今日のチューリップは、昨日のチューリップよりも大きい
見落としがちな変化
新聞の片隅やファミリーレストランの卓上にある「間違い探し」。2枚の絵を見比べて、違っている箇所を見つけるゲームです。誰もが一度は遊んだことがあるのではないでしょうか?
試しに科学館の花壇を舞台にした間違い探しを作ってみました。2枚の絵には違うところが4つあります。ぜひチャレンジしてみてください。
答えは下へスクロールすると出てきます。
正解はこちら。
① 日付
② 花の色
③ 花が開いている・閉じている
④ 花の大きさ
④の違いは僅かなもので、意地悪な問題でしたね。間違い探しの絵では、3月21日よりも3月22日の方が花が9 % ほど大きいです。
この花弁の大きさの変化だけは、実際に起こったことなのです。
― 今日のチューリップは、昨日のチューリップよりも大きい -
ある本にそんなことが書いてありました。
「え!?本当に!?」
疑問に思った筆者は、本物のチューリップで確かめてみることにしました。
チューリップってどんな花?
チューリップは、Tulipa属というグループに属する植物の総称です。「Tulipa」はペルシャ語もしくはトルコ語で「ターバン」という意味。花の形がターバンに似ていることに由来しています。野生のチューリップは東アジア、中央アジア、北アフリカ、ヨーロッパを中心に100種以上が分布しています。
私たちに馴染みのある園芸用のチューリップ(以下、園芸品種)の多くは学名:Tulipa gesnerianaという種が元となり、様々な品種に分化したものだそうです。花の形や大きさ、色などによって品種は細かく分けられ、Tulipa gesnerianaやその他の種も含めて7000品種以上が登録されています(2022年3月25日現在)。
園芸品種の花の構造を見てみると、中央に雌しべが一本立ち、その周りを6本の雄しべが囲んでいました。
雄しべで作られた花粉が雌しべに付く現象を「受粉」と言います。そして、特に自身の花粉が付くことを「自家受粉」と呼びます。園芸品種の場合、雄しべの長さが雌しべよりも短いため、自家受粉は起こりづらいそうです。
自家受粉が難しい場合、頼りになるのがハチやチョウなどの昆虫です。花の蜜を吸うために訪れた彼らに花粉をつけて、他の花との受粉に利用するのです。しかし、園芸品種は蜜を作る性質が無いものがほとんどで、自然に種子ができることはあまり無いそうです。
園芸品種を増やす際は、手作業で受粉させる、もしくは成長した球根を株分けする方法をとります。
今日のチューリップは、昨日のチューリップよりも大きい?
科学館の南側には花壇があり「浜松花の会」の方々が手入れしてくださっています。3月中旬ごろ、そこに園芸品種のチューリップが植えられました。これは絶好の場所・タイミングです。まるで神様が「ほら、調べてみなさい」と言っているかのようです。
花壇のチューリップのうち、調査開始日(3月21日)に咲いていた4株を対象に計測することにしました。午前10時ごろ、それぞれの株の一番外側の花弁の長さをノギスで計測し、これを1週間毎日続けました。
計測結果をグラフ化したのが下の図です。
横軸が観察した日、縦軸が4株の花弁の長さの平均値を示しています。
グラフ見ると、毎日数mmずつ長くなっていることが分かります。
初日は56.25 mm、2日目は61.25 mm。約1.09倍長くなっていました。
最終日は平均74.5 mmですから、初日と比べて1.32倍も長くなっていました。
意外にも日々巨大化していたチューリップの花。
チューリップの花はどのように巨大化したのでしょうか?
そして、なぜ巨大化する必要があるのでしょうか?
寝る子は育つ?チューリップの就眠運動
チューリップの巨大化の仕組みを解明するためのヒントは、昼間と夜間の花の形の違いにあります。
暖かい昼間、花は元気に咲いていました。
閉館後、気温が下がり暗くなった花壇へ行くと、昼間は開いていた花が全て閉じていました。もしかしたら、このまま枯れてしまうかもしれません。しかし、次の日の昼間に再び花壇へ行ってみると何事もなかったかのように咲いていました。筆者の心配は杞憂に終わりました。
チューリップの花は、日々閉じて開いてを繰り返していたのです。
花がつぼむというまるで夜間に眠っているかのような性質を「就眠運動」と呼びます。就眠運動はチューリップに限らず、タンポポやハスの花、マメ科植物やカタバミの葉などの開閉で知られています。
自然観察園に植えられている「ネムノキ」もマメ科に属しており、昼間は開いている葉が、夜には閉じます。この就眠運動を行う様子が「眠っている」ように見えたことが和名の由来になっています。
ネムノキの就眠運動にも、とても面白い機能が備わっているのですが、それはまた別の機会にご紹介しましょう。
さて、チューリップの就眠運動に話を戻すと、花の開閉は気温変化によって引き起こされることが分かっています。つまり、気温が高くなると花は開き、気温が下がると閉じるのです。
より詳しく説明すると、開閉運動は、花弁組織の成長するタイミングが内側と外側でずれることで引き起こされます。気温が高くなると花弁の内側の細胞が伸長し、外側にのけぞるようになって開花します。反対に気温が下がると花弁の外側の細胞が伸長し、花弁は内側に引き寄せられて閉じます。
昼と夜の気温の変化によって、花弁の内側と外側で伸長のバトンが渡され続け、チューリップの花は巨大化したのです。チューリップの花の巨大化の原因は、就眠運動の副産物であることが分かりました。
では、なぜチューリップは、わざわざ組織を伸長させてまで眠る必要があるのでしょうか?
