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「お客様、生きたスズメバチを手にのせてみませんか?」

オスは毒針がなく、DNAをメスの半分しか持たない


先日、「手乗りスズメバチ体験」を開催しました。

スズメバチと言えば、集団で生活し、刺激すると毒針で攻撃してくる危険なイメージがあります。
催しに登場したのは、筆者が自然観察園で採集したコガタスズメバチの「オス」。
毒針は、メスの産卵管が変化したものなので、オスに毒針はありません。
催しでは、掌の上で動くオスのスズメバチを大顎に噛まれないよう優しく扱いながら観察していただきました。
※スズメバチの雌雄を見分けるのはとても難しいです。くれぐれも野外で見つけたハチで安易に「手乗りスズメバチ」をしてはいけません。

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スズメバチなのに毒針がないオス。
何だか拍子抜けする不思議な存在ですね。

スズメバチの雌雄でもう一つ大きな違いがあります。
それは、「オスのDNAはメスの半分しかない」こと。
これはスズメバチを含む全てのハチやアリに共通の性質です。

この記事では、「オスのDNAはメスの半分しかない」という性質が、ハチやアリたちが集団生活を形成する原動力になっていることをご紹介します。
※ここでは血縁度や適応度など本来学術的に使うべき専門用語を極力使わないように心がけています。それに伴い血縁度の計算もこの記事特有なものを使用しています。

DNAの引き継ぎ方Ⅰ ウスバキトンボの場合

DNAは生き物の体の造りや、行動、生理機能など、生命活動に必要な全ての情報を集約している辞書のような存在。
そして、DNAを何セット持つかは生き物によって異なりますが、多くの生き物は2セット持っています。
前回の記事で登場したウスバキトンボや、私たち人間も2セットのDNAを持ちます。
生き物たちは、このDNAセットを世代交代の際に雄雌で交換したり、もしくはそのまま子供に引き継ぎ、命を繋ぎます。

例として、ウスバキトンボのDNAの引き継ぎ方を見てみましょう。

繰り返しになりますが、ウスバキトンボの母、父はDNAを2セットずつ持っています(例として、母:赤・緑、父:黄・青)。
子供を作る際、それぞれが1セットずつ持ち寄り、子供にDNAを計2セット持たせます。

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ここで注目するのは、母と父は計4種類のDNA(赤、緑、黄、青)を持ち、子供が持つDNAの組合せは計4パターン(赤・黄、赤・青、緑・黄、緑・青)あるということです。
生き物は「より多くのDNAを後世へ残すこと」を第一の目的として生きています。
母トンボが自身の子供を見たときに、4匹の子供のうち自身と共通のDNAセットは、子供1の赤、子供2の赤、子供3の緑、子供4の緑の計4セットです。
この4セットを子供の数4匹で割ると、「子供1匹当たりDNAを1セット」残すことになります。
前の記事のように、仮に母トンボが29,000個の卵を産み、それらが全て性的に成熟したトンボになったとしたら、母トンボは後世へ自分のDNAを29,000セット残すことになります。

ウスバキトンボのお話はこちらからどうぞ! ↓


さて、話をスズメバチに戻しましょう。
コガタスズメバチを含むハチやアリの仲間は、家族(血縁者)で生活しています。
家族構成は、女王、王、働きバチ、新女王、新王です。

スズメバチの家族構成

女王:去年交尾し、今年はひたすらに卵を産み続ける家族の要。

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王:去年交尾し、冬に死んでしまった故人(故虫)。

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働きバチ:卵は産まず、家事を一手に引き受ける働き者。

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新女王:秋に誕生。婚活後、越冬し、次の年に女王になる。

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新王:秋に登場。婚活して王となる。が、冬までに死んでしまう。家事はしない。

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これらの性別に注目すると、
メス:女王、新女王、働きバチ
オス:王、新王
です。
そして、繁殖に係るのは女王、新女王、王、新王です。

さて、ここで働きバチの存在が問題になってきます。
生き物の目的は「より多くのDNAを後世へ残すこと」のはずですが、働きバチたちは卵を産まず、ひたすらに女王や巣のために働きます。
この矛盾は、生き物の進化を説明した「種の起源」の著者であるダーウィンも気づいていました。
ダーウィンは著書の中で、働きバチは家族単位で子孫を残すことを選んでいると説明しています。
これを理論的に説明したのが、ハミルトンです。

