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【大人向け】蝶の飼育・観察のポイント

夏の企画展「身近で気になる昆虫展」で飼育・展示したキアゲハの幼虫が無事に蝶になりました。

蝶の飼育は、小学3年生の理科「昆虫の成長と体のつくり」という単元でモンシロチョウやアゲハ(ナミアゲハ。以下、アゲハ)を材料に経験したことがある方も多いと思います。

授業では、蝶が「卵→幼虫→蛹→成虫」という変態を経て羽化することや、飼育をとおして生命の尊さを学びます。

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しかし、他にも蝶の成長の面白さ、魅力的な観察ポイントはたくさんあります。
今回はキアゲハを例に、大人向け蝶の飼育・観察ポイントをご紹介します。

ポイント①:キアゲハの卵は買わずに採集

展示したキアゲハの幼虫をご覧になったお客様から、
「可愛い!」
「飼育してみたい!」
「幼虫はどこで買うんですか?」
という声をいただきました。
展示が蝶を飼育観察する動機付けになったようで、とても嬉しく思います。
種にもよりますが、特にアゲハの仲間は簡単に飼育できますので是非チャレンジしてみてください。

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キアゲハの幼虫を入手するためには、まず幼虫の食草であるパセリを用意する必要があります。

食草とは対象の生き物が食べる植物のこと。
モンシロチョウはキャベツやダイコンなどのアブラナ科の植物、アゲハはミカンやレモンなどの柑橘類、キアゲハはパセリやニンジン、三つ葉などのセリ科植物というように、蝶の仲間の多くは種によって食草が異なります。

植物もただ無防備に食害されているわけではなく、防御物質を作って身を守っています。また植物によって防御物質の種類や割合は異なります。
蝶の幼虫は餌を特定の植物に限定することで、克服するために必要な防御物質の種類を極力減らすと同時に、他種の蝶との餌を巡る競争を避けていると考えられています。

さて、ホームセンターでプランター、家庭菜園用の土、パセリの苗を購入し、セットしました。次に、このプランターを外に置いておきます。
これで準備完了。

え?たったこれだけ?

キアゲハは「身近で気になる昆虫ランキング Best 50」で第46位にランクインする身近な蝶です。

環境にもよりますが、基本的には食草を野外に置いておくだけで野生のキアゲハが苗に産卵してくれます。

科学館でも職員通用口にパセリのプランターを設置したところ、1週間後にはパセリへ産卵するキアゲハの雌を確認しました。

飼育・観察する場合、産卵を確認したらプランターを室内へ移動することをお勧めします。寄生バチ、寄生バエに寄生されたり、野鳥に食べられたりするのを防ぐためです。

飼育の準備ができたら、いよいよ観察を始めていきましょう!

ポイント②:幼虫の模様に秘められた生き残るための戦略

卵から孵化した幼虫はパセリの葉を食べて成長し、約2週間ほどで蛹になります。その間に4回脱皮を経験します。孵化直後を1齢幼虫、1齢幼虫が脱皮すると2齢幼虫と呼びます。脱皮するたびに齢数が多くなり、5齢幼虫(終齢幼虫)を最後に蛹になります。

試しに2齢幼虫と終齢幼虫を並べてみましょう。
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体サイズの比率は強調しているわけではなく、実際の比率です。
わずか10日間ほどで、体長は10倍になります!
パセリだけ食べてこんなに成長できるなんて、キアゲハ恐るべしですね。

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大きさだけでなく、体色も劇的に変化しています。
若齢幼虫(1~4齢幼虫)は鳥の糞に、終齢幼虫は食草に、それぞれ真似ていると言われています。

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よく自然観察園のミカンの葉に付いるアゲハの幼虫も、キアゲハと同様に若齢幼虫は鳥の糞そっくりな色形、終齢幼虫は植物に似た緑色をしています。

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このように、ある生き物が周囲の物を真似して、別の生き物を騙すことを「擬態」と言います。過去の記事でも擬態がテーマの回がありましたね。

アゲハの仲間の若齢幼虫は、鳥の糞を真似ることで捕食者である鳥を騙して食べられないように「擬態」しているようです。

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そんな鳥の糞そっくりな若齢幼虫は、終齢幼虫になると緑色に変化します。
確かにパセリやミカンの葉も緑色なので目立ちにくいとは思いますが、なぜわざわざ鳥の糞擬態をやめて緑色に変身するのでしょうか?

