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小鼻からとれたニキビダニから、生き物の進化と絶滅を考えてみる。

いつもは自然観察園の身近な生き物をテーマにしていますが、今回はより身近な私たちの「顔」に棲むある生き物を観察してみましょう。

あなたの顔にもきっといるはず「ニキビダニ」

ちょっと失礼してマスクを外させていただきます。

マスクを外して…

爪で小鼻のあたりをポリポリと掻くと、爪にアカが溜まりました。
(お食事中の方、ごめんなさい)

小鼻をポリポリしてアカを採集。

アカの塊をピンセットでつまみ、顕微鏡で観てみると・・・

皮膚の角質や皮脂の間に、透明で細長い生き物がいました。

先端には4対の脚、頭部や腹部にくびれが無いことから、どうやらダニのようです。

これが「ニキビダニ」の仲間です。

採集したアカの中からニキビダニを発見。

筆者の顔が特別なわけではなく、18歳以上のほぼ全ての人間の顔にニキビダニが棲んでいると言われています。

「え!顔にダニが!?」

慌てて洗顔したり、爪で顔を掻いたりしようとした方は、一度落ち着いてください。

ニキビダニの仲間は悪さをするわけではなく、余分な皮脂や古い細胞などのゴミを食べてくれる顔の掃除屋さんなのです。過度に増えることがなければ害を及ぼすことはありません。

ニキビダニには宿主特異性があり、哺乳類それぞれに異なる種が存在すると言われています。

我々ヒトの顔には、ニキビダニ(学名:Demodex folliculorum)とコニキビダニ(学名:Demodex brevis)が生息し、前者は毛包に、後者は皮脂腺の奥深くにそれぞれ生息しています。

地球上で私たちの体表にだけ生きていると考えると、とても特別な尊い生き物に思えてきますね。

ニキビダニのDNAを調べてみると…

2015年に発表されたニキビダニ(学名:Demodex folliculorum、以下ニキビダニ)を試料にした興味深い研究がありますのでご紹介します。

この研究では、ヨーロッパ、アジア、アフリカ、ラテンアメリカ計4地域の出身者70名を対象に、顔に棲むニキビダニのDNA(正確にはミトコンドリアDNA)の塩基配列を読み取りました。

するとニキビダニは大きく分けて4つの系統(A・B・C・D)があることがわかりました。アフリカ・ラテンアメリカ出身者からは4系統全て、ヨーロッパからは2系統(C・D ※実際はDがほとんどでCはごく少数)、アジアからは3系統(A・B・D)が得られました。

ニキビダニ4系統の分布図。

A~Dの系統は大雑把な分類であって、各系統内でも個体によりDNAの塩基配列に差異があることがあります。A~Dのうち、Dで系統内差異が最も小さかったです。

さらにDNAの変異スピード(一般的にDNAが突然変異する頻度)から推定した結果、4系統は240~380万年前に分岐したことが分かりました。

以上の結果は、人類の誕生から現代までのヒトの移動の歴史を見事に説明しています。

ニキビダニから見る人類史

ヒトの移動の歴史。

多様なDNAが存在する場所は、その場所でDNAが最も長い時間存在し、多くの突然変異が蓄積した場所と考えられます。

猿人類の痕跡が多数発見され、人類誕生の地とされるアフリカは、ニキビダニの系統を最も多く保有しており、加えて系統内の変異の多様性も高いことが分かっています。

アフリカは人類だけでなく、ニキビダニの誕生地とも言えるかもしれません。

ニキビダニのDNAが分岐した年代は、人類の祖先である猿人が活動していた時代でした。

現在では猿人類は絶滅していますが、おそらくニキビダニの祖先は猿人たちの顔にも存在し、原人-旧人類-新人類など現在のヒト(学名:Homo sapiens、以下ヒト)への進化を顔の上で経験してきたことでしょう。

ヒトはアフリカを出発点にユーラシア大陸をとおり、約2万年前には北米大陸に渡り、南米大陸にまで分布を広げたと言われています。アフリカで生まれたニキビダニの4系統は、分散しながらそれぞれの場所に定着したと考えられます。

それぞれの場所で特定の系統が定着した要因は明らかにはなってはいませんが気になるところですね。(ヒトの肌環境(水分量、毛包の密度や形態、脂質の生産量・組成)との相性のような要因が働いていたのか、確率的な偶然でその系統が残ったのか・・・?)