ハミルトンの理論を、問題の働きバチを主人公に見ていきましょう。
ここで注意したいのは、「オスのDNAはメスの半分しかない」です。

DNAの引き継ぎ方Ⅱ 女王がメス(働きバチ or 新女王)を産む場合

女王(赤・緑)は、メス(働きバチ or 新女王)を産む際に、自身の卵と前の年に獲た王の精子(青)を受精させ、卵を産みます。
「DNAの引き継ぎ方Ⅰ」とは異なり、オスはDNAを1セットしか持ちません。
※逆に言えば、DNAが1セットだとその個体はオスになります。

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子供であるメスのハチ(働きバチ or 新女王)が持つDNAの組合せは計2パターンです(赤・青、緑・青)。
ある働きバチ(例として、DNAセット赤・青を持つ)が姉妹を見たとき、自身と共通のDNAは、メス1の赤、メス1の青、メス2の青の計3セットです。
つまり、「姉妹1匹当たりDNA 1.5セット」残すことが出来ます。

これは、「DNAの引き継ぎ方Ⅰ」の「子供1匹当たりDNA1セット」よりも高い数値です。
つまりハチの働きバチは、自身で子供を作るよりも、巣のために働き、女王に姉妹を産んでもらう方が、効率よく自身が持つDNAセットを後世へ残すことが出来るのです。
ハミルトンは働きバチが間接的にDNAの増やすことのメリットを以上の様に説明しました。

次に気になるのは、女王が新王を産む場合です。
オスがいなければ、命を繋ぐことはできません。
秋になると、女王は次世代の繁殖のために新王を産み始めます。
この時のDNAの引き継ぎ方を、働きバチを主人公に考えてみましょう。

DNAの引き継ぎ方Ⅲ 女王が新王を産む場合

女王(赤・緑)が新王を産む場合、前の年に獲た王の精子(青)を使わず、未受精卵を産みます。

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ある働きバチ(例として、DNAセット赤・青を持つ)から見たとき、2匹の兄弟の内、自分と共通のDNAは、新王1の赤、計1セットです。
つまり、「兄弟1匹当たりDNAを0.5セット」残すことが出来ます。

この値は「DNAの引き継ぎ方Ⅰ」、「DNAの引き継ぎ方Ⅱ」よりも小さく、特にⅡと比較すると値の大きさは1/3です。
つまり、働きバチにとって、自身のDNAを残す上で、兄弟よりも姉妹の方が3倍の価値があることになります。

実際、スズメバチの性比に着目すると、オス(新王)の個体数は、巣全体の1割程度と言われています。
女王にとって種の存続の為に産みたいオス(新王)ではありますが、働きバチにとっては産んでほしくない兄弟。
ここで女王と働きバチの対立が生まれます。

秋にスズメバチの巣内で、働きバチが女王を殺す行動がしばしば確認されています。
女王は巣内で働きバチたちが産卵できないよう制御しているのですが、女王が殺されていなくなるとその制御がなくなり、働きバチの中から産卵可能な個体が生まれます。
ただし、女王化した働きバチは王との交尾を経験していないので、産む卵は全てDNA1セットのオス(新王)。
働かないオス(新王)ばかりの巣は衰退し、やがて崩壊します。

女王殺しが起きる場合と起きない場合、アメリカの研究チームはこの差が生まれる原因をスズメバチ科の1種(Dolichovespula arenaria)を材料に研究し、前の年に女王が交尾した王の数が「1匹か複数か」であることを突き止めました。
例として、女王が2匹の王と交尾し、同程度の精子を受け取った場合のDNAの引き継ぎ方を、働きバチを主人公に見てみましょう。

DNAの引き継ぎ方Ⅳ 女王が2匹の王と交尾した場合

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女王が1匹の王と交尾した場合の「姉妹1匹当たりDNA1.5セット」と比較すると、「姉妹1匹当たりDNA1セット」に減りました。
女王と交尾した王の数が、3匹、4匹と増えていったとき、残すことが出来るDNAセットも、0.83セット、0.75セットと減っていきます。
これに対して、新王を産む場合は、兄弟1匹当たりDNA 0.5セットで固定です。

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つまり、女王が多くの王と交尾すればするほど、働きバチにとって姉妹と兄弟の価値の差が小さくなっていくのです。
この現象が、働きバチによる女王殺しというクーデターが起こるか起こらないかの原因と考えられています。

しかし、そもそも働きバチにとって、姉妹の価値が下がってしまったら、集団で生活することのメリットが減ってしまいます。
「姉妹1匹当たりDNA 1.5セット」残せるから集団のために働いてきたわけで、この数値が下がるのならば、単独で子孫を残す方法もありなのではないでしょうか?
女王の複数オスとの交尾による働きバチのメリットの低下は、どのように解釈すればよいのでしょうか?

