ケヤキの葉に秘められた数字の話
公園や街路樹の植え込みにたまっているケヤキの落ち葉。
普段何気なく通り過ぎているそんな場所にも、面白い現象が隠れているかもしれません。
ケヤキの落ち葉
年末に自然観察園で落ち葉を観察するイベントを開催しました。
参加者の皆さんは落ち葉の色形を手掛かりに樹種の同定体験をしました。そこで苦労したのが「特徴の幅」です。
例えばコナラの葉は、図鑑によると葉の先端から基までの長さ(葉身の長さ)が6~15cm で、全形は中央よりも葉先の方で幅が大きくなる卵型をしています。しかし、中には5cm足らずと小さかったり、葉全体が細長くて幅広な部分が分かりづらかったり、一口にコナラの葉と言っても様々な大きさ・形のものが存在します。
同じ樹種でも葉の大きさや形には幅があり、私たちを混乱させます。そのバリエーションを把握するためには、落ち葉を何枚も観察することで経験を積むしか無いのかもしれません。数をこなすことでそれぞれの樹種の連続的な形態の変化に、目が慣れていきます。
そんな多様性に富んだ落ち葉の中でも、特に目についたのが「ケヤキ」です。
例えば、下の絵のような様子です。
2~3cmほどの小さな葉がたくさんあったと思えば、手のひらほどの大きな葉も多く見られます。コナラも同じように小さい葉から大きな葉までバリエーションがあるのですが、ケヤキの場合は変化の幅が大きく、そしてどのサイズの葉も偏りなく存在するように感じられました。
果たしてケヤキの葉のサイズは他の樹種よりも多様なのでしょうか?
また、もしそうだとしたら理由は何でしょうか?
ここはひとつ、自然観察園に道具(袋、定規、紙、ペン)を持って調査してみましょう。
落ち葉を拾って測ってみる
お昼休みに、小一時間ほど自然観察園でケヤキの落ち葉を拾ってみました。
落ち葉は大きさを正確に計測できるように、できるだけ無傷なものを選びました。もしかしたら風の大きさや向きによって似たような大きさの落ち葉が溜まりやすい場所もあるかもしれません。敷地内の様々な場所でまんべんなく拾うように心がけました。
袋がいっぱいになったら、落ち葉の大きさの計測です。
定規を使って葉身の長さを測りました。一般的に市販されている定規を使いましたので、測れるのはミリメートルまで。それ以下は四捨五入して記録しました。
ここからは少しずるをして、「R」という無料のソフトウェアを使って図を描いてみました。頑張れば手書きでも以下のような図を描くことができますので、ガッツのある人は是非チャレンジしてみてください。
調査結果をまとめたもの(Rで描画したもの)が下の図です。用いたケヤキの葉は562枚、横軸は葉(葉身)の長さ、縦軸は頻度(枚数)を表しています。
例えば最も長いバーは葉の長さが60 ㎜ 以上62.5 ㎜ 未満の葉が55枚程あったことを示し、その頻度は他の長さの範囲と比較して高かったことが分かります。
さて、改めて図を眺めてみると、何だか富士山のような形をしていますね。左から盛り上がって、増えたり減ったりギザギザな部分が続き、下降していきます。この現象は普通のことなのでしょうか?