ここまでの記述で矛盾するのが、「なぜ人類史が最も浅いとされるラテンアメリカに4系統すべてが存在するのか?」です。

一つの有力な要因として、中世から近世のアフリカからラテンアメリカへのヒトの大移住が挙げられます。

西暦1500年から1860年代にかけて、アフリカ人が奴隷として南米大陸へ連れてこられました。その人数は600万人以上、当時の北米大陸の人口の10倍以上と言われています。その際にアフリカ由来のニキビダニもラテンアメリカへ大量に移動したと考えられます。

次に系統内のDNA配列の差異に注目してみます。ヨーロッパのほとんどを占める系統Dの遺伝的な多様性は系統A~Cと比較して極端に低いことが分かっています。

遺伝的な多様性の低さは、盛んに交流がなされていることを示します。お風呂のお湯をたえずかき混ぜると、温度が均一になるイメージです。これは過去数百年に行われてきたヨーロッパ諸国による海を越えた世界各地の植民地化が影響しているかもしれません。

人類は生物学的に進化して、地球規模の大移動をしてきました。

そして、人類の歴史を最も近くで見てきたのがニキビダニたちでした。

彼らは人類の体験を追体験するかのように自らも進化して(各地で系統の割合を変化させて)、地球上で最も広範囲に分布する生き物の一種として繁栄することに成功したのでした。

ヒトとともに分布を世界中に拡大したニキビダニ。

ニキビダニは、ヒトの親子のぬくもりの記録

ここまでニキビダニをグローバルな視点で注目してきましたが、次にローカルな調査結果についてご紹介しましょう。

家庭内の親子を対象としたニキビダニの調査では、親と子で同じ系統を持つ傾向がありました。

また特定の個人について3年間の経過観察をした結果、どの年も同じ系統のニキビダニが獲られ、個人のダニの系統は安定的であることが分かりました。

例えばアジアで生まれ、8年前からアメリカに移住した人のニキビダニもアジアで占有する系統Bでした。アメリカに来てからもヨーロッパ由来の個人と頻繁に接触しましたが、アジア系統を保持し続けました。

ちなみに、生まれたての赤ちゃんにはニキビダニは存在しません。

上記の結果からも推察されるように、ニキビダニは親と子の頬が接触するような、ダニ保有者と未保有者の肌が触れ合った際に直接的に伝播すると考えられます。

大人になってからも配偶者など身近な人間との間でダニの行き来はあるかもしれませんが、どの程度新たなダニが定着するのか、ダニの置き換わりが起こるのか、など詳細はあまり分かっていません。

過去数百万年前から続く人類とニキビダニの進化と移動の記録。

この膨大な歴史は、「頬ずり」や「頬へのキス」のようなヒトの親と子のスキンシップが途切れることなく脈々と受け継がれてきた証なのです。

人類史上、これまでにいったいどれだけの子が産まれ、親子の交流があったことでしょう。
「自分の顔にニキビダニがいる」
大げさかもしれませんが、この事実だけでも私たちが今この地に生きている価値を体現しているように思えます。

過去から未来へ、ヒトとともにニキビダニは生き続けます。

人のぬくもりとともに生きてきたニキビダニ。

トキとともに絶滅した可能性が高い「トキウモウダニ」

私たちの顔に棲むニキビダニと同じような存在のダニが、鳥の羽にも棲んでいます。その名も「ウモウダニ」です。

ウモウダニは羽に付いた油や付着物を餌にする清掃屋さんで、ニキビダニと同様に宿主特異性が高い傾向があります。

宿主特異性が高いということは、一般的に資源を独占し、ヒトのニキビダニのように宿主である私たちの個体数が増えれば自身の子孫も増やすことができる正の側面があります。

一方で、宿主自体が少なくなると、自身の資源も少なくなります。
さらに、その専門性が仇となって他の餌をとることもできず、ジリ貧な将来を迎えてしまう可能性があるという負の側面もあります。

ここではその負の側面をご紹介しましょう。

日本にはトキが生息しています。

顔は赤色、体は白色、そして翼の一部や尾羽は「朱鷺色」と呼ばれるピンク色のとても美しい鳥です。農耕地に生息して古くから日本で親しまれてきました。

しかし、明治時代以降、装飾用の羽・食用の肉を目的とした乱獲、農薬の使用による餌の動物の減少、生息地の開発によって個体数が激減しました。1960年には野生のトキは全国で20羽程度にまで減少しました。1981年から最後の生息地であった佐渡島の佐渡トキ保護センターにて飼育繁殖が試みられました。しかし、2003年に最後の1羽が死亡して日本由来のトキは絶滅しました。

世界的に見ると、トキは日本の他にもロシア、朝鮮半島、中国に分布していました。

しかし日本と同時期に各所でも個体数が減少し、朝鮮半島、ロシアでは現地由来のトキは絶滅してしまったと考えられています。

その後、日本では中国から贈呈されたトキを飼育し、1999年に繁殖に成功、2008年には佐渡島で放鳥が開始されました。現在では自然環境下で繁殖し、国内で数百羽のトキが生息しています。

