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葉の裏で裏取引 ~クスノキの害虫を防除する意外な方法~

明けましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いいたします。

大晦日から元旦にかけて寒波が到来し、本格的な冬がやってきましたね。
お身体には気を付けてお過ごしください。

自然観察園もすっかり冬で、生き物たちの気配も少なくなりました。
木々の葉は落ち、一年中葉をつける常緑広葉樹が目立つようになりました。

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植物たちは寒空の下、温かい春を静かに待っています。
しかし、春が来たら来たらで展開したばかりの柔らかい葉を大量のイモムシたちにむしゃむしゃと食べられてしまうこともしばしばです。

植物に対して、「動くことが出来ず、降りかかる害を全て受け止め、耐え忍び生きる…」そんなイメージをお持ちの方が多いのではないでしょうか。
しかし、植物たちもこれまでの長い歴史を生き抜いてきた精鋭です。
ただ耐え忍ぶだけではなく、自身の利益のために動物たちを巧みに誘導し、操り、利用することもあります。

今回は「実は、ずる賢い」。そんな植物の新たな一面をご紹介したいと思います。

クスノキの葉にある小さなコブ

試しに目についた常緑樹の葉を一枚、手にとってみてみましょう。

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葉の縁にギザギザがなく、全体が卵のような形で先がとがっています。

これは過去の記事にも登場したクスノキの葉ですね。

クスノキの葉をよく見ると、葉の元から3本の葉脈が走っています。

クスノキ三行脈


さらによく見ると、葉脈が分岐する元の部分に小さなコブ(白色矢印)が2つあることが分かります。

クスノキダニ室v2

大きさ直径わずか 2 mm ほどの小さな瘤。
今回はこのコブをクローズアップしてみましょう。

コブの裏には小さな穴が!でも気孔じゃなさそう?

葉の表にある小さなコブ。
葉を裏返して、裏面からも観察してみましょう。
すると裏面にはコブはなく、オレンジ色の点(白色矢印)がありました。

クスノキダニ室裏


この点をさらに虫眼鏡でさらに拡大すると…

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何やら穴が空いているようです。
これが学校で習った憶えのある、「気孔」でしょうか?

虫眼鏡ではこれが限界ですので、科学館自然ゾーンにある電子顕微鏡で観察してみましょう。
※以下の画像には、同じ形のものが多数集合する場面があります。
 集合体恐怖症の方は、お気を付けください。













葉の裏を電子顕微鏡で観てみると…

何やらハンバーガーのような形の構造が大量にあります。
これがクスノキの気孔です。
ハンバーガー1個が、1つの気孔(写真赤枠)です。

クスノキの気孔


写真ではハンバーガーのバンズ(パンの部分)のような部分がくっついて、気孔は閉じた状態です。
気孔は植物と大気(外気)間の分子の交換や、水分の排出(蒸散)の際に開きます。

植物が呼吸するときは二酸化炭素を出して空気中の酸素(O2)を取り込みます。
逆に光合成をするときは酸素を出して空気中の二酸化炭素(CO2)を取り込みます。
また日中特に気温が高くなると気孔の穴から水分を蒸発させて、その失われた水分を補うように根から水分と無機栄養分(ミネラル)を吸い上げます。

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葉は、呼吸や光合成だけでなく、根から水分を吸い上げる原動力になるなど、植物が生きる上でとても重要な役割を持っているのですね。

さて、葉の裏に無数に空く穴は気孔でした。
少し倍率を下げてみると、本丸のコブの穴が見つかりました。

気孔とダニ室

気孔の直径は約22㎛。
コブの直径は約100㎛(1mmの1/10)ですので、気孔よりもはるかに巨大です。

さて、いよいよコブの穴を拡大してみましょう。

コブの正体は大量のダニが住む「ダニ室」だった


こちらがコブの穴(赤色矢印)。
気孔と比べると形はいびつで、月のクレーターのようです。

ダニ室

さらにコブの穴を拡大してみると…

あっ!何か…何かいます!
しましまの筋があるウジのような謎の生物!(写真赤枠)

フシダニ


この謎の生物は「フシダニ」というダニの仲間です。

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クスノキの葉に付いているコブは、「ダニ室」と呼ばれ、もともとクスノキがダニのために用意した居住部屋。
ダニがクスノキの葉に穴を開けたわけではないのです。

1つのコブの中に10~50匹のフシダニが住んでいると言われています。
仮に1本のクスノキの葉の枚数が1万枚、1枚の葉に2つのダニ室、1つのダニ室に50匹のフシダニがいるとすると…
10,000枚 × 2つ × 50匹 = 1000,000匹
1本のクスノキに100万匹いることになります。
街路樹で100本植えられていたら、約1億匹!
フシダニは身近にはいるけれど、あまり知られていない生き物なのです。

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クスノキと同様、「ダニ室」を持つ植物は意外とたくさん知られており、被子植物全416科の内、約15 %の64科からダニ室がある種が報告されています。

なぜ植物たちは生存する上で重要な器官である葉にダニが住むための構造を用意するのでしょうか?
また、ダニが住み着くことで植物にどのようなメリットがあるのでしょうか?

ダニ室は植物に有益なダニのためのお家。でもクスノキの場合は?

