こたつでミカンをじっくり観察
12月も終盤。この記事が2021年最後の配信となります。
本年もお世話になりました。
来年もよろしくお願いいたします。
年の瀬になりぐっと寒くなりましたね。
こたつの中で温まりながら、この記事を読んでいる方もいるのではないでしょうか。
こたつといえば・・・そう、ミカンですね!
今回はミカンをじっくりと観察したいと思います。
ぜひお手元にミカンを置いて、読んでみてください。
ヘタを観察してみよう
まずはヘタに注目してみましょう。
ミカンのてっぺんの緑色の部分がヘタです。
中心には白色の丸い部分があます。
これが「維管束(いかんそく)」の断面です。もしかしたら中学校の理科の授業で習った記憶があるかもしれません。
維管束は、根から取り込んだ水分や、光合成で作られた養分を植物全体へ行き渡らせる管です。ミカンにとって、維管束は文字どおり「生命線」なのですね。
次にヘタを摘まんでとってみると、ヘタがあった部分に凹みができました。よく見ると、凹みの底に白色の筋が幾何学模様のようにいくつか並んでいるのが分かります。実は、この筋も維管束です。
ヘタまで一箇所に集約されていた維管束は、ここで枝分かれして水分や養分を皮の中のそれぞれの房(食べる時に1個1個に分けられる部分)へ運びます。
逆に言えば、筋の数だけ皮の中に房が存在することになります。
皮を剝く前に房の数が分かってしまう「手品のネタ」として使えるかもしれません。家族でこたつを囲んだ時の一発芸としてぜひ試してみてください。
皮を剥いて、匂いを嗅いでみよう
次に皮を剥いてみましょう。
予想した房の数は当っていましたか?
枝分かれした維管束は、白色の管に代わり、房全体を覆って房へ水分と栄養を送ります。几帳面な方が食べる前にとる「アレ」は、「維管束」だったのですね。
皮を剥き終わったら、手の匂いを嗅いでみてください。
かんきつ類特有のさわやかな香りがしませんか?
この香りの元は「リモネン」という物質です。かんきつ類の香りを活かした香料として、食品、飲料に用いられることがあります。
リモネンは化学式C₁₀H₁₆で表される油成分で、油胞(ゆほう)の中に含まれています。油胞とは、皮の断面にある黄色の粒々のこと。皮を剥くときに油胞が割れてリモネンが指に付き、それが香っていたのですね。
「リモネンが油ということは、よく燃えるの?」と思われた方、正解です。
少し危ないのですが、火を使った実験をしてみましょう。
ミカンの皮をつまんで皮の液体を火に振りかけてみると、「パチ!パチ!」と火花を散らしながら液体に含まれるリモネンが一瞬で燃え尽きます。
リモネンは下の図のような形をしています。
また、この形とよく似ているのが発泡スチロールやゴムです。
分子構造が似た物質は親和性が高く、混ざり合う力が働くことがあります。この性質を利用して、リモネンは発泡スチロールの溶剤としても注目されています。
科学館のサイエンスショーでもリモネンを用いて風船(ゴム製)を割る実験がありますので、お越しの際は注目してみてください。
房を食べてみよう
ヘタを見て、皮を剥いて、いよいよ房を食べてみましょう。
「パク」「モグモグモグ」「ごっくん」
あ~美味しい!
糖分の甘さと、クエン酸のすっぱさのバランスが良く、あと引く美味しさです。クエン酸には疲労回復の効果が、そして同じくミカンに多く含まれるビタミンCには細胞の老化や生活習慣病を予防する効果が期待されます。
続けて何個も食べてしまいがちなミカンではありますが、たくさん食べてしまう理由として「美味しさ」の他に「食べやすさ」が挙げられます。
皮を手で簡単に剥くことができ、種子が無くパクパク食べられるお手軽さは果物の中でもミカン(やバナナ)ならではの長所ですね。
話の流れで「ミカンは皮が剝きやすく、種子が無い」ことを当たり前のように書いてしまいました。近所のスーパーでこのような特徴のミカンを買ってきたとしたら、それはウンシュウミカン(学名:Citrus unshiu)である可能性が極めて高いです。
ウンシュウミカンは、日本のかんきつ類生産量の約7割を占める圧倒的な多数派です。寒冷でミカンの生育に適していない東北地方以北を除いた全地域で栽培されるウンシュウミカンではありますが、一つ素朴な疑問がわいてきます。
種子がないのに、どうやって樹を増やすことができるのでしょうか?