この疑問を解くヒントは、幼虫の体サイズと擬態の効果の関係にあります。

ある野外実験では、アゲハの幼虫を模したモデルを用意し、2種類の大きさ(小型 or 大型)、2種類の色(糞色 or 緑色)の計4パターンで鳥から攻撃を受ける頻度を比較しました。
その結果、若齢幼虫を想定した小さなモデルでは糞色よりも緑色の方が攻撃を受けやすく、終齢幼虫を想定した大きなモデルでは緑色よりも糞色の方が攻撃を受けやすいことが分かりました。

この結果から、若齢幼虫の頃は糞に擬態した方が捕食リスクは低いですが、終齢幼虫になると体が大きくなりすぎて糞に擬態することが難しくなることが考察されます。
鳥から見たら「やけに大きな糞だな、怪しい…」と思われ、逆に目立ってしまうのかもしれません。

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服装は私たち人間にとって外見を特徴づけるとても大切な要素です。
体型・年齢・職業・季節など様々な場面に合わせて、ふさわしい服を選びます。
キアゲハの幼虫も生き残るために衣替え(脱皮)をして、自身の体の大きさにふさわしい体色を選択しているのですね。

ポイント③:歩いてきた道程によって変わる蛹の色

科学館のキアゲハの幼虫が成長し、数日のズレはありつつも同時期に3匹が蛹の状態になりました。ここから1週間後に1匹目のキアゲハが羽化しました。

突然ですが下の3個体の蛹(①、②、③)の中で、どの蛹が最初に羽化したでしょうか?

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色の濃い方が羽化間近?
「③」でしょうか?

正解は「①」でした。
緑色の蛹が一番早い時期に羽化したのです。
次が「③」、「②」が最後でした。

羽化直前になると蛹の殻が透けて翅の色が見えるようになりますが、それ以前の蛹の色と羽化のタイミングは全く関係なかったのです。これは答えを絞ることができないズルい問題でしたね。ごめんなさい m(_ _)m

それでは蛹の色は何によって決められるのでしょうか

ヒントは蛹になる直前の幼虫の行動にあります。

キアゲハは10日~2週間ほど無防備な蛹の状態で過ごします。
蛹になる際、幼虫は食草の中で、もしくは食草を離れて、足場がしっかりして安定した場所を求めて歩き回ります。

実は、
「①」の蛹は生きたパセリの茎で蛹になりました。
「②」はプランターの縁を乗り越えて、床で蛹になりました。
「③」はプランターの縁を乗り越えて床からさらに歩き回り、木製の机の上に置いてあった段ボールの壁面で蛹になりました。

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蛹の緑色、薄緑色、茶色は、偶然にも蛹になった場所の背景と同じような色をしていました。背景色を真似ることで、野鳥や昆虫などの外敵から身を守る効果があるのかもしれません。

なるほど、もしかしたら蛹になる場所の色に影響されているのかもしれない…、と想像しがちですが、残念ながらこの仮説は間違っています。

アゲハを対象とした実験では、蛹になる場所の色を「白・黒・茶・緑」と変化させても蛹は全て緑色になりました。
つまり、蛹になる場所の色は、蛹の色に影響を与えないのです。

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アゲハを対象とした別の実験では、蛹になる台紙の表面を「スベスベ」と「ザラザラ」の2種類の材質を用意し、蛹の色を比較しました。
すると蛹の色は「スベスベ」では「緑色」に、「ザラザラ」では「茶色」になったのです。

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つまり移動中の幼虫が経験する触覚刺激によって、蛹の色が決まったのです。確かに「パセリの茎」の表面は「スベスベ」で蛹の色は「緑色」、「木の机・段ボール」の表面は「ザラザラ」で蛹の色は「茶色」で納得です。「床」はこれらの中間の色になりました。もしかしたらプランターの表面の「ややザラザラ」した触覚が影響したのかもしれません。

蛹の色の変化は、屋内の実験では触覚刺激だけでなく明るさや湿度にも影響されますが、自然環境下ではほぼ触覚刺激によって決まることが分かっています。またキアゲハについてもアゲハと同様の性質があることが分かっています。

キアゲハの幼虫が野外でツルツルした場所を歩くとしたら、それはパセリのような食草の茎です。その場合、緑色の蛹は保護色になります。
また野外でザラザラした場所を歩くとしたら、それは樹皮や岩、コンクリートなどです。その場合も茶色の蛹は周囲の環境に溶け込むことができます。

よく「靴をみればその人がどんな人生を送ってきたか分かる」と言いますが、キアゲハの場合それは蛹の色ですね。

ポイント④:驚異!キアゲハの「おしっこダイエット」

最近、筆者の体重が増加してきました。
まさに第三次成長期。いや大惨事!成長期です。

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肥満やダイエットの話を別にすれば、一般的にヒトの体重は大人になるにつれて増えていきます。
キアゲハの場合、体重はどのように変化するのでしょうか?