ダニ室の存在理由として最も有力な説は、「ダニを利用して他からの害を防ぐ」です。

植物が受ける害というと、毛虫が葉を食べる様子をイメージするかもしれません。
実はそれだけでなく植食性のダニが葉から植物の汁を吸ったり、菌類(病気)が葉を侵したり、様々なものがあります。
何の悩みもなく生きているように見える樹木も色々と大変なのですね。

植物には手足が無いため、有害なダニを潰したり、病気が流行している場所から逃げたりすることは出来ません。
そこで植物たちは、肉食性のダニや菌食性のダニを利用します。
植食性ダニを肉食性ダニに、病原菌の胞子を菌食性ダニに食べてもらうのです。

植物は、自身にとって有益な肉食性ダニ、菌食性ダニなどに居ついてもらうために、それらの産卵・脱皮場所として、また乾燥・天敵などからの避難場所としてダニ室を用意しているのではと考えられています。

実際に複数の研究で、多くの植物種のダニ室で肉食性、菌食性のダニが優占すること、ダニ室を持つ植物では持たない植物よりも肉食性ダニや菌食性ダニが多いことが報告されています。

なるほど、ダニ室は植物からの有益ダニへの住宅地、つまり家のプレゼントだったのですね。

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今回観察されたフシダニも、きっとクスノキにとって有益なダニ…
と思って調べてみると、フシダニの仲間はいずれも植食性で、植物にとって有害なダニだったのです!
クスノキは、自身に有害な生き物のためにわざわざダニ室を用意している?

謎は深まるばかりです…

クスノキは害の少ないダニを飼い、肉食性ダニへ献上していた!

クスノキのダニ室について調査を進めると、ある研究(笠井 2006年)にたどり着きました。
この研究の前半部分で、植食性フシダニ2種と、肉食性のコウズケカブリダニが登場します。
ここではそれぞれを、フシダニ①、フシダニ②、肉食性ダニとしてイメージの絵とともにご紹介しましょう。
※本物のダニには目も牙もありません (笑)

フシダニ①:

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今回、電子顕微鏡で観察したフシダニです。
ダニ室内で生活しつつ、ダニ室外を出歩くことがあります。
一年をとおして一定数の個体が生活しています。
植食性ではあるもののクスノキへのダメージはほとんど与えず、葉も正常に機能します。
クスノキにとってフシダニ①は、居ない方が良いけど、居てもさほど困らない存在です。

フシダニ②:

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ダニ室の外で生活します。
個体数には波があり、増殖する際に「ゴール」と呼ばれる家を自身で作ります。
ゴールをダニ室の代わりとするのですが、ゴールを作られた葉は大きなダメージを受け、葉の半分の面積が機能しなくなることもあります。
クスノキにとって、フシダニ②はフシダニ①とは比較にならないほどの天敵なのです。

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肉食性ダニ:

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ダニ室から出てきたフシダニ①を食べたり、葉の上のフシダニ②を食べたり、両種の植食性ダニを食べます。
体が大きいため、ダニ室の中へは入り込めないようで、ダニ室の周りでフシダニ①が出てくるところを襲います。
クスノキにとって、肉食性ダニはとても助かる警備隊、ヒトで言うと病原菌を殺す白血球のような存在です。

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笠井氏の研究では、クスノキの正常な葉(ダニ室を残した葉)と、実験的にダニ室を閉じた葉で、フシダニ②と肉食性ダニの個体数を比較していました。
すると、肉食性ダニはダニ室を閉じた葉よりも正常な葉で多くなりました。
逆にフシダニ②が作るゴールの数はダニ室を閉じた葉でより多くなりました。

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以上の結果より、フシダニ①と肉食性ダニの個体数は比例して多くなり、それに伴いフシダニ②の個体数は減少することが分かりました。

クスノキはダニ室を作ることで、害の少ないフシダニ①を住まわせ、それを餌とする肉食性ダニの個体数を一定程度保たせていたのです。
そうすることでクスノキは、肉食性ダニにフシダニ②を捕食しやすくさせ、フシダニ②による害を未然に防いでいたのです。

おわりに

冒頭に植物に対して、「動くことが出来ず、降りかかる害を全て受け止め、耐え忍び生きる…」。そんなイメージがあるのではと書きました。

しかし実際は、クスノキは自身に害のあるフシダニ①を半ば飼育して肉食性ダニへ与え、自身の身を守っていました。
「毒を以て毒を制す」とは正にこの事ですね。
またフシダニ①を生贄の様に肉食性ダニへ与える点も、まるで裏取引のような狡猾さを感じさせます。

クスノキの自己防衛術は、一見するととても複雑で、巧みです。
しかし、クスノキは葉の上のダニ群集の動向を確認したり、戦術を練ったりしているわけではありません。
ただ単に自身の葉に僅か数ミリの穴を空けているだけに過ぎないのです。

先に挙げたような植物と肉食性ダニ・菌食性ダニとの直接的な共生関係や、クスノキと肉食性ダニとの間接的な共生関係がどの様に始まったのか。
また植物のダニ室の形態的進化がどの様に起こったのか。
現在、これらの謎は明らかになっていませんが、非常に興味深く、好奇心を掻き立てられますね。

クスノキは公園や神社、街路樹など、どこにでも植えられています。
そんな身近な樹木の、1枚の葉の裏で、小説や映画のようなドラマティックなストーリーが展開されているのです。

クスノキを見かけたら、プクリと膨らむ2つのダニ室を探してみてください (^^♪

参考資料
笠井敦. クスノキとそのダニ室内外で観察されるダニ類の相互作用に関する研究. (2006).
西田佐知子. 葉上の小器官「ダニ室」. 分類 4, 137–151 (2004).

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