ウンシュウミカンは接木で増やす
一日中こたつの中でゴロゴロしても体に悪いので、外に出て自然観察園を散歩してみましょう。自然観察園では、2種類のかんきつ類(カラタチ、ウンシュウミカン)を観察することができます。
カラタチ、ウンシュウミカンはともにアゲハ、クロアゲハの食草です。春から夏にかけて、葉の上にいるアゲハの仲間の幼虫を観察することができます。
カラタチは中国原産で、奈良時代に作られた「万葉集」にも登場する日本で最も古くから親しまれているかんきつ類の1種です。
筆者はカラタチの実を食べたことがあるのですが、とてもすっぱく苦みもあり、食用には適しません。奈良時代でも食用ではなく薬用として利用され、現代では枝に長く鋭いトゲが多いことから防犯用として家の生垣に植えられることもあるそうです。
カラタチは他の栽培品種よりも耐寒性、耐病性が高く、自然環境下で自生することがあります。自然観察園のカラタチも植え込みの中から伸びていることから、野鳥によって種子が運ばれて発芽し、成長したのだと思われます。
一方のウンシュウミカンは、江戸時代前後に栽培され始めた比較的新しい種です。
最古の原木と思われる個体は、鹿児島県長島町で発見され、DNAの分析によってキシュウミカンとマンダリンオレンジの品種クネンボを交配させて生み出されたことが分かっています。
キシュウミカンは江戸時代に最も多く出回ったかんきつ類でした。
キシュウミカンには種子があり、種子の無いウンシュウミカンよりも食べづらいです。しかし、当時は種子がないことは子孫繁栄への負のイメージがあり、ウンシュウミカンは受け入れられませんでした。時は流れ、ウンシュウミカンは明治時代以降に全国に広まり、現在はミカンの代名詞と言えるほどの多数派になりました。
ミカンに限らず、種子ができない植物はいくつかあります。
種子ができない要因としては、主に以下の3つが挙げられます。
ウンシュウミカンの場合、広い意味で①、②が該当します。
①について、葯(やく:花粉が作られる器官)1個あたりの花粉の数はとても少ないです。②について、種子の中にある植物として成長する単位である胚が、通常1つのところウンシュウミカンの場合は複数あります。その為、受粉によって他の個体から得たDNAを持つ胚があったとしても、その胚だけが正常に芽を出すことが難しいです。
以上の理由から、ウンシュウミカンの株を増やす際は親の樹の枝を切り、その枝で挿し木をします。
挿し木をする際、切った枝をそのまま地面に挿しても寒さや病気に弱いウンシュウミカンは順調に育つことができません。そこで、カラタチの切株にウンシュウミカンの枝を差し込み(接木)、根元はカラタチ、根元より上はウンシュウミカンの2種からなる1本の樹を作ります。するとカラタチの高い耐寒性・耐病性は受け継ぎつつ、実の品質はウンシュウミカンのままに育てることができるのです。
自然観察園に植えられているウンシュウミカンの根元をみてみると、根際に切れ目があり、盛り上がっていました。おそらく成長したウンシュウミカンの幹がカラタチ?の切株へ覆いかぶさっているのでしょう。
③の代表例は、サクラのソメイヨシノです。
ソメイヨシノは江戸時代後期に誕生した品種で、自生種のエドヒガンとオオシマザクラの掛け合わせで誕生しました。
ソメイヨシノは、受粉の際に花粉と雌しべがお互いに「他人か否か」を確認し、他人と認識して初めて種子の形成がはじまります。花粉と雄しべのDNAの中には、S遺伝子と呼ばれる特定の遺伝子があります。お互いが「他人か否か」は、S遺伝子の塩基配列情報を用いて確認します。S遺伝子の塩基配列情報が全く同じだった場合、種子は作られません。
過去に1本だけ誕生したソメイヨシノは、自家不和合性のために自分自身の花粉・雌しべでは種子を作ることができませんでした。ソメイヨシノの周りに他種のサクラがあった場合、種子が作られることはあります。しかし、その種子から咲くサクラはソメイヨシノではないのです。
人気が出たソメイヨシノは、挿し木によって日本全国に植えられ、現代ではサクラと言えばソメイヨシノというイメージが定着しています。
品質を保つということ
ウンシュウミカン、ソメイヨシノで共通して言えることは、クローンで増えるということです。クローンとは、DNAの塩基配列が個体間で全く同じことを指します。親木の一部の枝を使って、接木や挿し木で子を増やすので、親子間のDNAは全く同じはずですね。
※接木されたウンシュウミカンもカラタチ部分で生成された物質の恩恵を受けることがありますが、例えばDNAを含む細胞が枝先に運ばれて、カラタチの実が作られるようなことはありません。