また朝鮮半島でも中国からのトキの飼育・繁殖、放鳥が行われています。

世界的に貴重なトキですが、そのトキの羽には2種のウモウダニの仲間:トキウモウダニ(学名:Compressalges nipponiae)、トキエンバンウモウダニ(学名:Freyanopterolichus nipponiae)が生息することが報告されています。

トキの羽に生息するウモウダニの仲間。

これら2種のウモウダニは、やはり宿主特異性が高く、トキ以外の鳥から発見されたことがありません。また過去に2種のダニが確認されたのは、日本とロシアのトキで、中国のトキからは報告はありませんでした。世界的に激減したトキのことを考えると、ウモウダニ2種が現在も生き残ることができているのか気にかかります。

日本でトキのウモウダニ2種の存在を調査研究した論文が2020年に出版されました。

この研究では、
① 保存されていた日本由来の最後の生き残りだったトキ2個体、計17枚の羽② 佐渡で飼育されている中国由来トキ10個体、各5~11枚の羽
③ 佐渡の中国由来トキが飼育されているゲージから回収されたトキの羽計556枚
を実体顕微鏡を用いて観察し、付着しているウモウダニの同定および個体数をカウントしました。

その結果、
① 日本由来トキの羽からは68匹のトキウモウダニと、35匹のトキエンバンウモウダニが発見されました
② 中国由来トキの羽から6827匹のダニが発見されましたが、すべてトキエンバンウモウダニでした
③ ゲージから得られた中国由来トキの羽からも10973匹のダニが発見されましたが、すべてトキエンバンウモウダニでした

つまり日本に存在する中国由来トキからはトキウモウダニは発見されず、日本由来のトキウモウダニは日本由来のトキとともに絶滅してしまったと考えられます。

これまでに日本は中国から18個体ものトキを受け入れていることから、ウモウダニの供給元である中国の飼育個体にはトキウモウダニが付いていないかもしれません。

またトキウモウダニの報告例があるロシア由来のトキも絶滅している現状を踏まえると、トキウモウダニは地球上からいなくなってしまった(絶滅した)可能性が高いです。

真の意味で、絶滅した生き物は復活しない

上記のとおり、中国から譲り受けた中国由来トキの繁殖は成功し、2007年までに95個体にまで増やすことができました。2008年には佐渡市内の10個体が試験放鳥され、日本にトキが飛ぶ光景が復活しました。

トキの放鳥に合わせて、佐渡では水田で農薬や化学肥料を減らす、もしくは用いない農作業が行われています。トキが減少する以前の環境に可能な限り近づけることで、トキの餌であるドジョウやカエルなど大型の水生生物を増やし、放鳥したトキやその子孫たちが安心して暮らすことができる場を提供するためです。

筆者も13年前のトキ放鳥のニュースをよく覚えています。

トキを中心に、農家の方々の努力によってたくさんの生き物が棲みやすい環境が整えられることはとても素晴らしいことだと思います。しかし、記事によってはその点をフォーカスせず、「トキ復活」というワードを用いるにとどまることもしばしばありました。

傍から見ると、日本で一度絶滅したトキが復活したように感じます。しかし、あくまでトキがいるその光景が復活したに過ぎないことに注意しなければなりません。

日本にトキがいる光景が復活した。

なぜなら、その光景のトキは日本由来ではなく、その羽にはトキウモウダニは付いていないからです。

しかし、現在のトキにはトキウモウダニは付いていない。

ヒトとニキビダニ、トキとトキウモウダニのように、生き物たちは互いに強い繋がりをもって生きていることがあります。それはある1種の生き物が絶滅することで、目には見えない絶滅が他にも存在することを意味します。
そして命の繋がりが途絶えてしまったら、人間の科学技術がどんなに発達したとしても、真の意味で生き物を復活させることは絶対にできないのです。

今回は、筆者の小鼻のアカから出発して、生き物の進化と絶滅について考えてみました。

皆さんも鼻をポリポリしながら、命の繋がりについて思いを馳せてみてください。

参考資料

Bennett, M. R. et al. Evidence of humans in North America during the Last Glacial Maximum. Science (80-. ). 373, 1528–1531 (2021).
Palopoli, M. F. et al. Global divergence of the human follicle mite Demodex folliculorum: Persistent associations between host ancestry and mite lineages. Proc. Natl. Acad. Sci. U. S. A. 112, 15958–15963 (2015).
Pena, S. D. J. et al. The Genomic Ancestry of Individuals from Different Geographical Regions of Brazil Is More Uniform Than Expected. PLoS One 6, e17063 (2011).
Waki, T. & Shimano, S. A report of infection in the crested ibis Nipponia nippon with feather mites in current Japan. J. Acarol. Soc. Jpn. 29, 1–8 (2020).

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