ヒントは成虫に羽化する瞬間にあります。

キアゲハの羽化シーンの動画を撮影しましたので観察してみましょう。


蛹の期間10日~2週間に対して、羽化は一瞬。
静的な蛹から動的な成虫へ劇的に変化する感動的な瞬間です。

さて、感動に浸るだけでなくその様子をじっくり観察してみましょう。
注目すべきは再生して50秒後くらいから。

蛹の中で羽化するキアゲハのお尻から茶色の液体がジョジョーと出ているのが分かります。
小柄な蝶から放出される大量のオシッコ!子供の頃にゾウが大量のオシッコをするシーンにも驚きましたが、それに匹敵するくらいの迫力でした。

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液体は蛹の殻に溜まり、体積の約1/4を満たしました。
この後、翅を伸ばしきった後にもオシッコをしますので、成虫の体重は蛹の頃と比較して2~3割は軽くなっていることでしょう。
仮に体重60㎏のヒトに置き換えると、少なくとも15リットルものオシッコをすることになります。

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昆虫の体重の変化の話は過去の記事でも登場しましたね。

昆虫は甲殻類から分化して約4億8千万年前に誕生しました。甲殻類とはエビ、カニ、ダンゴムシ、ミジンコなどの翅をもたないグループです。誕生したばかりの原始的な昆虫にもやはり翅は無く、飛ぶことができませんでした。

その後、約4億年前に翅を獲得して3億5千万年前には成虫になる際に蛹を経る進化を遂げます。この蛹を経て変態する現象を「完全変態」と呼びます。翅の獲得はもちろんですが「完全変態」も幼虫から成虫へ体の造りを劇的に変化させる画期的な進化でした。

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完全変態のメリットの一つとして、消化器系をリセットすることが挙げられます。これによって幼虫期と成虫期で餌の種類を変えることができるのです。

例えば、パセリの葉にキアゲハの幼虫が何十匹も群がってしまうと、餌を巡る種内競争が起こり、蛹になれるのはわずか数匹になるかもしれません。
仮にキアゲハの成虫が花の蜜を吸わずに幼虫と同じパセリの葉を食べ続けたとしたら、種内競争はより激化することでしょう。

キアゲハは蛹の中で幼虫の体組織を分解し、成虫の体組織を構成します。その際に生じた老廃物を、羽化時にオシッコとして廃棄します。

これに付随して、完全変態する昆虫たちは一般的に幼虫期よりも成虫期の方が、体重が軽い傾向があります。体を軽くすることによって成虫期の飛翔能力をより向上させる効果が期待できます。

キアゲハの大量のオシッコから、昆虫たち進化の道筋を垣間見ることができました。

ポイント⑤:口のストローははじめからストローではない

羽化の動画で次に注目したいのは、1分15秒から。
蛹から完全に脱出したキアゲハが、ストロー状の口(口吻)を伸ばすシーンです。

丸まった口吻を伸ばしきると、ピロピロピロ…
口吻の先が二股になって、まるで蛇の舌のように艶めかしく動いています(下の写真、赤色矢印)。
何ということでしょう!
口のストローははじめからストローではなかったのです!

図1

一般的な昆虫の例としてバッタ仲間とキアゲハの口の構造を比較してみましょう。

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図のようにキアゲハの口吻は小顎という器官の一部から形成されています。バッタの場合、小顎は大顎と同じようにしっかりと顎の形をしていますね。蝶の祖先は樹液や花の蜜を吸いやすいように小顎の一部分を癒着させ、ストロー状の形へ進化させたと考えられています。

無から有が生まれるように、ゼロから突然にストロー状の口を作ったわけではないのですね。

過去の記事「コウモリは手のひらで空を飛ぶ。」でもご紹介したように突拍子もなく感じる形態的な進化は既存の器官の形態を変化させて起こることが多いようです。

キアゲハの口吻から、ローコストかつ機能的に変化することの奥深さを学ばせていただきました。

おわりに

今回は「大人の蝶の飼育・観察」と題して、小学3年生の時よりも1歩2歩踏み込んだ観察をしてみました。大人の方も楽しんでいただけたでしょうか?

蝶が卵から幼虫 → 蛹 → 蝶になる。

たったそれだけの事ではありますが、観察のポイントや深度によってより多くのことを考察したり、知ったりすることができます。
やっぱり生き物は面白いですね。

これからも身近な生き物たちをじっくり観察して、生命の魅力・不思議さを追求していきましょう。

参考資料
Hiraga, S. Interactions of environmental factors influencing pupal coloration in swallowtail butterfly Papilio xuthus. J. Insect Physiol. 52, 826–838 (2006).
Misof, B. et al. Phylogenomics resolves the timing and pattern of insect evolution. Science (80-. ). 346, 763–767 (2014).
鈴木 俊貴, 櫻井 麗賀 & 吉川 枝里. 擬装か隠蔽か?アゲハの幼虫における体色変化の捕食防御適応. 日本生態学会 http://www.esj.ne.jp/meeting/abst/60/P2-307.html (2013).

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