クローンを作ることは、園芸種の品質を保つ上で非常に重要です。
例えば種子を作るかんきつ類の場合、株Aの実がとても美味しかったので、その種子を畑に蒔いて株B、株Cを増やしたとします。しかし、種子の花粉が株A由来か否かは分かりませんので、株B、株Cの実の品質が株Aと同じになるとは限りません。しかし、ウンシュウミカンのように接木のクローンで増やせば一定の品質を担保しつつ株を増やすことができるのです。
ソメイヨシノの場合、自家不和合性が原因で挿し木によってクローンが生み出されています。日本全国に生えるソメイヨシノは全てクローンで、同じ品質(性質)を持ちます。花の美しさはもちろん、開花条件も同じはずです。その為、桜前線は温暖な地域から寒冷な地域へ途切れることなく北上するのです。
私たち消費者が一定の品質性の製品を第二次生産業へ求めるように、第一次生産業においても安定性した品質の農作物・園芸植物が求められます。その上でウンシュウミカンやソメイヨシノの接木や挿し木は非常に大きなメリットです。
対して野菜や穀物のように毎年種子や苗から生産する農作物の品種は、他の品種のDNAと交わらないよう細心の注意が払われながら種苗センターなどの施設で生産されています。
品質を変えるということ
「より美味しいミカンを、一年中食べたい」などの希望が私たち消費者から生まれるのも事実です。その場合、新たな性質をもつ品種を作り出すことが求められます。
例えば、昭和の頃は12月ごろから出回っていたウンシュウミカンも、現在では9月頃からスーパーで売られるようになりました。これは「早生ミカン」という収穫時期が早い品種が誕生したことによります。
多くの早生ミカンは、ウンシュウミカンをもとに作られました。
ウンシュウミカンは突然変異によって、枝先でのみDNAの塩基配列が変化することがあります。例えば、ある特定の枝先だけ早く実ができることがあったとします。その枝を接木することによって「早生ミカン」のような新たな品種を作り出すことができるのです。このような現象(特定の枝先でDNAの塩基配列が変わること)を「枝変わり」と呼び、枝変わりを利用して、実る早さだけではなく、「甘さ」や「成長速度」など様々なニーズに応えて新たな品種が作られてきました。
ウンシュウミカンの雄性不稔性、雌性不稔性は100%ではなく、頻度は非常に低いものの繫殖可能な種子が作られることがります。効率は良くないものの、ウンシュウミカンと他種との交配による品種改良も行われることもあります。
おわりに
今回はミカンを手にとりながら、植物の基本構造、人間社会での化学的な応用、そして品種としての人間とミカンの関係性について観察・実験・学習してみました。
ウンシュウミカンは接木や枝変わりの品種改良によって今まで人間とともに生きてきました。その誕生の瞬間は人為的か否か分かりませんが、種子が無く、病気や寒さに弱い本種は、人間なしには生き残ることはできなかったことでしょう。
スーパーで買うことができる美味しい穀物・野菜・果物は、そのほとんどが栽培品種です。それぞれの品種にウンシュウミカンのような誕生から世間へ定着するまでの歴史があり、品種改良を行った先人たち、そして現代の農作物を生産する農家さん、品種を維持・改良する種苗センターや研究施設の方々の努力があります。食べる時は、食材やかかわった全ての方々に感謝の気持ちを忘れないようにしましょう。
これまでにnoteでは「共生」という言葉をテーマに、クスノキとハダニ、モンパキンとカイガラムシ、シロツメクサと根粒菌などの関係をご紹介してきました。彼らは後世へより多くの子孫が残るように、互いの長所を活かしつつギブアンドテイクの関係性を尊重して生きていました。農業や園芸で利用される栽培品種も、人間と持ちつ持たれつ、相利的な共生関係にあるように感じます。
そんなことを考えながらミカンを頬張ると、いつもよりも一層美味しく感じられるかもしれません(いや、気軽に美味しく召し上がってください (^^;))。
参考資料
特集1 みかん(1):農林水産省. https://www.maff.go.jp/j/pr/aff/1701/spe1_01.html.Fujii, H. et al. Parental diagnosis of satsuma mandarin (Citrus unshiu Marc.) revealed by nuclear and cytoplasmic markers. Breed. Sci. 66, 683–691 (2016).