固有性、つまり地球の歴史・物語を破壊することを意味します。
来月も自然観察園の整備が予定されています。
たかが1本の外来植物を駆除すること。
それは罪のない生命を殺すということ。
それは地域の自然を守ることに繋がるということ。
そして、自分が生態系の一部となって機能すること。
「外来のアロエさん、必死に生きているのにごめんね。代わりにその場所へ在来の植物が生えてくるように手入れをするから。勝手な人間をどうか許してね。」
そんな想いで作業していけたら嬉しいです。
参考資料
チャコウラナメクジ / 国立環境研究所 侵入生物DB. https://www.nies.go.jp/biodiversity/invasive/DB/detail/70390.html.
五箇公一. 外来生物ずかん. (ほるぷ出版, 2016).
セイヨウタンポポ / 国立環境研究所 侵入生物DB. https://www.nies.go.jp/biodiversity/invasive/DB/detail/80640.html.
Wu, F.-Y. & Yahara, T. Recurved Taraxacum phyllaries function as a floral defense: experimental evidence and its implication for Taraxacum evolutionary history. Ecol. Res. 32, 313–329 (2017).