逆に言えば、女王が単独でメス(働きバチ・新女王)を産めるようになれば、働きバチにとってより働きやすい世の中になるのではないでしょうか?
それは下記のような、女王がクローンを産むと仮定した場合です。

DNAの引き継ぎ方Ⅴ クローンを産むと仮定したら?

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子供はクローンですので、女王と全く同じDNAセットを持ち、DNAが1セットになることもないのでオスは生まれません。
子供(メス)が姉妹を見たとき、自分と共通のDNAは赤、緑で2セット。
「姉妹1匹当たりDNA 2セット」、つまりこれまでのパターンで最も多くのDNAを残すことが出来ました。
この場合、働きバチは最もやりがいを持って働くことが出来るでしょう。

しかし、現実を見てみると、家族単位で生活するアリ・ハチの仲間11421種の内、クローンのみで増える種は3種、全体の0.03%にとどまります。
これは、クローンを作る進化が起こりづらい、もしくはクローンを作るメリットが少ないことを意味すると考えられます。

色々な種類のDNAセットを用意して、病気に備える

「女王の複数オスとの交尾による働きバチのメリットの低下」や、「女王のクローン卵を産卵しない」ことを理解する要因の一つとして、「巣内のDNAの多様性を高めて病気への耐性を上げる」ことが挙げられます。

これまでDNAのセットの種類を様々な色で表現してきました。
DNAは辞書に置き換えることが出来ます。
辞書は、様々な単語をそれぞれ説明しています。
そして、版ごと、出版社ごとに説明の文章が微妙に異なります。
DNAも同様に、DNAの部分(遺伝子)によって司る機能が決まっています。
またDNA間で、該当部分の情報(塩基配列)が異なることがあります。
この情報の違いによって、個体間で体の造りや、行動、生理機能などに違いが生まれます。

シダクロスズメバチを材料に日本の研究者が行った研究では、働きバチの王由来のDNAの違いによって、耐病性のある病原菌の種類が異なることが分かりました。
つまり、複数の王と交尾した女王の巣は、病気に対する包括的な耐病性が高いと考えられます。
仮にクローンを産む女王のスズメバチの巣内で致死的な病気が流行したとしたら、同じDNAしか持たず、免疫がないハチたちは、一度に全滅してしまうことでしょう。

働きバチたちが女王の多回交尾を容認することを耐病性だけで説明できるかはまだ検討の余地がありますが、巣内のDNAの多様性を上げることが巣の繁殖成功率を上げることへ寄与していることは間違いなさそうです。

さて、「手乗りスズメバチ体験」が、最後は女王の多回交尾の話まで膨らんでしまいました。
今回言いたかったことをまとめると、「オスのDNAはメスの半分しかない」ことが、アリやハチの家族単位での生活を進化させたということです。

このことは、私たち人間の生活にも密接にかかわっています。

「オスのDNAはメスの半分しかない」→ハチの家族生活が成立→私たち人間への恩恵

例えば、スズメバチと同様に家族生活をおくるミツバチのおかげで、私たち人間は一度に大量のハチミツを採ることが出来ます。
また、シダクロスズメバチなどクロスズメバチ属(通称:ジバチ)の巣からは、たくさんのハチの子(ハチの幼虫や蛹)を採ることが出来ます。
※筆者も長野県や山梨県でジバチ掘りを経験したことがあります。
 土を掘ってジバチの巣を取り出すときはドキドキします!

もしもオスのアリ・ハチのDNAが2セットあったとしたら、ハチの家族生活は形成されることはなく、この世にハニートーストや、カステラ、ハチの子ご飯、く●のプーさん等は生まれなかったかもしれません(プーさんは言い過ぎかな?(;^_^A )。

筆者は、手に乗ったオスのコガタスズメバチを見ながら、毒針を持たない非力さ、全く働かない怠け者感、全体の1割しか存在しない貴重性、DNAを半分しか持たない特殊性、そして可愛いプーさんを想います。

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Loope, K. J. Queen Killing Is Linked to High Worker-Worker Relatedness in a Social Wasp. Curr. Biol. 25, 2976–2979 (2015).
MATSUURA, K. Sex matters for the society of eusocial insects. Japanese J. Ecol. 55, 227–241 (2005).
Saga, T. et al. Polyandry and paternity affect disease resistance in eusocial wasps. Behav. Ecol. 31, 1172–1179 (2020).

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