チューリップが眠る理由
チューリップの就眠運動がもたらす生物学的な役割について、野生種(学名:Tulipa iliensis:以下、野生種)を対象に調査した研究があります。野生種は中国、新疆ウイグル自治区北部、キルギスタン、カザフスタンの砂漠、草原、亜高山帯に生息しています。花期は4月中旬で、わずか6日間しか咲きません。研究では気温や雨風などの気象要因や、花内部の状態が、受粉や種子生産へ与える影響を調べています。
研究によって、野生種の就眠運動には3つの利点があることが分かりました。
① 雨風から雄しべ、雌しべを守る
調査地では春先に天候が崩れると気温が下がり、チューリップの花が閉じます。雄しべや雌しべの状態を、花が閉じた状態のチューリップと実験的に花弁を除去したチューリップで雨風後に比較しました。その結果、花が閉じることによって、雄しべの花粉や、雌しべに付いた花粉が洗い流されることを防ぐ効果があることが分かりました。
② 花の内部の温度の低下を防ぎ、種子を作りやすくする
花が閉じた状態のチューリップと、実験的にセロハンテープで花弁を開いた状態で固定したチューリップの花内部の温度を比較しました。すると、夜間の花の中の温度は、閉じたチューリップの方が3℃以上高いことが分かりました。温度が高く保たれることによって、受粉後に種子が作られる割合が高まることも確認されました。
③ 自家受粉しやすくする
園芸品種と野生種には、花の構造に大きな違いがあります。記事冒頭で紹介したように、園芸種は雄しべよりも雌しべの方が長く、自家受粉が起こりづらいです。一方、野生種は雌しべよりも雄しべの方が長く、自家受粉が可能です。
花が開いた状態でも自家受粉は可能ですが、就眠運動により花が閉じることで、雄しべが内側へ湾曲し、自家受粉の頻度がより高くなりました。また、自家受粉によって種子がより多く生産されることも確認されています。
①~③により、野生チューリップの就眠運動は、自家受粉を含めた受粉や、種子生産の効率を上げる効果があることが示されました。
野生種の開花期間は一年間の内、たった6日間です。もしも開花時の天候が悪かった場合、花粉を運ぶ昆虫たちが訪れることなく受粉することができません。厳しい自然環境の中で子孫を残していくためには、自家受粉という最終手段を用意しておく必要があったのでしょう。また、野生種の頃の性質のうち、園芸品種へ花の開閉という部分が受け継がれたと考えられます。
おわりに
Q. チューリップはどうやって巨大化するのか?
A. 気温の変化によって花を開閉するために、花弁が内側と外側でタイムラグを付けながら伸長していました。
Q. なぜチューリップは巨大化するのか?
A. 答えの一つとして、野生種の自家受粉を含めた受粉や、種子生産の効率を高めるための就眠運動の結果であると考えられました。
一週間、毎日チューリップの花の長さを調査することで、チューリップたちの驚きの性質、背景を垣間見ることができました。
冒頭で間違い探しの例を挙げました。
花の色
花が開いている・閉じている
これらは比較的気が付きやすい変化です。
しかし、日々数mmだけ長くなるといった僅かな大きさの変化は気が付きづらいかもしれません。
変化を客観的に捉えるには、ペンやシールで印をつけたり、この記事のように大きさを計測したりするといいでしょう。身近な自然の中にも、日々少し気を留めるだけで予想もつかないような面白い発見があるかもしれません。
参考資料
Abdusalam, A. & Tan, D. Y. Contribution of temporal floral closure to reproductive success of the spring-flowering Tulipa iliensis. J. Syst. Evol. 52, 186–194 (2014).
富士原健三 & 松原幸子. 園芸植物 標準原色図鑑全集7. (保育社, 1984).
KAVB | Welkom bij de KAVB. https://www.kavb.nl/.
Oikawa, T. et al. Ion Channels Regulate Nyctinastic Leaf Opening in Samanea saman. (2018) doi:10.1016/j.cub.2018.05.042.