試しに他の樹種、コナラの葉でも調べてみることにしました。
今度は自然観察園の整備をしているボランティアの皆さんと一緒に調査です。落ち葉をたくさん拾ってきて、ひたすらに葉の長さを測ります。
コナラはケヤキとは異なり、一山型でギザギザの部分がほとんどない図が描かれました(サンプル数=551)。葉の長さが70 mm 前後で頻度が高くなり、葉が大きいほど、また小さいほど頻度は低くなります。
さて、ケヤキの図に話を戻しましょう。
ケヤキの図の形によく似ているのが、身長の分布です。
下の図は、2017年度の17歳の身長の確率を示したものです。
身長の図は、ケヤキの図と同様に富士山のような形をして、てっぺん部分がギザギザしています。これはある要因が影響した結果です。その要因とは「性別」です。
身長の図に、性別で分けた図を重ねてみましょう(男性:青色、女性:赤色)。
すると男性、女性がともにきれいな一山型を作り、重複したものが全体の図として表れていることが分かりました。増えたり減ったりギザギザな部分は、男女のデータが重複した部分だったのですね。
もしかしたら、ケヤキも何か他の要因が葉の長さの図へ影響を与えているのかもしれません。
ケヤキの葉には2種類ありそう
実は皆さんには内緒でケヤキの葉の計測の際に葉の長さとは別にある形質を記録していました。
それは「葉が落枝(らくし)に付いているか・否か」です。
記事の冒頭に登場した絵のように、野外でケヤキの葉を観察すると、単独で落下した葉は大きく、枝についたまま落下した葉は小さい印象がありました。
身長の図と同じように、全体のケヤキの葉の分布に、枝の有り・無しで分けた図を重ねてみましょう(有り:赤色、無し:青色)。
枝の有り・無しで綺麗に分かれ、それぞれで一山型を作っていました。落枝に付いた葉は小さく、葉のみの落ち葉は大きかったのです。
ケヤキは同じ樹の中で、小さな葉と大きな葉の2種類を作り分けているようです。
ケヤキは種子散布のために枝を折る
なぜケヤキは2種類の葉を作るのでしょうか?
その答えのヒントも、葉の付いた落枝にありそうです。
落枝をよく観察すると、葉柄(葉身と枝を繋いでいる部分)と枝の間に小さなコブがありました。
実はこれはケヤキの果実で、中には種子が入っています。
植物は種子を遠くへ移動させることで、親(自分自身)や他の個体との競争を避けたり、分布拡大を図ります。美味しい果実を作って動物に食べさせて運んでもらったり、川や海の水に流したり、植物種によって種子の分散方法も様々です。中にはモミジの仲間のように、プロペラのような薄い膜を作って種子の落下距離を伸ばすものもいて、ケヤキもこの方法をとっています。
ケヤキの果実自体にはプロペラ状の構造はありませんが、枝に付いた小さな葉がその役割を担っていると考えられます。ケヤキは果実が付いた枝を、葉が付いた状態で落とすことで、空気抵抗を大きくし、風で種子が遠くまで運ばれるように工夫しているようです。
大きな葉は表面積を大きくして光合成が効率よく行われるように、また小さな葉は重くなりすぎて飛距離が小さくならないようにするための工夫なのかもしれません。
これらのケヤキの葉の大きさの最適化についての仮説を検証してみても面白そうです。例えば、ケヤキの葉と面積当たりの重さが同じ紙を用意して、枝に葉が付いたモデルを作り、落下実験をしてみたり…。葉が大きなモデルと小さなモデルの間で飛距離に差が出るのか? 気になりますね。
おわりに
今回は自然観察園のケヤキの落ち葉を拾うところから、ケヤキの葉には2種類あること、種子の風散布のために小枝を折るケヤキの興味深い生態をご紹介しました。
ネタばらしをすると、筆者は落ち葉の長さを拾う前からケヤキの種子の散布方法のことを知っていました。ただ知ったのはつい先日で、図鑑で初めて読んだ時に「え!?すごい!!」と物凄く驚きました。
図鑑を閉じた瞬間に自然観察園へ行って地面をみると、たしかに葉や果実が付いたケヤキの小枝がたくさん落ちていました。「こんな凄いことをしていたんだなぁ」とケヤキに感心するばかりでした。
同時に葉のサイズ差に気が付きました。落枝に付いた葉の方が、通常の葉よりも明らかに小さそうです。「調べたら面白い図が描けそう!」という想いから今回の記事が作られました(専門的な話ですがコルモゴロフ・スミルノフ検定によって、枝有り・無しの図はそれぞれ正規分布し、枝有り・無し間で分布が有意に異なることが示されました)。
筆者は恥ずかしながら、これまできちんとケヤキの葉を観察したことがありませんでした。果たしてどんな様子で大きな葉と小さな葉が樹に付いているのでしょうか?春になって、ケヤキが芽吹くのが待ち遠しいです。
最後に落ち葉の計測を手伝ってくれた職員、ボランティアの方々に感謝申し上げます m(_ _)m
参考資料
林 将之. 山溪ハンディ図鑑 14 増補改訂 樹木の葉 実物スキャンで見分ける1300種類. ( 山と渓谷社, 2019).
Ihaka, R. & Gentleman, R. R: A Language for Data Analysis and Graphics. J. Comput. Graph. Stat. 5, 299–314 (1996).